「あるべきでない地域差」是正に向け、市町村へのインセンティブ付与などを検討―介護保険部会
2016.4.22.(金)
介護保険制度の実績、例えば要介護認定率について大きな地域格差があることが分かっています。このような地域差について保険者や都道府県が分析を行い、成果を出した場合にインセンティブを与えるような仕組みを考えられないか―。
こういった議論が、22日に開かれた社会保障審議会の介護保険部会で行われました。
介護予防や自立支援に向けた取り組みを強化することで要介護認定率などが下がる傾向にあることから、先進事例をどのように全国展開していけばよいかという点も重要な論点になっています。
目次
市町村による介護給付適正化、不十分かつバラつきも大きいのが実態
2000年にスタートした公的介護保険制度は、高齢者の増加や制度の浸透に伴って大きく成長し、創設当初3.6兆円だった総費用は、2016年度には10.1兆円になっています。しかし、介護費の膨張は国費の増加を意味するため、危機にあるとされるわが国の財政を立て直すためには、介護給付費の適正化が必要と指摘されます(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
介護給付費の適正化に向けて、都道府県には介護給付適正化計画の作成と実施(2008年度から)、保険者である市町村には▽要介護認定の適正化▽ケアプランの点検▽住宅改修、福祉用具購入・貸与に関する調査▽介護給付費通知▽縦覧点検、医療情報との突合―が求められています。
しかし後者の市町村による適正化事業は任意事業であるため、実施割合は低調(いずれかの事業を実施している割合は2013年度時点で99.4%だが、ケアプラン点検は60.8%にとどまる)で、市町村によるバラつきもあります。厚生労働省の調査では、市町村が適正化事業を実施できない理由として「担当職員の不足」「平常業務が多忙」などの理由が上がっています。
介護予防などに積極的に取り組む自治体の事例を横展開する仕組みを検討
こうしたことから市町村の適正化事業を充実するためには、(1)都道府県や国による支援(2)市町村自身による取り組みの強化―の2つの施策が重要と考えられます。
(1)の支援策としては、まず「先進事例の横展開」が考えられます。現在、埼玉県和光市や東京都武蔵野市、長野県川上村、香川県高松市などでは独自の取り組みを行っており、具体的な効果を出しているところもあります。例えば和光市では、和光市コミュニティケア会議を設け要介護者や家族に対する支援を行っています。この結果、給付費が圧縮され、第5期(2012-14年度)の第1号保険料(月額基準額)は4150円(全国平均よりも822円低い)でしたが、第6期(2015-17年度)の保険料は4228円(全国平均よりも1222円低い)という効果を上げています。
また大分県では、個別市町村の取り組みには限界があると考え、▽リハ専門職団体との連携▽市町村における地域ケア会議の立ち上げ支援―を行い、2011年度末には全国平均よりも2.3ポイント高かった要介護認定率を、2015年には0.3ポイント差にまで縮小するという効果が出ています。
こうした取り組みの全国展開を図るために、厚労省老健局介護保険計画課の竹林悟史課長は「保険者のリーダーシップ」「地域の状況の実態把握・分析・課題抽出」「ノウハウの共有・人材育成」「専門職能団体などとの連携」「介護予防などに関する住民の意識向上」といった点について「どのような制度的対応が必要か」といった論点を掲げました。
竹林介護保険計画課長は「地域の自主性を阻害しないよう、どこまでを法律に書き込めばよいか、慎重に整理していくことになろう」と見通しています。
なお、先進自治体の1つ高松市の市長である大西秀人委員(全国市長会介護保険対策特別委員会委員長)は、「同じ県の中でも格差がある。県の支援体制強化も重要な検討テーマではないか」と指摘しました。
地域包括ケア「見える化」システムの効果的な活用を進める
また市町村の支援としては、地域包括ケア「見える化」システム(http://mieruka.mhlw.go.jp/)の効果的な活用も重要です。
