データ公開阻む根本課題は、医局制度にあり―ニッポンがん医療、異端児対談(1)
2017.8.22.(火)
抗がん剤やがん医療そのものを否定する書籍がベストセラーになる昨今、こうした論調に真っ向から反発する日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之氏。ステージ3Bの大腸がんになり、医療経済学者の立場に患者の視点を加えて、改めて日本のがん医療の課題を提言するアキよしかわ。怪しげながん治療・情報がはびこる今、米国の学会が中心に推進する標準治療に重きを置き、現状のがん医療に警鐘を鳴らす2人は、課題解決に向けて何を思い、どのような道筋を示そうとしているのだろうか――。異端児が対談した。
抗がん剤治療、非専門の外科医が9割
アキ:私は米国を拠点に医療経済学を研究し、博士号を取得した80年代中頃から日本の医療を見てきました。きっかけは、素晴らしいと評判の日本の医療制度を研究しようと思ったことです。その際、ふと日本ではポピュラーだが、米国では聞いたこともない抗がん剤を知り、「この抗がん剤は何だろう」と調べてみると、なぜか米国では情報が出てこない。それで知り合いに聞いてみると、FDA(米国食品医薬品局)で門前払いされた薬剤であることが分かりました。
さらに、その頃話題になった科学誌『Nature』に掲載された「The overdose of drugs in Japan(日本における医薬品の過剰使用)」という論文に目を通すと、「効果が疑わしい抗がん剤が、毎年、日本で何百億円も売れている」と書いてあったのです。これに衝撃を受けて、医療制度以外にも日本の薬剤に関するデータを集めてみると、複数の薬害や薬価差益という問題があることを知ったのです。
今では、こうした国際標準からかけ離れた抗がん剤を日本で利用しているという話は聞きません。私が罹患した大腸がんでは、ほぼ米国と同じ抗がん剤が使われています。しかし、抗がん剤治療を行う腫瘍内科医という抗がん剤を扱う医師に目を移すと、米国と日本では人数にしても、位置づけにしても大きく異なり、まだ日本では腫瘍内科医が普及していないように感じます。一見、抗がん剤治療における日米格差は縮まりつつあるように見えますが、まだまだこの格差は大きいと考えるべきでしょうか。
勝俣氏:おっしゃる通りです。外科手術に関しては、日本の成績は非常に優れています。確かに日本のがん患者は予後が良いというデータがあるのですが、実は、外科の技術が大きく関係しないステージ4の患者の予後もいいのです。となると、依存症が少ないことや食事内容などのベースラインの影響が大きいのかもしれません。日本の外科医の手技は優れていると個人的には思うのですが、実は手術手技の良さが予後を改善することを示すデータは少ないのが実際のところです。
アキ:外科手術の治療成績は、症例数にも左右されると思います。がんの外科手術は、症例数の少ないところと多いところで治療成績に大きく差があるということはあるのでしょうか。
勝俣氏:がんの外科手術手技についてはうまく均てん化が進んでいるので、ある程度の施設であれば、施設間の格差というのはそれほど大きな差はないと思っています。また、手術症例数が多い施設の予後が良好であるといったきちんとしたエビデンスは報告されていません。日本のがん拠点病院、がんセンターで手術症例数が多い施設のほうが、治療成績が良いことが一部報道されていますが、がんセンターなどには、併存症が少なく元気な患者さんが集まり、治療成績は必然的に良くなりますので、こうしたデータを見る際には注意が必要であると思います。外科手技に関しては、一部のがんでは、まだ拡大手術が行われていますが、がんの切除範囲を拡大する手術が予後を改善しないというエビデンスが多く報告され、今は切除範囲を縮小する手術が標準治療になってきています。
こうした流れを補うのが、抗がん剤治療と放射線治療なのです。しかし、残念ながら日本の抗がん剤治療の質は高いとは言えないのが現状です。ご指摘の腫瘍内科医が少ないことが主因で、日本の抗がん剤治療は9割以上、外科医が行っています。
標準治療とは「最善の治療」
アキ:私が米国で治療した際もそうでしたが、米国では外科医と腫瘍内科医、そして放射線科医が一緒に患者を診察することが普通です。
勝俣氏:日本ではさかんにチーム医療の必要性を訴えていますが、それはチーム医療ができていないからではないかと思っています。
アキ:米国ではさらに、腫瘍内科、放射線科、外科だけではなく、緩和ケアとプライマリケアの医師、リハの技師、栄養士、そしてキャンサーナビゲーターやオンコロジーナースなどが加わったマルチ・ディスシプリナリー・ケア(MDC)と呼ばれる取り組みが始まっています。アメリカ国立がん研究所の地域がんセンタープログラム(NCCCP)が実際に、クイーンズメディカルセンター等で調査したところ、MDCのグループで治療をした方が、手術までの期間が短くなったり、治療説明の遵守率が高まったり、患者満足度が高まったりするなどのアウトカム成績が良いという論文報告もあります。
「標準」という言葉に問題があるのでは?
