看護師の夜勤72時間要件、夜勤16時間以下の看護師を計算に含めるべきか―中医協総会
2015.11.25.(水)
看護師の夜勤に関する規定をどのように見直していくべきか―。この点について、25日に開かれた中央社会保険医療協議会の総会で激論が交わされました。
夜勤は、病院の経営者からは「入院基本料の維持」、労働者からは「労働環境の改善」に大きく関連するため、中医協では「診療側委員」vs「支払側委員+看護職の専門委員」という構図になっています。しかし、本来は「医療安全の確保」のために規定が設定されたもので、各委員の立場を超えた「医療の質」の向上という視点での議論が必要でしょう。
病院の入院収入の核となる「入院基本料」を届け出るためには、さまざまな施設基準を満たさなければなりません。その1つに「夜勤を行う看護職員の1人当たりの月平均夜勤時間数が72時間以下であること」(いわゆる夜勤72時間要件)があります。これは、看護師個々人の夜勤を72時間までに制限するものではなく、病院全体で見たときに、平均して1人当たりの夜勤を72時間までと定めたものです。
夜勤に制限を設けることで、看護師の業務が適切に行われ、安全な医療提供体制が確保されることを目指した規定とされています。
この点、夜勤負担は多くの看護師が少しずつ分け合うことが理想ですが、例えば子育て中の看護師や老親の介護を行っている看護師は、負担を担うことが十分にできていません。
その原因の1つとして、月平均夜勤時間の計算方法が挙げられます。現在、月平均夜勤時間の計算対象からは、「月当たりの夜勤時間数が16時間以下の看護師」や「夜勤専従者」が除外されているのです。
子育てや介護などで「1か月に16時間以下の夜勤しか行えない看護師」は月夜勤平均時間の計算対象に入らないため、「72時間要件をクリアするためには、分母となる『夜勤時間帯の実人員数』を増やされなければいけないが、16時間以下の夜勤しか行えない看護師は分母にカウントされないので、採用を控えてはどうか」と考える病院もあると指摘されているからです。
これは、看護師確保にとっても阻害要因となりかねません。
そこで厚生労働省保険局医療課の宮嵜雅則課長は、「月平均夜勤時間数の計算対象に含まれる従事者を一定程度拡大するなど、計算方法を見直してはどうか」と提案しました。具体的には、「月当たりの夜勤時間数が16時間以下の看護師」について、計算対象に含めることが考えられます。ちなみに、この見直しを行った場合、一般に、分子に比べて分母の増加が大きくなるため、72時間要件はクリアしやすくなります。
この見直し案について、診療側の委員は賛意を表明しています。松本純一委員(日本医師会常任理事)は、「72時間の計算方法のために、『子育て中で短時間の夜勤しかできない』という看護師の就労が阻害されている実態がある」と述べ、厚労省提案に賛同。
また、中川俊男委員(日本医師会副会長)も「東京など看護師の多い一部の地域を除き、日本中の病院では看護師長が夜勤のシフト作成に苦労している」ことを強調し、「計算方法の見直しでワークライフバランスが向上すると考える」と賛意を述べました。
さらに猪口雄二委員(全日本病院協会副会長)は、「夜間の医療安全を確保するために、夜勤を手厚くする必要があるが、72時間の計算方法でこれが阻害されている。今の時代、勤務環境が悪くなれば看護師が去っていき、病院経営が成り立たなくなる。病院が状況を見て夜勤体制などを柔軟に工夫できる仕組みとすべきである」ともコメントしています。
これに対し、支払側の平川則男委員(日本労働組合総連合会総合政策局長)や幸野庄司委員(健康保険組合連合会理事)、さらに福井トシ子専門委員(日本看護協会常任理事)は、「子育て中の看護師などに、より長時間の夜勤を強制することにつながるのではないか」「72時間要件を満たせず入院基本料が減算された病院はごくわずかであるのに、なぜ緩和するのか」「看護師の労働環境が悪化してしまう」などとして、厚労省提案に反対しています。
両者の見解は、「見直しによって夜勤の偏りが緩和されるのか、著しくなるのか」という点でも大きく異なりました。
看護師の夜勤状況を見ると、一部の看護師に偏っていることが分かります。福井専門委員は「一般病棟では、80時間を超える夜勤を行う看護師が26.2%おり、一方、37.2%の看護師の夜勤は64時間以下となっている」(日看協調べ)と報告しています。
支払側の委員や福井専門委員は、「この長時間・頻回に夜勤を行っている看護師の負担が増加するのではないか」と指摘します。
一方、診療側の委員は「これまで計算対象に入らず夜勤を行っていなかった看護師が、月に1回でも2回でも夜勤を行えるようになれば、夜勤の平準化が進む」と反論します。
この点、偏りが著しくなるケースも、逆に緩和されるケースもあると考えられ、今後、更に議論を深めていく必要がありそうです。
宮嵜医療課長は、72時間要件のみを満たせない場合の減算規定を見直してはどうかとも提案しています。
72時間要件は入院基本料の施設基準であり、満たせない場合には特別入院基本料という低い点数を設定しなければならないのが本来です。しかし看護師確保が非常に難しい中で、「他の施設基準はすべて満たしているが、72時間要件のみ満たせない」という病院には一定の配慮をすることが適切とされ、特別の減算規定(救済規定)が設けられています。具体的には、本来584点(特別入院基本料)に減額されてしまうところ、3か月間までは20%の減額(7対1では1273点を算定できる)で済むというものです。
2014年度に、この減算規定の対象となった病院は13施設あり、比較的病床規模の小さいところが多いことが分かりました。
さらに、減算規定の対象となった場合には、「3か月間で十分な看護職員を確保することが難しい」状況も明らかになっています。
こうした点を踏まえて宮嵜医療課長は、(1)減算規定(救済規定)の期間を延長する(2)減算規定(救済規定)終了後も、すぐに特別入院基本料に減額するのではなく、新たな入院料(減算規定よりも低く、特別入院基本料よりは高い)を設定する―ことを提案しました。
この提案について具体的な議論は行われませんでしたが、診療側の松本委員は「方向性は良いのではないか」とコメントしています。
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