Generic selectors
Exact matches only
Search in title
Search in content
Search in posts
Search in pages
診療報酬改定セミナー2024 新制度シミュレーションリリース

「日本は低医療費国家」は事実か―高齢化先進国ニッポンを考える(2)

2016.3.14.(月)

 高齢化の進展に伴って社会保障費が日本の財政を圧迫しています。2015年度には、歳出総額96兆3420億円のうち社会保障費は31兆5297億円(一般会計、当初予算ベース)と3割を超えました。中でも医療費は、何もしなければ毎年1兆円程度ずつ増えていきます。高齢化が本格化するのはむしろこれからであり、今後、日本の財政状況が一層厳しくなると考えられます。高齢化が進む中で、日本の医療をどのように改革していくべきなのか、経済財政諮問会議の専門調査会「政策コメンテーター委員会」の井伊雅子氏(一橋大学国際・公共政策大学院教授)にご見解を伺いました。


日本の総保健医療支出は正確か

 例えば地震など災害のリスクを事前に予測し、回避するのには限界があるだろう。しかし国の財政破綻リスクは、事前に適切に対応できれば回避の可能性を高めることができる。それだけに、医療費などの社会保障費をどう有効活用するのかをあらかじめ決めることが非常に重要な課題だ。それには、医療の費用対効果を見極めて財源を適切に配分する必要があるとわたしは考えている。

 費用対効果の観点では、日本は諸外国に比べて少ないコストで良質な医療が提供されていると言われる。果たしてこれは本当だろうか。OECD(経済協力開発機構)が7月に発表したレポート「Health Statistics 2015」によると、「Health expenditure(総保健医療支出)」がGDP(国内総生産)に占める割合は、日本では13年に10.2%となり、OECDの平均8.9%を上回った(図表1)。これはOECD加盟34か国中8番目の高さで、前年の10位から2つランクを上げた。

図表1:総保健医療支出の対GDP比(Health Statistics 2015)

図表1:総保健医療支出の対GDP比(Health Statistics 2015)

 しかし、日本がOECDに報告している総保健医療支出は過小評価されている可能性が非常に高い。

 OECDが報告しているHealth expenditureは、SHA(A System of Health Accounts)と呼ばれる基準に沿った保健や医療関連の支出の総額だ。日本の「国民医療費」よりも広範囲の概念で、介護、予防接種・学校保健・母子保健をはじめとした公衆衛生なども含んでいる。

 これに対して日本のデータに含まれるのは、公的な医療保険のカバー範囲を主に対象としている。例えば歯科医療機関を受診した際に公的医療保険の外の患者が負担した医療費や、地方自治体が実施するがん検診やその他各種検診、健康増進事業などの予防・公衆衛生サービス、地域医療再生基金などのような大規模な補助金は反映されていない。これらを含めるだけで日本の総支出は兆単位で変わる可能性がある。

LTC費用の推計法は国ごとにばらつき

 OECDのデータでは、介護など「ロングタームケア」(LTC)の費用の取り扱いも統一されていない。これは、SHAによる定義に解釈の余地が大きいためだ。このためOECDは2006年、定義を統一するためのガイドラインを発表し、この中で「LTCの費用の推計は国によって異なるため、総保健医療支出は最大で10%前後の誤差を起こす可能性がある」と注意を呼び掛けている。

 日本総合研究所の西沢和彦・上席主任研究員がこの点を詳しく検証している。それによると、日本の13年の総医療支出のうち、LTCの費用の対GDP比は0.9%。日本は世界一の高齢化を迎えているはずなのに、これはオランダ(2.9%)やスウェーデン(2.8%)、ノルウェー(2.6%)などを大幅に下回る数字だ。

 実は、これらの国では06年版のガイドラインに沿ってLTCの費用を広く集計しているのに対し、日本のデータに含まれているのは介護療養病床と介護老人保健施設のショートステイ、訪問看護での支出などだ。例えば訪問介護や特別養護老人ホームなどが提供するサービスの支出は含まれていない。

詳細は、「フィナンシャル・レビュー平成27年(2015年)第3号(通巻第123号), 「総保健医療支出」推計の問題点(西沢和彦日本総合研究所調査部上席主任研究員)
「JRIレビュー Vol.11, No.30 西沢和彦, 「総保健医療支出」におけるLong-term care推計の現状と課題 ─医療費推計精度の一段の改善を─」(PDFはこちら)を参照

 ただ、日本でもガイドラインに沿ったデータを16年から提出するとしており、これによってランクがどう変わるか、注目を集めそうだ(談)

連載◆高齢化先進国ニッポンを考える
(1)医療効率化後進国が日本の実態
(2)「日本は低医療費国家」は事実か
(3)医療費抑制は本当に「痛み」なのか
(4)「医師誘発需要」か「患者の希望」か
(5)日本の第三次医療改革はプライマリ・ケア制度の整備

井伊雅子(いい・まさこ)氏

一橋大学 国際・公共政策大学院 教授。国際基督教大学(ICU)卒業後、ウィスコンシン大学マディソン校で経済学博士号を取得。世界銀行(ワシントンDC)で勤務した後、1995年に横浜国立大学経済学部、2004年から一橋大学、現職に至る。経済財政諮問会議専門調査会「政策コメンテーター委員会」などでも活躍する。著書に 「アジアの医療保障制度」(東大出版・2009年)、 共著に「身近な疑問が解ける経済学」(日経文庫・2014)など。

診療報酬改定セミナー2024