倉敷中央病院の経営企画が現場との接点で大切にしているたった6つのこと
2015.6.4.(木)
全国の医療人たちの見学が後を絶たない国内有数の急性期病院、倉敷中央病院。年間1万2483件の手術、周辺地域の入院症例4割を担当する「地域の最後の砦」となる基幹病院です。日本を代表する急性期基幹病院を支える経営分析スタッフは、どのような視点を大切にし、日々の業務に当たっているのでしょうか。経営企画部の中島雄一部長による講演を中心にまとめました。
中島部長の前職は某自動車メーカー。そこで約20年間、原価管理の仕事を中心にキャリアを積み上げてきました。中島部長が原価管理で重視してきたのは、「Value(価値)=Function(機能)/Cost(費用)」の方程式から成る「価値科学」の実践です。
自動車は非常に多くの材料を用いて設計し、製造されます。競争が激しく、ライバルよりリーズナブルな価格設定を要求されるため原価管理をしっかり行う必要があります。設計者の一人よがりでコストをかけていては、顧客視点での商品力が低下し、販売不振、業績悪化につながります。闇雲にコストを削るのが原価管理ではなく、顧客価値からそのコストを考え直す。そのため、「顧客満足のために、限られた資源をいかに効率的に扱うか」という視点で、価値の最大化に向けた科学的なアプローチをするのが価値科学の本質であり、その軸となるのが「Value =Function/Cost」の考え方です。
この考え方は病院経営にも応用できます。まさに「Function」を「Quality」に置き換えたのが、GHCが支持する米メイヨー・クリニックが提唱した「Value(医療の価値)=Quality(医療の質)/Cost(費用)」です(詳細はこちら)。自動車の設計者と同様に、医師もコストを度外視して質を追及しがち。質向上の視点は最も重要なことですが、社会保障費の抑制で病院大再編時代が到来した昨今、「医療の価値」を向上させる視点が求められており、その視点がないと医療提供体制を維持・存続できなくなる危険性があります。経営分析スタッフには、そのことを院内に広める役割が求められており、その際の有効なツールが「Value =Function/Cost」の考え方です。
医療の価値を向上させるには、いかに院内にコスト意識を根付かせるかがカギになります。そこで重要になるのは、いかに伝えたい情報をしっかりと伝え、理解し、受け入れてもらえるかです。
組織図の中で経営企画の立ち位置を見ると、一般的に最高経営責任者や幹部会の直下に置かれることが多いです。そのため、経営企画の部署はトップダウンのように各診療科と接することになりがちなのではないでしょうか。トップマネジメントでの意思決定が多い組織では抵抗は少ないかもしれませんが、各部署の独立性が強い組織では、過度なトップダウンはうまくいかない可能性が高いです。
そのため、中島部長が自院の看護部をはじめとしたスタッフが支えている状況を見て名づけているのは「おかみさんマネジメント」です。直接、各診療科へ意図的に働きかけるのではなく、例えば診療部長と共同して病棟を賄っている看護師長などに、その診療科の改善ポイントなどを示した情報や資料を提供するというやり方です。こうすることで、トップダウンで問題提起して反発を招くことを避け、ボトムからアプローチし、しかもワンクッション置くことで、伝えたい先の診療部長に本当に伝えたい情報を誤解なく届けることができると感じています
現場の診療科が改善に必要な情報に興味を持ってくれるようになれば、「一緒に具体的なアクションをする」フェーズに移行していきます。その際、中島部長は各診療科の問題意識や立場を理解し、一緒に悩めるかどうかが、最終的にプロジェクトを実現させる上で重要な視点だと指摘します。
当院のような大きな組織では、部署が異なれば問題意識が違い、医療職が負う責任を考慮する必要もあります。それを考慮せずに現状を示す詳細なデータを突きつけても、やはり反発を招くだけで終ります。「自分たちの問題意識や立場を全く理解してくれない」と心の壁を作られてしまえば、本来なら実現できるはずのプロジェクトも、実現できなくなってしまいます。
そのためには、まずは経営改善に協力しようとしてくれている現場に敬意を払い、現場の声にしっかりと耳を傾け、現場の立場で考えて、現場の事情に共感できるかどうかがポイントになります。「こんな状況になってしまっています」とデータを示すだけではなく、「このような状況をどうやって改善していきましょうか」と一緒に悩み、相手の事情に共感して、一緒に改善策を探っていく姿勢が必要です。
改善活動を進める軸となるのは、現状把握や進捗状況などを正確に知ることができるデータです。正確かつスピーディーなデータの分析と提供なしに改善活動は語れません。
ただ、とかくオーダー通りのデータ提供や過去の定形型データに頼りがちです。例えば、オーダーが間違っていたり、不足していたり、あるいは定形型のデータに見直すべき点があったとしても、受け身の姿勢でのデータ提供では、しっかりとオーダーに応えられないこともあります。オーダーの真意を読み取り、理解した上で、オーダーの過不足をしっかりとカバーしたり、可能なら付加価値を付けたデータを示すことが、現場に価値を認められる仕事です。
例えば、2014年度の診療報酬改定で「短期滞在手術基本料3」に白内障手術が含まれたことで、眼科から「改定の影響を試算して欲しい」とオーダーが入りました。その際、眼科は「収入の変動のみの試算」とのオーダーだったのですが、中島部長は収支(原価、人件費、収入)の変動も試算して説明に行きました。改定の影響が大きく、何らかの対策が必要と考えて悩まれていると読み取った中島部長は、現状を多角的な視点で把握し、より具体的な対策をイメージしやすいように、原価計算を組み込みました。結果、眼科ではスタッフ医師たちの理解を得て、在院日数の短縮に向けて大きく動き、数千万円単位の減収を回避することに成功しています。
実は中島部長、以前から白内障手術の在院日数短縮を大きな課題と捉えていました。実際、過去に何度か現場に提案はしていたものの、行動変容には至りませんでした。
中島部長は、自動車メーカーで原価計算をしていた当時の経験を振り返ります。
「原価は考え方や定義次第でいかようにも変化する。実は原価計算のあり方について喧々諤々の議論を続けることは、あまり重要なことではない。重要なことは、より正確な原価計算方法を示すことではなく、『現状とあるべき姿を示して、最終的にどうすべきか』というベクトルを、関係者間ですり合わせることだ」
同じような考え方で、マーケティング学の巨匠であるT・レビット博士の「ドリルを買う人が欲しいのは穴である」という有名な言葉があります。中島部長は白内障手術の在院日数短縮の議論をするため、「どのドリルを買うか」の議論をすることは避け、関係者間でしっかりと「穴を開ける」という意思決定ができる時期を伺ってきました。今回、眼科からのデータ提出依頼を受けて、「責任ある当事者のモチベーションがあるこのタイミングを決してムダにしない」という姿勢で臨んだ結果、成果を出すことができたと言います。
とは言え、上記の視点をしっかりと持って準備しても、相手が「変化をいとわない、前向きな組織」でなかったりして、うまくいかないことも多々あります。そうした時に意気消沈せず、いつまでも引きずらないことを意識しているそうです。失敗したとしても、そこには次の情報提供の機会に向けたデータ分析の基盤強化、現場の真意を推測する力となるヒントが無数に転がっているはずです。それらをしっかりと拾い上げて、「8割うまくいけばいいんだから仕方がない」などと割り切り、次に繋げられるか否かで、経営企画を担当する人の成長は、大きく左右されると強調しました。