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患者に寄り添う傾聴に最も大切なこと――がん症例13倍のチーム医療(3)

2018.5.21.(月)

 7年で乳がん症例が13倍以上に急成長した湘南記念病院(神奈川県鎌倉市、161床)。急成長の背景にある「支える医療」の重要な存在であるピアサポーターの山口ひとみ氏に、患者に寄り添う上で欠かせない「傾聴」に最も大切なことなどを聞きました。

看護師から患者で180度変わった価値観

――乳がんに対する正しい知識を身に着け、正しい情報にアクセスして問題解決に導く力を身に着けるための養成講座『乳がん体験者コーディネーター(BEC)』。がん患者支援団体のキャンサーネットジャパンが運営するこの資格を取得するまでの経緯を教えてください。

 わたしは、元看護師です。出産・子育てで一度は医療現場を離れましたが、子供が成長したことをきっかけに復職。ただ、それからすぐの2007年、乳がんになり、看護師の仕事を続けられなくなりました。

山口ひとみ氏:湘南記念病院の乳がんピアサポーター。看護師として内科病棟、混合病棟、クリニックなどで勤務した後、2007年に乳がんの告知を受ける。2008年BECの資格取得後、2009年から同院の情報提供室に職員として勤務する。「ピアサポートよこはま」ピアサポーター、がん患者会「はまひるがお」相談員、NPO法人SBN(スマイルボディネットワーク)理事。

山口ひとみ氏:湘南記念病院の乳がんピアサポーター。看護師として内科病棟、混合病棟、クリニックなどで勤務した後、2007年に乳がんの告知を受ける。2008年BECの資格取得後、2009年から同院の情報提供室に職員として勤務する。「ピアサポートよこはま」ピアサポーター、がん患者会「はまひるがお」相談員、NPO法人SBN(スマイルボディネットワーク)理事。

 看護師の仕事を続けられなくなったのには、もう一つの理由があります。

 がんになるまで、自分は看護師として患者のために精一杯のことをやれるよう努めて業務にあたっていました。ところが、自分が患者になって初めて、患者の悩みは看護師の立場で考えていたものよりももっと広く、深く、多様性があることに気付きました。「患者を支える」という概念が、それまでと180度変わりました(「支える医療」と同じ患者支援サービス「キャンサーナビゲーション」に関する記事一覧はこちら)。

 ですから、これからは自分がこれまでに気づかなかった、もっと広い視点で患者を支える仕事がしたかったのです。また、看護師のキャリアを生かしたいとも考えました。

 そんなことを考えながらたどり着いたのが、BECです。第2期生として研修を終え、講師だった土井卓子(湘南記念病院乳がんセンター長)先生からの誘いを受けて、湘南記念病院の職員として働くことになりました。

――土井先生の患者さんではなかったのですか。

 大学病院で治療を受けましたので、土井先生とはBECとのつながりがきっかけです。

患者が聞きたいのは医師ではなく先輩の声

――ご自身の治療中に患者会のようなものがあったと思いますが、参加はされなかったのですか。

 患者会は敷居が高いイメージがあったのと、本当に聞きたかったのは、同じがん体験者の先輩たちの話だったので、ほとんど参加することはありませんでした。

 通っていた病院にも患者会はありましたが、そもそも治療の前半は自分のことに精一杯で、掲示板を見る機会さえほとんどありませんでした。治療の後半になってその存在にやっと気づきましたが、内容は半年に一回の医師との食事会。治療日ではない日に、主治医以外の乳腺外科医の患者会がおしゃべり会や食事会、温泉旅行などを行っていたようです。

 ただ、望んでいたのは、がんの先輩たちの声。病院に行くと、待合室で同じ病気を治療している患者がたくさんいますが、皆シーンとしていますし、とても話せるような雰囲気ではなく、また、話せる場所もありません。ですから、治療中に病院を訪れ、不安にかられるたびに、家に帰るまでに「ワンクッション置ける場」が欲しかったのです。誰にも相談できずに、次の診察までモヤモヤした気持ちを抱える日々は、本当につらかった。病院の中で、自分の立場を理解してくれる人と話をしたかったのです。

――現在はどのような体制で情報提供室を運営していますか。

 病院の職員として勤務しているのはわたしだけで、それ以外にBECの資格を持つボランティア3人と体験者1人がいます。木曜日はオペ日なので、月、火、水、金の週4日、ボランティアスタッフと連絡帳で情報共有しながら、患者のさまざまな相談に応じています。

 相談者は、1日に4、5人はきます。そのほかにもイベントとしておしゃべり会、再発転移の会、体操教室やメイクアップ教室、試食会などもやっているので、とにかく時間が足りないというのが、目下の悩みの種です。

