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【対談】オバマケアが変える「医療の質」とは―スモルト×鈴木康裕(前編)

2014.12.17.(水)

 オバマケアが米国の医療を変えている。医療提供の形が変わり、医療の質の問題も動きそうだ。米国メイヨークリニックの元経営統括責任者スモルト氏と厚生労働省技術総括審議官の鈴木氏が、コスト、アウトカム、安全性、満足度をどう改善させるかを語り合った。司会はGHCのアキよしかわ、渡辺幸子が務めた。

オバマケアの課題は医療費の財源

司会 医療のこれからについて、「オバマケア」「IDS=Integrated Delivery System」「医療の質の向上」のそれぞれの視点からお話しいただきたいと思います。まずオバマケアについてお聞きします。米国ではオバマケアが開始されて医療を取り巻く状況は変わっています。スモルトさん、メイヨークリニックに在籍されていた当時と比べてどう変化しましたか。

メイヨークリニック元経営統括責任者のロバート・K・スモルト氏

メイヨークリニック元経営統括責任者のロバート・K・スモルト氏。現在は同病院の名誉最高経営管理責任者で、アリゾナ州立大学の医療政策研究プログラムで副所長も務める。

スモルト わたしは経営総括責任者を長く務めてきたメイヨークリニックを退職し、アリゾナ州立大学に移りました。これからも医療のアウトカムをいかに高めるかを検討していこうと考えています。 オバマケアについては、医療を大きく変える可能性を秘めていると考えています。米国ではこれまで5000万人を超える人々が無保険のままでした。これは、日本の人口の3割程度に当たる規模ですが、今後、こうした人たちの保険加入が進むと考えています。

 まだまだ課題はあります。「インディビジュアル・マンデート」と呼ばれる仕組みがあって、保険に加入しないのなら税金を支払わなければなりません。ただ、この負担は小さいですから、保険に入らない人も出てくるとみられています。とはいえ、保険加入は着実に進む方向と言っていいでしょう。今後、われわれ米国人が医療費をどう支払うか、逆に医療提供者はそれをどう受け取るかという点で変化が起こってくるでしょう。オバマケアについては、医療提供の質と効率を高めるきっかけになるとわたしは考えています。

 いろいろな「もし」が考えられます。例えば、患者側からの支払いの仕組みが変わるだけで、医療提供者にとっては強いプレッシャーになり、医療をいかに効率的に提供するか、見直しを迫られます。この過程で医療の質を高めることにもつながると思います。

司会 医療の質をどう高めるかの視点は重要ですね。

スモルト はい。質の向上はもちろんですが、オバマケアの課題は医療費の財源をどう賄うか、です。米国政府が抱える負債は、国民総生産(GDP)の130%ほどになるでしょうか。低所得者を想定して、オバマケアでは医療費の半分を補助金で賄うようにします。それだけに、財源をどう工面するかは政府にとって重要な課題なのです。一つには、高齢者向けの公的医療保険制度「メディケア」への拠出を減らす方向性があります。今後20年間で拠出を半減させると見られていて、結果的に、医療をどのように提供していくかという問題につながっていくのです。こうした懸念もありますが、わたしは基本的にオバマケアを前向きにとらえています。

質の改善は報酬より情報の見える化が現実的

司会 鈴木さんもこのたびはありがとうございます。

厚生労働省技術総括審議官の鈴木康裕氏

厚生労働省技術総括審議官の鈴木康裕氏。保険局医療課長として2012年度診療報酬改定を指揮し、その後、防衛省出向を経て2014年8月より現職。

鈴木 あらためて自己紹介します。わたしは厚生労働省で技術総括審議官を務めています。主立った仕事は2つです。一つは危機管理。2014年には、国際的にはエボラ出血熱の流行が、日本国内ではデング熱の発生が問題になりました。火山の噴火や異常気象も起きています。こうしたリスクに対処する仕事です。もう一つは、保健領域の研究です。具体的には日本医療研究開発機構という省庁横断の研究機関を15年4月に立ち上げる予定です。

