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上司や医師へ注意しにくいのはなぜ?―日米病院、ここが変だよ(4)

2017.6.22.(木)

 日本と米国の病院における「ここが変だよ」を考える連載の最終回。米国医師である筆者は、日本の病院における手指消毒の不実行に対する違和感を覚えましたが、その根底には上司や医師へ注意しにくいという、日本人特有の文化的な特徴が見え隠れすると指摘します。

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医師の手指消毒が徹底されていない?

 日本の病院を見学すると、米国よりも医療従事者の手指消毒の不実行に目が付きます。

 2016年に発表された論文「Hand Hygiene Adherence Among Health Care Workers at Japanese Hospitals: A Multicenter Observational Study in Japan.」(11年7月から11月に内科、外科、ICU、救急の場で4病院=大学病院1件および研修医がいる総合病院3件を調査)によると、3545人の医療従事者と患者を観察したところ、適切な手指消毒の実施は677人と全体の19%という結果でした(写真1)。サブグループの分析では、医師15%、看護師23%という結果で、医師の方が手指消毒の徹底がされていない可能性を示唆しています。

(写真1)日本の適切な手指消毒の実施率に関する論文

(写真1)日本の適切な手指消毒の実施率に関する論文

 一方、同様の米国の調査を見てみると、年度や病院・病棟により違いもありますが、適切な手指消毒の実施率は30~60%程度となっています。英国では手指消毒の一大キャンペーン「Clean your hands campaign」が2005年から始まり、2008年にはMRSA発生率が半減、クロストリジウム・ディフィシルが40%に減少するなど効果を上げたことなどから、患者サイドから医療従事者に対する手指消毒の徹底への関心も大きいです。米国でも、患者が医療従事者に「手を洗ってください」と指摘することは珍しくない状況にあります。

 もちろん、日本と欧米の事例を単純比較することはできませんが、上記論文の指摘内容については、日本の病院における適切な手指消毒の実施率が低いとの印象を受けます。医療従事者出身者が多いGHC社内へ筆者がヒアリングすると、やはり適切な手指消毒の実施率が低いとの問題意識を持っているコンサルタントやアナリストは多いことが分かりました。

 ただ、日本の多くの病院では欧米と同様に感染対策部門があります。例えば、米国では担当者より指名された看護師が一週間、非公開で入退室時の両方における手指消毒を院内調査し、その数値結果を感染対策部門が管理しています。また、日本では医療従事者が携帯している消毒剤について全回収、消費量を計量して病棟単位で結果を管理するということもあります。手指消毒と医療の質の関係について報告する論文は多く、消毒剤の消費量が多いほど、感染症の発症率が少ないことが分かっているためです。

 筆者がGHC社内へのヒアリングの中で、「看護師の多くは消毒剤を携帯しているが、医師は看護師ほど携帯していない印象がある」との指摘に着目しました。実際、前述の論文では医師の方が適切な手指消毒の実施率が低い可能性が示されています。これについてGHC社内からは、「若手医師や看護師などの医療従事者が上司や医師に注意しにくい、患者も医師に注意しにくいという心理的障壁があるのではないか」との指摘がありました。

「confrontation」の必要性

 筆者はこの心理的障壁に違和感がある一方、実際に日本と米国の病院の現場を比較すると、うなずけるところもあるとの印象を受けます。

 米国では、医療従事者同士、医師や患者の間で意見を戦わせることは珍しいことではありません。医療従事者同士の「confrontation」(厳しさ、対立、衝突、向き合う)においては、職種間のものもあれば、先輩と後輩、上司と部下の間でも当然のようにあります。患者は医師と対面すると、「この医師は納得のいく医療やサービスを提供してくれるだろうか」と挑戦的な態度を取ることも少なくありません。

 一方、日本では米国ほど医療従事者同士の「confrontation」は少なく、患者も医師に対する信頼の姿勢を絶やさない傾向にあるのではないかと、筆者は感じています。こうした印象に筆者は日本の病院がうらやましいと思う反面、やはり「confrontation」は必要だとも考えています。

(写真2)米国の医師から見ると日本の医師と患者の関係は素晴らしい※写真はイメージです

(写真2)米国の医師から見ると日本の医師と患者の関係は素晴らしい※写真はイメージです

 例えば、米国に「院長回診」という言葉はありません。そもそも、米国に「院長」という存在はなく、病院のトップは「最高経営責任者(CEO)」で、各部門を「最高執行責任者(COO)」、「最高マーケティング責任者(CMO)」などのMBAホルダーが束ねていることが多いです。病院は一般的な会社と同じ組織体制になっており、経営が悪化すればトップは解任され、各部門や個人が競い合う土壌になっています。こうした競争環境の中では、「confrontation」は不可欠で、「confrontation」があるからこそ、改善や進化していくことも多いのです。

 連載を通じて、日米の文化や制度などさまざまな違いを背景に、同じ病院でも日米では大きな違いがあることを確認してきました。これらの違いに対して、今後も対策を検討する必要があると考えられます。その解決策には、根本解決に繋がるものや、根本解決はできないものの、その答えの一例は提供できるもの、解決が難しいものなどさまざまあると思われます。ただ、日米の差異を検討する中で、解決策の例が米国の例にありそうだったり、日本からも米国の現状の違和感や不便さを解決する方法を提案できそうな例もありました。日米相互にメリットを享受しながら、総合的な医療の質の向上を目指すことができればと、日米の医療を知る筆者は常に考えています。

連載◆日米病院、ここが変だよ
(1)若者の人生変える恐怖の請求額
(2)良くも悪くもあくまで「ビジネス」
(3)本当に必要?糖尿病の「教育入院」
(4)上司や医師へ注意しにくいのはなぜ?

この記事に関連したPR日米がん格差 「医療の質」と「コスト」の経済学』(アキよしかわ著、講談社、2017年6月28日発行)

watanabe がんサバイバーの国際医療経済学者、病院経営コンサルタント、データサイエンティストの著者による、医療ビッグデータと実体験から浮かび上がるニッポン医療「衝撃の真実」(関連記事『ステージ3Bの医療経済学者、がんで逝った友への鎮魂歌』)。
がん患者としての赤裸々な体験、米国のがん患者(マイケル・カルフーン氏、スティーブ・ジョブス氏)との交友を通じて、医療経済学者、そして患者の視点から見た日米のがん医療の違い、課題に切り込み、「キャンサーナビゲーション」という制度の必要性を訴える。こちらをクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします
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