アキ:日本のがん医療が、国際的な標準治療にまだ追いつけていない部分もあると思う一方で、この「標準治療」の「標準」という言葉が良くないのではないかとも感じています。
勝俣氏:同感です。標準治療は「Standard Therapy」を翻訳したものだと思いますが、「Standard」には「一番良い」という意味が含まれています。つまり、標準治療の意味するところとしては、「現状で最善の治療」という方が正しいです。「State of the Art(最高水準)」とも言われます。
アキ:日本人は「スタンダード」、つまり「標準」があるんであれば、「スペシャル」もあるだろう・・・、と考えてしまうのでしょうね。標準治療は「並・上・特上」の「並」、松竹梅であれば「梅」とみなされてしまうのかなあ。これは完全に意味を誤解していますね。米国で治療した際、私が日本で生まれなので、私の腫瘍内科医は標準治療のことを「チャンピオン」「ヨコヅナ(横綱)」と説明してくれました(笑)。「標準治療」は辞めて、「ヨコヅナ治療」と呼んだ方が良いかもしえませんね(笑)。しかし残念なことに、日本では検索エンジンでがん医療について調べると、怪しげな自由診療が検索結果の上位に表示されてしまいます。
ガイドライン遵守率のデータない現状
勝俣氏:日本で標準治療の意味が理解されていないことの証拠の一つなのでしょう。これにはさまざまな問題がありますが、まずはガイドラインが普及していないし、準拠もされていないということが大きいです。日本で最初のガイドライン、乳がんのガイドラインの作成に携わりましたが、その後、多くのがん腫でもガイドラインが作成されました。しかし問題なのは、そのガイドラインの遵守率に関するデータが皆無であることです。
アキ:その点は大いに問題だと思います。日本ではなぜ、データ公表を拒む傾向にあるのでしょうか。
勝俣氏:公表し、評価されると、自分たちがきちんとガイドラインに準拠していないことがばれてしまうことを怖がるためなのでしょう。本当は、自ら切磋琢磨して、医療の質を改善していくことが望ましいのですが、なかなかそのようにはいきません。その理由として、根本的なところにある問題は日本の医局制度だと思っています。医局制度はとても不思議な制度で、日本以外にはほとんど存在しません。調べてみると、ドイツにはあるのですが、日本と決定的に違うところがあります。それは、権力の集中による弊害が顕著になったため、人事権まで含む権力を教授に集中させることを止めたということです。医学の輸入元であるドイツで成り立たなくなった制度を、日本では未だに、当時の制度のままの状態で残し、維持し続けているという状況にあります。
医局制度の問題点は、評価を嫌う風土を醸成してしまうというところです。医局に研修医が入ると、その時点で医師本人の考えで行動する自由が大きく制限されてしまいます。なぜなら、人事権を教授が握っているため、教授の顔色一つで、希望の現場に行けたり、望まない現場に飛ばされたりするからです。医師は常に教授の顔色を伺った行動をせざるを得なくなり、教授に言いたいことも言えず、教授も部下たちから何も言われず、関連企業の関係者たちからちやほやされる――。こうした図式が、自由な臨床や学問、競争を阻み、外からの評価を嫌う風土の背景にあるのではないでしょうか。
連載◆ニッポンがん医療、異端児対談
(1)データ公開阻む根本課題は、医局制度にあり
(2)「外の血」と競争恐れず、脚下照顧から始めよ