情報公開と健全な競争なしに、医療の質バラつき解消はない-『日米がん格差』でアキが講演
2017.10.24.(火)
台風で大荒れの天気の中、10月21日(土)に都内で特別講演会「日米がん格差」が開催されました。テーマは先に講談社から刊行された『日米がん格差 医療の質とコストの経済学』でした。講演した著者で米国グローバルヘルス財団理事長のアキよしかわは、日米の医療を実証的に比較すると、日本の方が医療の質にバラつきが大きいと指摘。また日本のがん医療の均てん化のためには正確ながん治療のデータを集め、その結果を公開し、その情報に基づく健全な病院間の質における競争を促す事が大切だと訴えました。
スタンフォード大と共同研究
日米における医療の質のバラつきは、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンと米スタンフォード大学の共同研究「日米における術後アウトカムのバラつき」(図表)を紹介。この論文は“Geographic Variation in Surgical Outcomes and Cost Between the United States and Japan”としてAmerican Journal of Managed Careに掲載されました。著者は長年アキと共同研究を行ってきたジェイ・バタチャーヤ教授(関連記事『日本の医療界に衝撃か、スタンフォード大との共同論文、完成へ』)、スタンフォード医学部卒でGHCでも研究員のマイク・ハーレー(関連記事『日米の血を継ぐデータサイエンティストが抱く医療を前進させる3つの信念』)、スタンフォード大学医学部のシェリー・レン外科教授、そしてアキとGHCジャパン社長の渡辺さちこなどです。
この研究は比較的リスクの高い「腹部大動脈瘤手術」「冠動脈バイパス術」「結腸切除」「胃切除」「膵臓切除」の5つの術式におけるアウトカムを比較したものです。
研究によると、日本は米国よりも医療費のバラつきは少ないものの、医療の質を左右する「術後死亡率」「術後合併症」「救命の失敗」のバラつきは、米国よりも大きいことが示されています。
アウトカムを日米間で比較するには、統計学的にそれぞれの前提条件や定義をしっかりとすり合わせることが必要で、厳密に比較することは困難です。しかし、この研究は日米それぞれの国における「相対的なバラつき」を表わす「変動係数」なので比較できます。
また、研究に用いたデータは、日本がDPCデータ(65歳以上の症例)なのに対して、米国は高齢者(65歳以上)および障害者向け公的医療保険制度「メディケア」のデータ。優良な大病院が多い日本のDPCデータに比べ、米国のメディケアのデータは大小さまざまな病院のデータが含まれており、米国の方が質のバラつきを比較するには不利な状況にあると言えます。それでも結果では、日本の方がバラつきが大きいことが示されました。
民間で構築した情報公開システム
この研究結果を踏まえて、アキは米国における医療の質を向上させるための取り組みを紹介。
例えば、米国ではがん医療の質向上を目指すための仕組みとして、「National Cancer Data Base」(NCDB)があります。これは、「National」という名を冠しますが、政府が整備して構築されたものではなく、がん患者と家族が中心である非営利団体「American Cancer Society」(ACS=米国対がん協会)と米国外科学会の「Commission on Cancer」(CoC)が1988年に構築したものです。
NCDBは民間の取り組みではあるものの、がん医療における重要なアウトカムデータの多くをインターネットで公開。米国民はこの情報を見て、どの医療機関を選択するかの重要な判断材料になっています。そのため、各医療機関は必死で、アウトカムデータの質を高めて、競合との差別化を図っているのです。
アキはこうした米国の状況を踏まえて、日本の医療の質のバラつきを小さくするためには、「正確なデータの収集、情報公開、そしてそれに基づく健全な競争が欠かせない」と指摘しました。
日本は現状、医療機関がこうしたアウトカムデータなどを含む「臨床指標」の遵守率を公開する仕組みがありません。日米では医療制度や文化、社会の仕組みが異なるため、日本が米国と同様の取り組みを目指すことはできません。ただ、日本の医療の質のバラつき抑制には、「病院を選択するための重要なデータの公開を国民が訴え、自分たちが受ける医療のすべてを医療従事者任せにする『お任せ医療、お任され医療』からの脱却が必要」(アキ)と訴えかけました。
また、臨床指標の軸となる「標準治療」の「標準」という言葉が適切ではないと指摘(関連記事『データ公開阻む根本課題は、医局制度にあり―ニッポンがん医療、異端児対談(1)』)。標準治療の「Standard」には「一番良い」という意味が含まれている一方で、「並・上・特上」で言うところの「並」、松竹梅であれば「梅」と考える患者もいるからです。そのため、アキは自身の担当腫瘍内科医から「標準治療の意味するところは、現時点の治療方法の『チャンピオン』、日本流に言えば『ヨコヅナ(横綱)』」と説明を受けたことを紹介し、まずは標準治療から検討することが大切だと指摘しました。
能動的に患者とかかわるキャンサーナビゲーション
講演では、このほかにもがん患者をさまざまな側面から支える米国の制度「キャンサーナビゲーション」などについて紹介しました(関連記事『がん患者の不安と徹底して向き合い導く「キャンサーナビゲーション」って何だ?』)。
米国立がん研究所(NCI=National Cancer Institute)によると、キャンサーナビゲーションは「医療の消費者(患者、生存者、家族、医療提供者)に対し、ヘルスケアシステムを通して患者の進路を指し示し、質の高いケアに対する障壁をなくす支援」と定義されています。
「医療の消費者」には医療提供者も含まれ、医療サービス以外の「移動」「経済的支援」「周囲とのコミュニケーション」なども加えた総合的な支援を行う点が、キャンサーナビゲーションを理解する上で重要なポイントです(図)。また、その支援は患者の求めに応じて提供されるものではなく、一人ひとりのがん患者に対して担当ナビゲーターが配置され、こうしたナビゲーターが「困ったことはありませんか?」「正しい治療方法について確認しましょう」などと、能動的に患者の不安解消へ向けてアプローチしてくることも、キャンサーナビゲーションの大きな特徴になります。
『日米がん格差』の英語でのサブタイトルでもある「There and Back Again」についても解説。これは、ファンタジー小説『指輪物語』の前日譚にあたる『ホビットの冒険』の原題でもあり、「長い旅に出て、苦難の冒険の末、生還した」という意味が込められています。アキは「がんは決して楽しい経験ではないが、がんを『stigma』と考えたり、『運命だ…』と闘うことをあきらめたりするのではなく、『人生における一つのチャレンジ』だと正面から受け止めること、そして日本のがん医療の均てん化を訴えることが本書の主題」として、講演を締めくくりました。
講演会の主催はメディカルコンソーシアムネットワークグループ、協賛・会場協力が三井生命保険株式会社。参加費と当日の書籍売り上げは、5月に胃がんのため他界された西村元一氏(元金沢赤十字病院副院長)によるがん患者支援施設「元ちゃんハウス」にメディカルコンソーシアムから寄付されます(元ちゃんハウスの詳細はこちら)。