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【対談】「IDS」と「包括払い」は医療の質を高めるか―ロバート・K・スモルト×鈴木康裕(後編)

2014.12.19.(金)

 米国では複数の医療施設や医師が協力して医療を提供する。互いの治療成績を見せ合う環境の中で医療の質を向上する。包括払いの中で経済的な動機付けも確立させた。米国医療に日本は何を学ぶかー。司会はGHCのアキよしかわ、渡辺幸子。

統合型医療提供システムと医師の連合体

司会 米国に統合型医療提供システム「IDS」(Integrated Delivery System:統合型医療提供システム)が誕生したのはいつだとお考えですか。

メイヨークリニック元経営統括責任者のロバート・K・スモルト氏

メイヨークリニック元経営統括責任者のロバート・K・スモルト氏

スモルト びっくりされるかもしれませんが150年ほど前です(笑)。冗談に聞こえるかもしれませんが、本当です。メイヨークリニックが誕生したときからです。IDSとは、患者の治療に携わる医師が協力し合う仕組みです。病院は医療提供の中の一つの機能に過ぎません。メイヨークリニックはそうして運営されてきました。カギになるのは、医師が独立して診療する中で、仮想的なIDSをどのように構築するかだと思います。メイヨークリニックでは、多様な専門グループが同じメイヨークリニックという組織の中で働いていますが、ほかの施設だとまだまだそうとも限りません。

 テキサスのフォートワースが仮想的なIDSをつくり上げた良い例でしょう。私は2014年9月に、IDSについて講演してほしいと頼まれたのです。IDSはある種、“はやり言葉”“バズワード”になっています。もう一つのバズワードはindependent physician、独立した医師ですね。フォートワースでは、医師が施設を超えて勤務する体制を初めて整えました。医師が施設をつくるのではなく、協力医師による連合とboard、つまり理事会を作り組織化したのです。同僚への信頼感と、医療の質を高めようとする展望に基づいて医師をお互いが選ぶ。

 専門領域ごとに、医師らはまとめ役を選びます。さらに、経済的な動機付けも仕掛けます。専門領域ごとに、コストを含めた大枠の目標を定めます。例えば循環器の領域であれば、どれくらいの患者を診るかの見通しを立てます。医師は診療した患者の数に応じて報酬を受け取る。ただ、一定の割引を受けます。例えば、報酬として全体の80%だけを受け取る場合もある。

 1年の終わりには、次の「3つの要素」に応じてボーナスを受け取ったり、逆にお金を余計に支払わなければならなかったりすることもある。こうして実績に合わせた報酬を得られるようにしています。3つの要素とは、まずはクオリティー・インディケーター、医療の質の指標です。2つ目は目標通りのコストで医療を提供できていたか。最後に患者の満足度です。

司会 大切な要素ですね。

大切なことは、医療現場が自ら始めること

スモルト ええ。さらに大切なのは、彼らが医療提供に責任を持とうとすることです。理事会のような組織体に所属する医師らは、専門的な医療を提供した実績を互いに説明し、主張し合います。特殊な症例に対しても医療を提供できるだけの体制作りが重要です。

 さらに、データの共有です。各専門分野のリーダーは医師一人ひとりのデータを成績、コスト、満足度ごとに評価します。医師らはそれを互いにその結果を共有して比べ合うのです。人工膝関節置換術であれば、再入院率や感染症の発生率が大切ですね。四半期ごとのデータを見ると、それぞれの成績が分かります。こうして同僚からのプレッシャーを受けることが重要なわけです。

 さらに、目標となる成績の水準を設定して、そこを逸脱した場合に注意するような仕組みもあります。こうしたシステムを、ITを使いながら運営することで、より良いアウトカムをより少ない経営資源で実現できるようになると考えています。ソルトレイクシティーでは、「Intermountain Healthcare」が有名です。メイヨークリニックと同じように質の改善に取り組んでいます。