このシステムでは、要介護認定率や1人当たり給付費などを都道府県別・市町村別に比較することが可能で、例えばA市の介護保険担当者が「規模や年齢構成などが似通った隣接するB市と比べると、A市は1人当たり給付費が高い。その要因はどこにあるのだろう」と検討する際の入り口になるものです。7月からは年齢構成を補正したデータも提供されるため、より使い勝手が良くなると期待されています。
竹林介護保険計画課長は「システムを効果的に活用するための改善や仕組み」といった論点も提示しています。
「介護保険でも保険者を都道府県にしてはどうか」と武久委員
前述のように、市町村には「人材・ノウハウの不足」という大きな課題があるため、前述のような支援方策が検討されていますが、武久洋三委員(日本慢性期医療協会会長)は「国民検討保険と同様に、介護保険においても『財政や重要事項は都道府県が責任を持ち、末端の事務は市町村が担う』という構造にしてはどうか」と提案しています。医療・介護の連携には大きな効果を発揮しそうです。
この見解に対して岩村正彦委員(東京大学大学院法学政治学研究科教授)は、「介護保険者は地域包括ケアシステムにも重要な責任があり、そこを考慮すると市町村単位が好ましいのではないか」との見解を述べました。
一定の指標を定め、頑張っている市町村にインセンティブを付与することも検討
(2)の「市町村自身の取り組みを強化する」ためには、「頑張っている保険者」に対してインセンティブの付与する方策などが考えられます。
厚労省老健局介護保険計画課の竹林悟史課長は、より広く▽介護保険事業計画におけるPDCAサイクルを通じた進捗管理▽高齢者の自立支援や介護予防の取り組み▽効率的な給付の推進―などを図るためのインセンティブを論点の1つとして提示しました。
また、インセンティブ付与の基準として「取り組みの進捗状況を測るアウトプット」や「取り組みの成果を測るアウトカム」に関する指標をどう設定するかも重要な論点となります。厚労省は「要介護認定率」を例示しましたが、伊藤彰久委員(日本労働組合総連合会総合政策局生活福祉局長)は「認定率だけでは適切に評価できるか疑問である」とし、別の指標も検討するよう提案しています。
ところで、インセンティブとして「調整交付金の活用」が考えられるかもしれません。例えば要介護認定率が低い(あるいは下がった)市町村について、調整交付金を増額するといったインセンティブを付与するような仕組みです。
しかし調整交付金は、市町村に責に帰すことのできない理由で生じた財政の不均衡を調整する(後期高齢者の多寡や所得格差を調整する普通調整交付金と、災害などの特別な事情を勘案する特別調整交付金)ものであり、「市町村のがんばり・努力」といった概念を組み合わせることが適切かどうか慎重に検討する必要がありそうです。また財源が決まっているため、インセンティブの裏にあるペナルティ(交付金の減額)という課題もあります。
データに基づいて、地域差の「要因」を分析することが第一歩
ところで、介護保険創設時には「地域格差はあってよい」という考えが当時の厚生省幹部から説明されていました。例えば「保険料が高くなっても、手厚いサービスを提供する」市町村や、「サービスは最低限にとどめ、保険料を低く抑える」市町村などがあってよいといものです。
この考えと、今回の「地域差の縮小」とは矛盾しないことを竹林介護保険計画課長は説明しています。現在の地域差は、上記のように「手厚いサービス」というビジョンの中で生じたものというより、明確な理由は分からず「気づいたら生じていた」というのが実際ではないでしょうか。後者は「あるべきではない地域差」と言えるかもしれません。この要因を分析して是正し、その上で「地域のビジョン」にそった介護サービス体制などを「選択していく」形が本来の姿と言えます。
22日の介護保険部会でも、土居丈朗委員(慶應義塾大学経済学部教授)から「データに基づいた分析」の重要性や、鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)や「地域差の『要因』分析」の重要性が指摘されています。
「市町村を支援する方策」や「市町村自身による取り組み」を充実し、あるべきでない地域差の是正に向けて、介護保険部会でより具体的な検討が進められていきます。
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