「合併後に自分の居場所がなくてもよい」キーマンがそう思えるか否かが合併の鍵-日本海総合病院
2015.2.25.(水)
「合併後に自分の居場所がなくてもよい」――。自治体病院同士の合併の先駆けで、稀有な成功事例として名高い日本海総合病院。2008年4月に、山形県酒田市の旧市立酒田病院と、県立の旧日本海病院が再編統合し、新たに独立行政法人「山形県・酒田市病院機構」として発足した。旧県立病院は急性期に特化した「日本海総合病院」に、旧市立病院は回復期・慢性期を中心に担う「酒田医療センター」に機能分化するなど、時代を先取りしている。統合再編の立て役者で現在、同機構の理事長、日本海総合病院の院長を務める栗谷義樹氏に病院統合のポイントを聞いた。
再編統合の背景には、「旧市立病院施設の老朽化」と「県立病院の経営不振」があった。旧市立病院は1947年に開院、69年に病棟を新設し、老朽化が著しかったという。建て替えに向けて改築外部委員会を設置したが、さまざまな事情から「県立日本海病院との統合が望ましい」と同委は答申したという。
一方、県は旧日本海病院を含めて5病院を運営していたが、経営状況を精査していた外部監査委員会が、やはり「市立酒田病院との統合が望ましい」との結論を出した。その翌日には当時の知事と酒田市長が共同会見を開き、「日本海病院と酒田病院を再編統合し、独立行政法人化する」と公表した。
県が独法の理事長に栗谷氏を指名したのは、旧市立病院における経営手腕を買ってのことだ。栗谷氏は、旧市立病院の院長だったが、就任当時の2000年ごろ、同病院では「医師不足」により患者数が激減。年間6億円の赤字を抱えていたという。「介護施設への転換すら選択肢にあったが、8割近い職員に病院から去ってもらうことになり、病院をつぶすことと同じ。何とか立て直さなければいけない」と栗谷院長は、(1)病院の経営状況を説明し、職員に意識改革をしてもらう(2)診療報酬の請求漏れ防止を徹底する(3)接遇を向上させる(4)患者の意見に真しに対応する(5)医師の負担を軽減する-などの取り組みに乗り出す。
これらは、今でこそどの病院でも取り組んでいる内容だが、当時は画期的だった。特に(5)の医師の負担軽減は「医師にしかできない業務に特化してもらい、雑用から解放」するものだ。これが県をはじめとする医師のネットワーク内で働きやすいとの評価を呼び、少しずつ医師が集まってきたという。
さらに、栗谷氏は医師会との連携をかねてから重視していたため、地域の開業医からの信頼も厚く、地区医師会の会長、県医師会の副会長も務めている。旧市立病院は再編前には400床であり、この規模の公的病院長が医師会の要職を務めることは極めてまれだ。
このパイプをさらに強化するために逆紹介を徹底し、紹介患者の獲得を進めていったという。
こうした「地道」な取り組みを真しに行うことで患者数も増え、院長就任3年目には経営は黒字に回復。その後も順調な経営を続け、合併までの約8年間で内部留保が48億円に達するまでになった。
再編統合が決定してから2年半は、日本海総合病院に外科や心臓血管外科、酒田医療センターに消化器内科や整形外科という具合に診療科の移動を行い、その後、日本海総合病院が急性期に、酒田医療センターが回復期・慢性期に特化するという形態に移行している。
すると、同じ診療科に旧県立病院出身の医師と、旧市立病院出身の医師が混在する。診療面でのトラブルはなかったのだろうか。栗谷院長は「もちろん、幾つも問題が生じた。しかし最終的には院長であるわたしが乗り出し解決していった」と述べる。
例えば、整形外科は酒田医療センターに置かれたが、「患者が術後肺塞栓を起こし、PCPS(心肺補助装置)や下大静脈フィルター留置術が必要なケースも生じるが、担当科は日本海総合病院にある。どうすればよいのか」という問題が現場から提起された。これに対しては、「山形大整形外科が県内の過去数年間の肺塞栓症例をすべて精査してくれ、わずか2例にとどまっており、死亡例はゼロであるとのデータを示してくれた。このデータを現場に示したところ納得してくれた」という。
栗谷院長は「根拠薄弱に判断するのではなく、大学や当時者からエビデンスを得て、それを基に統合再編を進めていったので皆、納得してくれた」と強調する。
現在であれば、クリニカルパスなどを一つ一つ精査し、優れたパスを採用していくことになるだろう。
なお、前述の「勤務医の負担軽減」策などの評判は旧県立病院の医師にも届いていたようで、合併にあたって現場医師からの反対はほとんどなかったという。
こう見てくると順風満帆に進んだようにも思えるが、再編統合に当たり苦労はなかったのであろうか。栗谷院長は「当時を振り返ると細かい苦労・問題は幾つもあったが、いずれも深刻な問題には発展しなかった」と振り返る。