厚生労働省技術総括審議官の鈴木康裕氏

厚生労働省技術総括審議官の鈴木康裕氏。2012年度診療報酬改定を指揮し、その後、防衛省出向を経て2014年8月より現職。

鈴木 IDSには3つのポイントがあると考えています。日本のケースで言うと、メイヨークリニックのように、すべての医師は勤務医ということを基礎としたシステムという点です。次に、医療の質を比較する際、評価の厳密さをどう調整するかが課題になります。ある程度の調整は必要になるとわたしは考えています。

 そしてデータの共有ですね。ここでは患者のプライバシーと公共の利益をめぐる議論が必ず起きます。医師の間で情報が共有されたとき、プライバシーをどう保護するかは重要です。

スモルト 興味深いですね。メイヨークリニックでは、患者の医療情報を1907年から共有しています。医師は誰もが情報に触れることができます。メイヨークリニックの中で、です。

鈴木 医師なら誰でも、なのですね。IDSの枠組みの中では、ある程度の個人情報の共有も必要になると思います。それには難しい部分はあると感じています。

スモルト 米国では実名かどうかですね。個人を特定できるか。患者がほかの施設を受診しても、氏名は分からない。そこは研究が進んでいる点です。合併症の発生状況のような情報は分かるけれども、氏名や住所を含まないデータにして、共有するわけです。日本でこうした形をつくろうとすると医師団体が抵抗したり、公共の問題があったりしますか。

鈴木 医師会は反対するかもしれませんね。

スモルト 米国医師会も同じようなことを言うんですよ(笑)

鈴木 日本でもIDSのような仕組みは必要だと思います。難しいのは、日本では医療提供を担う組織が互いに独立していて、統合からは遠い状態だという点ですね。互いに情報を公開していくのは一つの方法としては「あり」だと考えます。科学的に互いを比較していけば、改善の道筋を見付けられるでしょう。

スモルト もう一つ、評価の厳格さですが、医師はいつも自分が受け持つ患者はほかのドクターの患者よりも重症だと主張しがちです。だからこそ「ベンチマーク」の考え方が重要なのです。ある状態の患者に対する治療の成績をリスク調整した上で横並びで比較できるようにします。同僚からのプレッシャーも出てきます。このように医師同士が質で競争することが大切です。

司会 医師会などの反対があるとしても、ベンチマークのような仕組みをどう始めるかがカギになりますね。

スモルト 医療現場が自ら始めることです。メイヨークリニックに「やれ」とは誰も言いませんが、われわれは自分たちでやろうと決めたのです。1990年代のことです。互いに信頼関係にある医師を集めました。

医師を巻き込むメイヨー流の改善方法

鈴木 医療の質をいかに向上させていくかが大切です。これは、次のテーマですね。

司会 日本の医療の質が評価されることを期待しています。

鈴木 わたしたちはメイヨークリニックが何をしたかを詳しく知る必要があると思います。医師らをどう巻き込んで、医療の提供を改善していったのか。

スモルト メイヨークリニックの成功は、従来の文化をうまく受け継げた所が大きかったですね。これによって、100年近くにわたって医療の質を改善し続けてこられました。当初は医師からの抵抗もあったのです。大切なのは、医師全員を納得させなくてもいいということです。全体が変わるために、医師の人数の平方根に当たるくらいの賛同と協力を得られれば組織は動きます。100人の医師がいれば、そのうちの10人にまず協力してもらう。

 このように、少しずつ物事を進めていくことに意味があります。患者の安全について点数化していく取り組みを定着させるには3、4年はかかります。医師らも少しずつ受け入れて、進んで取り組んでくれるようになります。

鈴木 優秀な医師の採用には苦労しますか。

スモルト 苦労はしません。メイヨークリニックの流儀に合わないからと敬遠する医師はいるかもしれませんが、それが良くないことというわけではありません。

司会 日本では医療の質を高めるための動機付けが上手く機能していません。院内感染の発症率を追ったデータすらないケースもよくあります。日本でも米国のような動機付けを導入できるのでしょうか。

