岩手県中央病院、累損57億円からの大改革―「医療・経営の質」高めたデータ分析
2015.7.8.(水)
県立病院最多の岩手県で、20ある県立病院の中核を担う岩手県立中央病院(岩手県中=岩手県盛岡市)。盛岡医療圏の約半数の救急患者を受け入れ、年間5500件の手術を施行し、高品質な医療と経営を維持し続ける同院ですが、かつては累積損益57億円の経営危機に見舞われていました。それが一転、医療の質も経営の質も国内屈指の優良病院へ大改革した背景には、病院職員が同じ方向を向き経営努力をすると同時にベンチマーク分析を軸とする徹底したデータ分析の取り組みがありました。
負のスパイラルに陥っている――。現院長の望月泉氏は消化器外科長だった当日、身を粉にして働くも赤字が膨れ上がる経営状況に危機感を抱いていました。1987年の新築移転から95年頃まで毎年莫大な原価償却費のため大きな赤字が続き、98年にはついに57億円の累積損益という極めて厳しい経営状況に陥りました。岩手県中の累積損益は、県内の全県立病院の合計累損額の7割に相当し、望月氏は「“センター病院であるが大赤字病院”と称されていた」と振り返ります。
続けて望月氏は、「今思えば、当時はビジョンがなかった」と指摘します。「良い医療を提供すれば経営も良くなる」と日々、現場の医師や看護師たちは目の前の課題をどう乗り切るかに必死でした。そのため、「自分たちが提供している医療が本当に良いものなのか」「より良い医療を提供するには具体的にどうすればいいのか」などの視点を持つ余裕がありませんでした。
転機が訪れたのは、主要経営指標を複数の500床以上の自治体病院と比較した「経営診断結果」が提出された2000年7月の幹部会議。医業収支率や外来医業収益など14の主要経営指標の多くが平均以下という結果でした。「良い医療を提供すれば経営も良くなる」と信じて疑わなかった病院幹部はこれに愕然とし、直ちに医師や看護師、事務職員など多職種が参加して全診療科・全部門にヒアリングする「21世紀プロジェクトチーム」を立ち上げました。
主要経営指標の多くが低水準だったため、これまで院内にばかり向いていた目線の先は自然と院外に向いました。他院とのデータ比較に着目するとともに、先進的な急性期病院を何か所か視察。本格的な経営改革に乗り出した当初、当面の狙いを紹介率の向上と平均在院日数の短縮に定めました。
まずは院内を挙げて診療科の壁を取り払い、医師は病棟を、看護師は患者を選ばない柔軟かつスムーズな病床管理を徹底。救急患者を断らない一方、後方連携を強化・拡大していきました。さらに広報誌「連携室だより」の発行などで前方連携にも力を入れるなどした結果、90年代後半には20%未満だった紹介率、23―24日だった平均在院日数は年を追うごとに改善。今では紹介率64%(2014年度実績)、平均在院日数12.2日(同)と大幅に改善しました。
2004年には「経営の質」と「医療の質」の両者を高めることを目的とした経営5カ年計画「Double Winner」を策定します。がん医療、救急医療、感染症対策、周辺病院への医師の派遣と医師養成などで医療の質と基幹病院としての公共性を再構築するとともに、さまざまな切り口で経営の効率化を推進。計画終了年の2008年には、ついに累積損益0を達成しました。
5カ年計画を進める中でもう一つの大きなポイントは、2006年にDPC対象病院になったことです。これを機に、GHCもお手伝いをさせていただきながら、全国のDPC対象病院と疾病別にベンチマーク分析し、医療の質を確認しながら順次、クリニカルパスの見直しを行いました。
望月氏は副院長に就任後、すぐDPC対象病院に名乗りを上げた狙いについて「ベンチマーク分析で自分たちの診療行為が他院とどのように異なるのかが分かれば、医局の先生方のモチベーション向上につながると思ったため」と説明します。加えて、「消化器外科医である自分自身、知り合いの消化器外科医と情報交換をしていく中で、常日頃から他院との比較が必要だと思うようになっていたことがある」と付け加えました。
例えば、大腸がんの悪性腫瘍の手術。開腹、腹腔鏡での術前・術後の平均在院日数、画像や注射など医療資源投入量、そのほか諸々の重要指標でベンチマーク分析すれば、自院の強みや弱みを明確にし、改善すべき道筋が示されます。比較可能な全疾患を含め、明確なデータに基づくものなので、医師の理解も得やすく、データ分析の風土が定着すれば、それは医療の質向上に直結し、さらに現場のモチベーション向上を促します。
