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外来診療 経営改善のポイント 看護必要度シミュレーションリリース

医療効率化後進国が日本の実態―高齢化先進国ニッポンを考える(1)

2016.3.11.(金)

 「日本の医療の実態は自由放任主義」「質とコストの評価が欠如している」―。経済財政諮問会議の専門調査会「政策コメンテーター委員会」の井伊雅子氏(一橋大学国際・公共政策大学院教授)は、日本の医療の現状をこのように批判します(関連記事『医療費適正化は「質担保する仕組み」の導入が前提、諮問会議に有識者が提言』)。その上で井伊氏が提唱するのが、医療の質とコストを評価し管理するシステムづくりです。日本の医療に必要なシステムとはどのようなものなのでしょうか。井伊氏にご見解を伺いました(計5回の連載)。

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財政健全化の特効薬は費用対効果の評価に基づく医療の標準化

 世界に例を見ない少子高齢時代を前に、日本の医療は大きな曲がり角に差し掛かっている。高齢化によって医療のニーズは大きく様変わりし、少子化によって国力が衰える中、医療費が国の財政を圧迫する。日本の医療はこうした時代に対応していかなければならない。

 医療や介護など社会保障関連の費用は国の予算の既に3分の1程度を占めており、医療費の増加をどう抑制していくかは、医療の存続を左右する大きな課題と言えるだろう。とはいえ、医療費の一律な削減は、国民に痛みをもたらす結果を招きかねない。そこで、医療の財源が限られる中でわれわれに求められるのは、費用対効果の評価に基づき医療の標準化を進め、財源を有効活用することだ。

 こうした概念は先進国だけでなく中進国の医療にも広く取り入れられている。しかし、高齢化が最も進んでいるはずの日本は大きく立ち遅れている。高齢化先進国の日本が、皮肉なことに医療の効率化の観点では後進国に甘んじているのだ。

大手誌も高額薬剤を喧伝の現実

 中でもプライマリ・ケアの状況は深刻だ。医療提供側では、地域の医療機関同士の競争が加熱して、患者を1人でも多く囲い込もうと、新たな需要を生み出す構図に陥っている。需要側に関しては、1つにはメディアの責任が大きい。大手メディアが発行している雑誌を見て驚かされたことがある。糖尿病や高血圧症などを毎月取り上げており、例えば糖尿病の特集号では、最近の新薬として「「DPP-4阻害薬」や「SGLT2阻害薬」などの一覧を掲載している。これらの中には非常に高額な薬剤も含まれる。

 糖尿病の治療では、軽症なら食生活や運動をはじめとした生活習慣の改善をまず指導した上で、必要に応じて投薬治療を組み合わせるのがグローバルスタンダードだが、日本では、治療の初期の段階から高額な薬剤の投与を選択する傾向が強い。そこには医療の費用対効果を評価する視点は全くない。

 大手メディアが新薬の有効性を殊更に強調すれば、後発医薬品の使用推進を国がいくら謳ってもかすんでしまう。患者による医療情報へのアクセスはもともと限られているだけに、「より高額な薬剤をたくさん使うほど万全だ」という誤った認識を広げかねない。

診療側にメリットある健康管理の仕組みを

 患者による賢い選択を促そうという米国の「Choosing Wisely」キャンペーンの影響もあってか、日本でも患者側の意識改革の必要性が叫ばれている。しかし、日本の医療は提供側主導の色彩が極めて強く、情報に乏しい患者側が賢くなるだけでは効率化を進めるにも限界がある。まずは提供側に変革をもたらすような制度づくりが不可欠だろう。

 実際にそうした動きも出始めている。多様な医療サービスに応える総合診療専門医の養成がその1つだ。専門医制度が新たな枠組みに切り替わるのに伴って17年から養成が始まる。現在は、外来での標準的な診療内容を示す診療ガイドラインは普及していないが、総合診療専門医の養成に合わせて統一的なガイドラインを普及させ、プライマリ・ケアを標準化できれば、変革への足掛かりになるはずだ。

 プライマリ・ケアをカバーする開業医への報酬の支払い方法にも工夫の余地があるだろう。例えば開業医が地域住民の健康管理や疾病予防を担当し、こうしたリスク管理への定額報酬を住民が毎年支払うような仕組みをつくれないだろうか。

 仮に開業医が地域住民の健康管理を受け持つことで、一人当たり年に定額が支払われるなら、開業医にはある程度の収入が毎年保証される。英国やデンマークなどでのいわゆる「人頭払い」に近い仕組みだ。こうした仕組みには日本の医療関係者らのアレルギー反応が強いが、ブレア政権が進めた英国の医療改革では、過小診療に陥るのを防ぐため、人頭払いに「出来高払い」や「P4P(pay for performance)」(成果払い制度:英国ではQOF(quality and outcomes framework)と呼ばれる)を組み合わせる仕組みを普及させた。これなら出来高報酬を確保するため、不必要な検査や薬の処方を軽減できるはずだ。

 本連載では5回に分けて、日本における医療の質とコストを評価し管理するための論点について考えていきたい(談)

連載◆高齢化先進国ニッポンを考える
(1)医療効率化後進国が日本の実態
(2)「日本は低医療費国家」は事実か
(3)医療費抑制は本当に「痛み」なのか
(4)「医師誘発需要」か「患者の希望」か
(5)日本の第三次医療改革はプライマリ・ケア制度の整備

井伊雅子(いい・まさこ)氏

一橋大学 国際・公共政策大学院 教授。国際基督教大学(ICU)卒業後、ウィスコンシン大学マディソン校で経済学博士号を取得。世界銀行(ワシントンDC)で勤務した後、1995年に横浜国立大学経済学部、2004年から一橋大学、現職に至る。経済財政諮問会議専門調査会「政策コメンテーター委員会」などでも活躍する。著書に 「アジアの医療保障制度」(東大出版・2009年)、 共著に「身近な疑問が解ける経済学」(日経文庫・2014)など。

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