鈴木 日本でも取り組むべきだと思いますが、現状ではうまくできていない。背景には、いくつかの議論があります。一つは、医療の質をいかに向上させるか。動機付けの仕組みをどうつくるか、医師同士、病院同士の情報をどう比較するかです。もう一つは、医療の質向上に動機付けしていくのが、そもそも適切なのかどうかという議論です。日本は平等主義です。どの病院も同じような医療の質を担保するという「神話」がある。ここは乗り越えていかないといけないでしょう。さいわい厚生労働省が情報を持っていますから、公平に病院側にフィードバックできます。5年、10年という期間であれば、患者が病院の医療水準を比べられるようにもなり得るでしょう。

スモルト メイヨークリニックでの37年間の経験から言って、情報の見える化を進めることはいいことです。ペンシルバニア州の心臓手術の話でしたが、情報を公開しても施設ごとに基準も異なるので参考にならないのではないかという議論はありました。それでも情報を公開していくと、施設としては最底辺になりたくないと思うようになります。結果として、医療の質が上がっていくのです。

鈴木 グルメの分野で有名な「ミシュランガイド」の病院版のような形が必要かもしれません。

司会 まずは5つほどの医療手術・行為を対象にして情報公開に取り組むといいかもしれません。

日本が拡大版DRGに近づく可能性も

スモルト メイヨークリニックでは、肺移植の治療に実績があります。元々全米でも平均的な治療成績でしたが、医療の質を改善してコストも半減させました。

鈴木 本当ですか。

白熱した議論は2時間近くに及んだ(左奥は米国グローバルヘルス財団理事長のアキよしかわ、右奥はグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子)

白熱した議論は2時間近くに及んだ(左奥は米国グローバルヘルス財団理事長のアキよしかわ、右奥はグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子)

スモルト 質を向上させるため合併症の予防に注力したわけですが、その結果、集中治療室を中心にコストの削減に成功しました。移植の医療費は包括払いです。「EDRG」(Extended Diagnosis Related Group:拡大版DRG)のようなものです。コストを下げると病院が確保できる利益が増えますから、経済的な動機付けが生まれてきます。

司会 「EDRG」のような包括払いの導入は大きな経済的インセンティブになりますね。日本のDPCもDRGと似たような仕組みですが、DRGと比べたらインパクトに欠けるようにも思えます。

鈴木 DPCも目指すところは同じです。日本でもEDRGに少しずつ近づけていくような可能性はありますね。

スモルト 米国でも施設間に医療費の開きがまだまだあります。だからこそ包括払いが必要になります。これは、医療関係者にとって今後も大きな関心事であり続けるでしょう。

司会 医療提供の姿が変わっていき、情報公開、経済的な動機付けも組み合わせながら、医療の質を高めていく。米国の医療に日本が学ぶところも多々ありそうですね。本日はありがとうございました。(了)

【連載ラインナップ】
(上)オバマケアが変える「医療の質」とは
(下)「IDS」と「包括払い」は医療の質を高めるか

※お知らせ※
月刊「メディ・ウォッチ」新年号(1/10発行)では、鈴木審議官が構想する「病院ミシュラン」やトップランナーの医療機関を生み出す「病院版HACCP」などについて語っていただいた「“医療ビッグデータ時代”の幕開けを語る」をお届けします。月刊メディ・ウォッチの購読についてはこちらはご覧ください。

筆者:室井一辰

医療経済ジャーナリスト。東京大学卒業。「週刊ポスト」(小学館/5月2日号)の特集『「血圧147は健康値」の怪奇』が大ヒット企画となり、競合誌やテレビ、新聞を巻き込む論争を巻き起こした。医療専門メディア、経営メディアで、病院、診療所、公的機関、営利機関などを取材して記事を執筆している。6月に『絶対に受けたくない無駄な医療』(日経BP社)を上梓。

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