 オバマケアについては、2つの要素に注目しています。一つは国民全員の保険加入を進める「ユニバーサル・カバレッジ」への一里塚になるという点。もう一つは、医療の質向上につながるという点です。米国では、質のより高い医療を提供する施設に報酬を多く支払い、質の高くはない所へはそれなりの報酬にする方法を採っています。

 日本では診療報酬に差を付けるのは現実的ではなく、情報を見えるようにして医療機関ごとに質の改善に取り組んでもらうべきだと考えています。

スモルト 確かに情報開示は病院の質改善を促すと思います。わたしたりは、「アウトカム+安全+満足度」を「患者一人当たりのコスト」で割った「医療の価値」を重要視しています。この分子をいかに高めて、分母をいかに抑制するかが重要です(詳細はこちら)。

 特定の診断名に施された一連の医療行為に報酬を支払う「EDRG」(Extended Diagnosis Related Group:拡大版DRG)に、日本が向かうのならば分かりやすい。アウトカム、安全性、満足度を維持しながらコストを下げていく。そうして質を高められなければ、収益を失う方向にいくわけです。米国では質を高めた施設が基本的に優位に立つようになってきました。

重要なのは経済的な動機付け

米国グローバルヘルス財団理事長のアキよしかわ

米国グローバルヘルス財団理事長のアキよしかわ

鈴木 オバマケアが民主党政権の中で継続されるかに関心があります。どうご覧になりますか。

スモルト オバマ大統領が在任している限りは継続されるでしょう。

鈴木 いろいろな反対勢力もありますが、オバマ政権で法整備は着実に進みますか。

スモルト うまくいくと思います。もちろんいろいろな課題はあります。米国では今、州からの補助金をどの所得水準にまで出すべきかといった論議が起きています。オバマケアでは、低所得層の人には保険の購入に補助金が出て、この対象を広げようとする動きがあります。誰にでも、という考えもありますが、わたしはとても難しいと思っています。やはり所得の制限は必要です。そうした問題はありながらも、制度は整っていくと考えていいます。

鈴木 保険に入らない場合に税金を払わなければならない「罰金システム」は受け入れられていますか。

グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子

グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子

スモルト 確かに「罰金」のようなものですが、これの負担は小さいですね。だから保険加入が進まないわけです。「罰金」の額は、最も低所得の人の保険料と同じ水準であるべきでしょう。税金を支払うのと保険に入るのとどちらが有利か、経済的な動機付けがないとね。

鈴木 共和党は政府の予算をオバマケアに投入するのには反対だったと思います。

スモルト そう。共和党は今も立場を変えていません。

鈴木 膠着状態なわけですか。

スモルト 膠着状態は続くでしょうね。自分たちが協力すべきだと共和党に気付いてもらいたいとは思います。

鈴木 次の大統領選はどうですか。

スモルト 民主党はやはり、“はりつけ状態”になりそうです。エコノミスト誌に興味深い記事がありました。共和党は民主党をはりつけ状態にし続けるか、民主党と協力を模索するかというものです。でもどうやら、対決姿勢を示していくのではないかと考えています。

司会 次は「IDS」(Integrated Delivery System:統合型医療提供システム)を話題にしましょう。(つづく)

【連載ラインナップ】
(上)オバマケアが変える「医療の質」とは
(下)「IDS」と「包括払い」は医療の質を高めるか

筆者:室井一辰

医療経済ジャーナリスト。東京大学卒業。「週刊ポスト」(小学館/5月2日号)の特集『「血圧147は健康値」の怪奇』が大ヒット企画となり、競合誌やテレビ、新聞を巻き込む論争を巻き起こした。医療専門メディア、経営メディアで、病院、診療所、公的機関、営利機関などを取材して記事を執筆している。6月に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)を上梓。

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