情報提供室で行うイベント「楽動体操」の様子

情報提供室で行うイベント「楽動体操」の様子

難しい聞き手と患者の距離

――患者さんがピアサポーターに興味も持ち、自分も協力したいという声はなかったのですか。

 実は、情報提供室を始めてから2、3年後に、患者の中から「わたしも聞き役になりたい」という人たちが出てきました

 ただ、忙しい医療の現場について行けなくなることがあります。患者として病院にくると、医療者はとても丁寧で親切ですが、実際の現場で同じスタッフのような立場での活動となれば、それだけではない場合もあります。それで退いて行かれる方もいました。

 また、ピアサポーターで最も重要なことは「傾聴」なのですが、必ずしもそうならない方もいました。傾聴は、BECの資格を持っていても難しいことです。患者の話を聞いているうちに、患者の側に引き込まれすぎたり、自身の体験と照らし合わせて必要以上のアドバイスを口にしてしまったりするなど、ピアサポーターとしてどこで患者との境界線のラインを引くべきか、その判断は簡単なことではないのです。

患者には正直な気持ちしか伝わらない

――傾聴するために必要な要素は何でしょうか。具体的なエピソードがあれば教えてください。

 病院に勤務するピアサポーターを長くやっていると、特定の患者との関係性も深くなります。そういう人の終末期とのかかわりは、本当につらいものです。患者会のような場であれば、そういう人は突然来なくなるので、最期は想像でしかありません。ですが、病院に勤務していると、患者の最期の現実を目の当たりにすることになります。看護師としての経験があるから寄り添えることができるという気持ちの一方で、医療者としていたときよりも、ぐさりとくることが少なからずあります

情報提供室の書棚には、あえて医療否定本なども含めて、一般向けのありとあらゆるがん治療の本を置いてある

情報提供室の書棚には、あえて医療否定本なども含めて、一般向けのありとあらゆるがん治療の本を置いてある

 傾聴には、ある程度のマニュアルがあります。患者の正直な気持ちを話せるようにするため、どのような話題を振るべきか、その際は決して話しすぎてはいけない――などのようなことです。ただ、マニュアルでは対処できないようなことも多く、ある時期までは、どうすれば傾聴できるのか、いつも頭を悩ませていました

 そんな悩みが和らいだのは、ある末期のがん患者からの一言がきっかけです。わたしは、「今日はどのような話題を振ろうか」と考えを巡らせていました。ただ、自分も体験したことがない末期の状況は、想像することもできず、どんな話題を触ればいいのか、どんな言葉を投げかければいいのか、全く分からなかったのです。そんな状況の中でその患者のベッドサイドで、思わず言ってしまったのです。

 「わたしにはきっと、あなたの気持ちは分からないと思う

 するとその患者は、「分からなくていいの。ただ、聞いてくれるだけいいの」って言ってくれたんです。

 私自身もがん体験者だから分かるのですが、患者は人の言葉に非常に敏感になります。この人は本当のことを話している、この人は嘘を付いている、この人の言葉には気持ちがこもっていない――。そういう感覚が、非常に鋭くなっているのが、がん患者です。ですから、ヘタに「傾聴」と大上段に構えることなく、ひたすら正直に、気の利いた話題や一言がなくても、患者の気持ちに寄り添い、正直な気持ちを伝えることも、傾聴に必要なことなのではないかと、わたしは思っています。

連載◆がん症例13倍のチーム医療
(1)大学病院レベルの集患力、「支える医療」とは
(2)「全員主役」が一変させた院内外の好循環
(3)患者に寄り添う傾聴に最も大切なこと

解説を担当したコンサルタント 野村 誠(のむら・まこと)

makoto 株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンのコンサルタント。
関西大学工学部生物工学科卒業、名古屋商科大学大学院マネジメント研究科修了。外資系製薬会社を経て、GHCに入社。DPC分析全般を得意とし、公立病院(500床台)、公的病院(300床台)のDPC分析、公的病院(500床台)の市場分析や地域連携分析などを担当。国内のがん専門病院の有志たちが集まる「CQI(Cancer Quality Initiative)研究会」の分析も担当する。
この記事に関連したPR日米がん格差 「医療の質」と「コスト」の経済学』(アキよしかわ著、講談社、2017年6月28日発行)

Cancer がんサバイバーの国際医療経済学者、病院経営コンサルタント、データサイエンティストの著者による、医療ビッグデータと実体験から浮かび上がるニッポン医療「衝撃の真実」。
がん患者としての赤裸々な体験、米国のがん患者(マイケル・カルフーン氏、スティーブ・ジョブス氏)との交友を通じて、医療経済学者、そして患者の視点から見た日米のがん医療の違い、課題に切り込み、「キャンサーナビゲーション」という制度の必要性を訴える。こちらをクリックすると本書の紹介ページにジャンプします。
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