当日、望月氏が感じていた負のスパイラルは一転、データ分析を起点に正のスパイラルへと変化していきました。
2016年度診療報酬改定を前に、望月氏が注目しているデータは「II群病院」を維持するための最重要指標と考えている「診療密度(1日当たり出来高平均点数)」と高度な医療技術の実施を判断する「外保連手術指数」です。現在、DPCのII群病院は「大学病院本院であるI群病院に準ずる病院」として、診療密度や外保連手術指数などの実績要件がI群病院の最低値以上でなければなりません(関連記事はこちら)。
そのため、岩手県中では「コンサル視点が瞬時に分かる」をコンセプトに開発されたGHCの「病院ダッシュボード」を導入。診療情報管理士が毎月、診療密度や外保連手術指数などの主要指標を分析し、II群を維持するために何をすべきか、院内に逐次発信しています。
例えば、診療情報管理士が心臓カテーテル検査のクリニカルパスを2泊3日から1泊2日への短縮を提案することで、診療密度が51ポイントアップするというシミュレーションをレポート。これを見た望月氏ら経営幹部が循環器科医師に協力を求め、平均在院日数を短縮し、心臓カテーテル検査の外来化も進めました。
外保連手術指数についても、手術件数が多い一方、外保連手術指数が低い内視鏡的ポリープ切除術が大半を占める消化器内科に着目したレポートを診療情報管理士が提出。この手術の外来化を進めることで、入院実施率を約2年間で45ポイント低下(2014年3月の入院実施率は25%)させました。これにより、入院症例には指数の高い手術が集約させることが可能になっています。
手術室の利用状況についても、病院ダッシュボードによるベンチマーク分析で金曜日の利用率が低いことが分かりました。曜日ごとのバラつきを改善する取り組みを進め、より効率的に手術室を運用することで、外保連手術指数の向上に努めています。
ベンチマーク分析への関心は、院内の医療と経営の質向上を実現するための手段という考え方を超え、国内のがん医療の質向上の活動にも結びついています。
国内のがん専門病院の有志たちが集まって誕生した「CQI(Cancer Quality Initiative)研究会」。CQI研究会は、参加施設の診療プロセスについてDPCデータなどを用いて分析し、お互いの施設名を開示した形で病院間比較を行っています。
例えば、胃を切除した患者の食事開始日。CQI研究会参加施設の多くが手術後4日目に集中していた中で、6日目だったある施設は抗生物質の種類や投薬量を変更するなどして治療計画を見直した結果、他の施設と同じ4日目になりました。術前の処置や薬剤投与量を調整したことで、コスト削減につながったケースもあります。
6病院から始まったCQI研究会には、15年7月25日開催の第11回で100を超える医療機関が参加する見通しです。
CQI研究会の参加病院は、がん専門病院が大半です。そうした中で岩手県中は、設立当初から参加している唯一の総合病院で、世話人病院としても活躍しています。第11回の研究会で代表世話人を務める望月氏は、「日本のがん医療をリードする立場にあるがん拠点病院の多くが当研究会に参加し、がん医療の改善のポイントを共有し合うことは、がん拠点病院を任されるものとして、大変意義あること」と参加を呼びかけています。
第11回の研究会では、がん医療の質において世界的に定評のある米クイーンズメディカルセンターのキーマンを招聘するとともに、病院ダッシュボードの技術をベースに新開発した「キャンサーダッシュボード」を参加病院に無償配布するなど、ベンチマーク分析とデータ共有の重要性についても問いかけていきます。
そのほかにも日本病院会の「QIプロジェクト(QI推進事業)」に2010年当初から参加するほか、最近では「DPCII群病院の維持」(書籍情報はこちら)をテーマに雑誌寄稿するなど、精力的に執筆活動もする望月氏。データ分析を軸に累損57億円からの大改革を成し遂げた軌跡を振り返り、「診療情報は医療の質の基本であり、診療情報管理は経営の根幹。今後も医療の標準化、効率と質向上を求めていきたい」と決意を新たにします。
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