2060年の1人当たり介護費は現在の2倍超、地域ごとに介護ビジョンを構築する必要―経産省研究会の報告書
2016.3.29.(火)
2060年の介護費は18兆円を超え、40歳以上の人口1人当たり介護費は2015年の13.2万円から60年には30.4万円に上昇すると推計される。将来にわたって必要な介護サービスを確保するためには、「介護サービスの質と生産性の向上」「高齢者自身による自助と高齢者を支える機能の構築」「地域特性に即した介護サービスの実現」に向けたビジョンとロードマップを官民が協力して描く必要がある―。
経済産業省は24日に、こうした提言を盛り込んだ「将来の介護需要に即した介護サービス提供に関する研究会」報告書を公表しました(経産省のサイトはこちら)。
少子高齢化が進展する中では、わが国の高齢者人口比率は今後の拡大していく見込みです。それに伴い要支援・要介護高齢者も増加することから、介護費は2060年には18兆円を超えると推計されます。
現在、公的介護保険制度では40歳以上が被保険者(つまり支え手)となるため、40歳以上の人口1人当たり介護費を見ると、2015年には13万2000円ですが、60年には30万4000円と2倍超になる見込みです。
同時に保険料も増加し、65歳以上の第1号被保険者、40歳以上65歳未満の第2号被保険者ともに、負担は2015年時点の2倍を超えると推計されます。
このような介護負担の増加は、国民の家計を厳しくするだけでなく、企業の活動にも負の影響を及ぼします。
また介護保険については「サービスの確保」という大きな課題もあります。
研究会は、介護需要が増加した場合に必要となる介護職員数も推計しており、それによれば、2035年時点では現在よりも108万人多い295万人が必要となり、介護人材供給見込み数227万人と比べて、「68万人不足する」見込みです。
2035年に20-30代となるのは、2015年時点で0-10歳代の人ですから、現在よりも増えることはありません。今から少子化対策を充実させ、出生率が劇的に回復したとしても2035年の介護需要増には間に合わないのです。
このため、介護人材を確保するためには、離職の防止や他業種からの転換が極めて重要となりますが、画期的な対策は見つかっていないのが現状です。
さらに、増加する介護ニーズに対応するためには施設サービスの拡充も一定程度必要となります。しかし東京オリンピックの開催や東日本大震災からの復興などによって建設需要が増加する中では、施設の建設コストも増加しています。いわゆる「箱モノ」の増加にも大きな課題があるのです。さらに、施設をいくら増やしても、そこに従事する介護職員の確保がやはり難しいのが実情です。
このほかにも公的介護保険を巡っては、▽サービスの地域偏在▽高齢者増加の地域偏在(都市部での急激な増加が見込まれる)▽認証患者の増加▽単身(未婚者など)世帯の増加―などさまざまな課題があることが分かります。
こうした状況の中で公的介護サービスを継続していくためには、どのような方策をとるべきなのでしょうか。
この点について研究会では、(1)介護サービスの質と生産性の向上(2)高齢者自身による自助と高齢者を支える機能の構築(3)地域特性に即した介護サービスの実現―という3本の柱に沿った対策が必要と提言しています。
(1)の「介護サービスの質と生産性の向上」は、限られた介護資源(人材や施設)をいかに有効に活用するかというテーマです。
このテーマについて研究会はITや機器などの活用を考慮するよう呼びかけています。具体的には、▽見守りシステム(施設、訪問)▽タブレットPCなどを活用した記録などの電子化▽サービス担当者会議などへのWEB会議活用▽システムによる高齢者の心身状況のカテゴリー化・プロトコル整理▽移乗介護ロボット▽移動支援ロボット▽排泄支援機器▽食事介助ロボット▽清掃支援ロボット―などを例示しています。
ここで特筆できるのが、研究会では単なるIT・機器の導入提言にとどまらず、これらの機器などを導入した場合の効果も試算している点です。例えばケア記録を電子化した場合、1事業所・1日当たり訪問介護では2.25時間、通所介護では1.97時間、特定施設では5.10時間、特別養護老人ホームに至っては8.94時間の労働時間短縮が見込まれると言います。さらに、電子化するためのコストと労働時間短縮を比較すると、1事業所・1日当たり訪問介護では1162円、通所介護では1868円、特定施設では8189円、特養ホームでは1万5439円の費用対効果が生まれる、生産性が訪問介護では1.59%、通所介護では2.36%、特定施設では3.04%、特養ホームでは2.95%向上するとの試算も行っています。もちろん一定の仮定を置いた推計値ですが、研究会では「導入コストを差し引いてもプラスの効果が出る」としています。
さらに介護の質を高めるために、▽データの利活用▽要介護度を改善させた場合のインセンティブ導入―なども検討するよう求めています。
(2)の「高齢者自身による自助と高齢者を支える機能の構築」については、まず高齢者自身が効果的・効率的な生涯設計を行うことが重要とし、例えば▽40歳未満は「資産形成」や「リスク対応」への基礎的な素養を涵養する▽40-64歳では両親などの介護に備えた知識の修得、老後生活のプランづくりと資金の準備▽65歳以上では自らの介護に備えた知識習得と老後生活プランの実現―といったスケジュールを認識するような機会を設けることを提案しています。
また自助の前提となる「資産」を確保するために、リバースモゲージなどの活用にも言及しています。リバースモゲージとは、逆住宅ローンなどと呼ばれるように、住宅(持家)を担保として一括・年金の形で資金を借り入れるものです。
また、「認知症になった場合などには、資産や不動産の管理をどうするのか」など、現在の介護保険では必ずしも十分にサポートされているとは言えない点について、研究会では「ケアマネジャーなどの資格を土台とした新たな資格制度」(トータルコーディネーター)を検討すべきと提言します。▽介護▽医療▽住まい▽金融―といった生活に不可欠なサービスを全体として調整できるような人材がイメージされています。現在、全国で進められている地域包括ケアシステムにおいても重要と言えそうです。
(3)の「地域特性に即した介護サービスの実現」については、「事業の特性」と「地域の特性」の2面で考慮する必要があります。
まず前者は、例えば訪問介護では「要介護者の密度が大きい地域ほど、収益性が高い」「業務時間の3割が移動時間である」といった事業ごとに認められる特徴のことです。
一方、後者は「受給者の絶対数が多く、かつ密度も高い」地域(東京23区など)、「介護職員の確保が困難」な地域(高知県など)、「介護サービスの受給者数が減少していく」地域(北海道の地方部など)のように、日本全国を特性に応じてカテゴライズして考えるという視点です。
研究会では、例えば「介護サービスの受給者数が減少していく」地域では、▽地域全体での介護需要の集約化(中心地への移住)▽既存ストック(空家や学校など)の活用―などを考慮することが重要と指摘します。
なお「地域包括ケアシステム」の構築にあたっては、まさに地域特性や事業特性を最大限に考慮しなければいけません。
研究会では、これらを総合的に考慮し、行政と民間が役割分担・協調し、地域ごとに将来の介護提供ビジョンを構築することを求めています(関連記事はこちらとこちら)。
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