それは、事前に根回しを徹底したことが功を奏したようだ。傍から見ると「経営状況のよい旧市立病院が、経営の厳しい旧県立病院を乗っ取った」と揶揄されることもあったというが、両病院の職員をはじめとする関係者の間には、そうした声は少なかったという。
栗谷院長は、再編統合が決定する前、山形大の嘉山孝正医学部長(当時)に面談を申し入れ「統合再編まで医局人事を凍結してほしい」と直訴。嘉山氏はこれを二つ返事で受け入れたという。「大学が全面協力してくれたことは大きかった」と栗谷院長は述懐する。
2つの病院が統合されるということは、要職のポストが減ることを意味する。この点については、山形大、東北大、旧市立病院の栗谷院長と旧県立病院長の新澤陽英院長(当時)が膝を突き合わせ、一つ一つ決めていった。その際に重視したのが「そのポストにふさわしい実力を持っているかどうか」という原理原則だ。大学側の全面協力もあり、ポストをめぐる医師の争いはほとんどなかったという。
さらに統合再編にあたって栗谷院長は、旧県立病院に最大限の敬意を払ったという。傍からは「吸収合併」とも見えたわけで、旧県立病院側の職員には複雑な思いもあったであろう。その点を栗谷院長は汲み取り、その気遣いが旧県立病院側職員の硬い気持ちをほぐしていったことがうかがえる。
また、医薬品や医療機器の採用について、栗谷院長は旧市立病院時代から「新たなものを1つ採用したら、既存の同効能のものを1つ除外する」という方針を取っているという。
旧市立病院は400床規模だったが、660床の山形県立中央病院と同程度の品数の医薬品を採用していたという。「これは非効率だ」と考えた栗谷院長は、先の方針にのっとって、薬事委員会主導のもと採用医薬品を半分程度に絞った。
この方針を再編統合後も貫き、各診療科と薬事委員会で採用医薬品などを選定させたという。
統合再編により、かねてから住民が希望していた「3次救急」医療機関が創設された。また医師不足が解消され、安定した医療提供体制が構築されたことは地域住民にとって何よりの福音であろう。
一方、病院側にも大きなメリットがあったようだ。
まず新規入院患者数は統合再編前に比べて10%以上増加した水準を保っている。その一方で外来患者数は減少しているが、これは機能分化が円滑に進んでいるためだ。地域の医療機関との間で紹介・逆紹介がスムーズに行われていることがうかがえる。
また、急性期に特化した日本海総合病院では平均在院日数の短縮が進み、現在は11日を切る水準にまでなっている。
病院の収益を見ると、日本海総合病院単体、酒田医療センターとの合算で見ても黒字を保っている。13年度には日本海総合単体で経常利益が11億2300万円、純益が9億2500万円。酒田医療センターとの合算では、純益が6億5200万円となった。統合再編前の2007年度には、純損失が旧県立病院で2億6300万円、合算で4億9100万円であったことと比べると、驚異的な回復であることが分かる。
日本海総合病院の再編統合が上手く進んだ背景には、栗谷院長への強い信頼感が大きいようだ。
栗谷院長は「患者からの理不尽な要求やクレームには院長が矢面に立って対応しなければならない」と強調する。病院によっては現場に面倒を押し付けることもあると聞くが、栗谷院長は「トラブルのときに院長がしっかり対応できれば、スタッフの信頼を得ることができる」と述べる。
栗谷院長への信頼の高さは、看護師採用という面で如実に現れている。現在の深刻な看護師不足の中で、日本海総合病院では15年4月に入職する看護師の倍率は2倍。
また、統合再編にあたり県立病院の看護師は「県に籍を置き、独法に出向する」という雇用形態であった。当初はほとんどの看護師が「県の他病院に移りたい」と考えていたが、3年後に意向調査をしたところ「機構に残りたい」と答えた看護師が大多数になった。
日本海総合病院、そして栗谷院長に対する大きな信頼感がうかがえるトピックだ。
最後に栗谷院長は、合併を進める際のポイントとして次の4点を挙げた。この4つが揃えば話は進んでいくと述べ、合併を検討されている全国の病院長にエールを送っている。
(1)キーマン
(2)キャスティング
(3)根回し
(4)合併相手へのリスペクト
ただし、(1)のキーマンについては「合併後にキーマン自身の居場所がなくてもよい」と思えることが重要、と栗谷院長は強調する。自身への利益や見返りを求めたのでは合併はうまくいかない。こうした志の高さも、多くの関係者から信頼が寄せる所以であろう。
なお、栗谷院長は合併にとどまらず、「決断する」「決める」ことの重要性も強調する。例えば現在、議論されている地域医療構想については「どれが正しいか」を議論していたのでは結論は出ない、関係者が自分を捨てて地域医療のために「決断する」ことこそが重要であると述べている。こちらも今後の医療提供体制再編に向けて、大いに参考にすべき言葉であろう。