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GemMed塾 新制度シミュレーションリリース

看護必要度、「データ監査」に衝撃 相澤病院、教育と仕組み化で精度を大幅改善

2016.4.14.(木)

 衝撃的だった――。当時、相澤病院における「重症度、医療・看護必要度」のデータ精度向上に取り組んだ武井純子氏(写真)は、データ精度の現状を初めて知った瞬間を、こう振り返ります。GHCによる看護必要度データとDPCデータの突合分析で明らかになった現状把握を出発点に、看護師の意識変革を狙った教育と、データ精度向上を目指した「ゲートキーパー」と呼ばれる仕組みを導入したことで、同院の看護必要度データの精度は、大幅に改善していきました。武井氏にデータ精度向上に向けた取り組みの経緯と具体策などをお聞きしました。

武井純子(たけい・じゅんこ)氏

武井純子(たけい・じゅんこ)氏
相澤東病院看護部長。相澤病院の看護部長を経て、慈泉会本部統括副部長(看護部門担当)、相澤東病院開設準備室室長などを経て現職。中央社会保険医療協議会の下部組織である診療報酬調査専門組織「入院医療等の調査・評価分科会」の委員も務める。

「看護必要度が厳しくなるらしい」

――看護必要度データの精度向上に着目されたきっかけを教えてください。

 2014年度診療報酬改定の少し前、13年2月頃から、看護系学会の分科会などで会う知り合いの看護部長たちが「看護必要度評価がかなり厳しくなるらしい」と噂するようになってきました。例えば、「根拠のある看護記録が問われるようになるのでは」「重症度の基準が上がるらしい」などというような具合です。

 そうした看護必要度に関連する情報交換は、日増しに目立つようになってきました。学会の発表でも、看護必要度の監査に関する演題が出てくるなど、「当院ではどうだろう。確認が必要かもしれない」と思ったのが、最初のきっかけです。

 もちろん、月次の運営会議などで、各診療科や病棟ごとに重症患者割合が何%で、施設基準をクリアしているか否か、というような報告はありました。ただ、その報告のデータが本当に正しいのかどうかまでは、誰も分からないという状況だったわけです。

データ突合の監査に衝撃

――まずはどのようなことから始めたのでしょうか。

 院内監査から始めました。その結果、看護必要度評価の30%が間違っており、看護記録が必要なケースの45%は記録がないという危機的な状況にあることが分かりました。「これは何とかしなければならない」と思う一方、A項目についてはほぼ評価できていたので、改善すべきはB項目だと考えていました。

 ただ、具体的な改善活動に入る前に、念のため経営コンサルティングで長年お付き合いがあったGHCにもデータを出して分析してもらうステップを踏みました。すると、驚いたことに実は「B項目よりもA項目の方が問題だ」ということが発覚しました。

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 2013年4月にGHCが出してきたデータ分析(2012年の看護必要度データとDPCデータを突合)によると、平均重症度16.3%で基準値15%をわずかにクリアしているレベル(上記図表参照)。さらに、重症度基準を満せていない要因分析を進めると、「A項目不足」が全体の38.8%で最も多く、次いで「A、B項目不足」が38.4%、「B項目不足」はわずか6.2%であることが分かりました(下記図表参照)。挙句の果てにやっているのに記録を付けていなかったり、やっていないのに記録を付けていたりなど、過小記録と過剰記録もかなり混在していることも分かりました。

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 ものすごい衝撃でしたね。やはり、自分たちがやる監査と、データを突き合わせる監査とでは全く違うということを思い知らされました。しかも、平均重症度も思っていたよりも高くないことが分かり、この衝撃の事実を把握したことが、当院の看護必要度分析のスタートとなりました。

教育と仕組みの2軸でアプローチ

――現状を把握されたことで、どのような改善プランをお考えになりましたか。

 まず、何が問題でそういう事態になっているのかについて考えました。看護師にとって看護必要度は、「今でさえ忙しいのに、プラスアルファの仕事」との意識もあるのではないでしょうか。しかも、「7対1を取るため」という経営上の問題を掲げて看護必要度の必要性を説いても、現場で働く看護師における優先順位が下がってしまうのはうなずけます。

 つまり、逆に考えれば、現場の看護師の意識にある看護必要度の優先順位を上げるには、「現場の看護に生かせるか否か」にかかってきます。したがって、(1)患者ニーズを踏まえた看護提供(2)安全な看護(3)根拠に基づいた看護――など「質の高い看護提供」を実現するためのツールとして認識されれば、記録の精度も向上していくだろうと考えました。

 問題の根底にある看護必要度に対する看護師の意識のほかにも、看護師ごとの判断の違いや運用・手順の「マイルール化」なども大きな問題です。やはり、看護必要度の評価は、経験の浅い看護師からベテランまで、看護師の能力や練度にばらつきがあります。また、人がやることなので、どうしても抜け漏れは出てきてしまいます。

 そのため、看護必要度の評価を、看護師による電子カルテへの直接入力から、紙運用に変更しました。具体的には、第一段階で現場の看護師が看護必要度を紙に記入し、第二段階でそれを病棟責任者がチェック。さらにそれを第三段階で医療クラークが電子データに入力する仕組みを導入しました。当院ではこの仕組みを「ゲートキーパー」と呼んでいるのですが、要するにデータを電子化する前に「フィルター」を通す運用に変えたのです。

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 一手間かかってはしまいますが、これで日常的に監査することができ、誤評価があれば、その場で現場にフィードバックすることが可能です。改善活動の過程で、何がボトルネックになっているのかという状況も明らかになってきました。

選択と集中、短期間で大幅改善

――「看護師の意識改革を促す教育」と「運用・手順の見直し」という2軸でアプローチされたわけですね。改善活動の成果はいかがでしたか。

 すべての項目を改善させようと考えても限界があると考え、まずは「点数の高い専門的処置だけは落とさないようにしよう」などと、選択と集中をしつつ改善活動を進めていきました。まさに改善活動の最中だった当時、14年1月から同年3月の3か月における看護必要度データとDPCデータの一致率は、専門処置であれば8.9ポイント上昇して65.3%へ、呼吸ケアであれば11.6ポイント上昇の85.3%へと短期間で大きく改善していきました。

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 当院の看護必要度に関する取り組みは、14年夏に開催された「日本看護管理学会学術集会」で発表させていただいたり、雑誌への寄稿(医学書院が発行する『看護管理』2015年9月10日発行号の特集企画「『重症度、医療・看護必要度』とマネジメントの課題」で「【相澤病院の取り組み】重要度、医療・看護必要度データを用いた病院の経営戦略」を寄稿)させていただいたりするなど、各方面で情報発信させていただきました。

現状把握が第一歩、データ提示で危機感を共有

――最後に、看護必要度データ最適化のプロジェクトを振り返って、感想やこれから取り組む医療機関へのアドバイスなどがあれば教えて下さい。

 看護必要度の精度の高さを追い求めても、100%はなかなか難しいのが現状でしょう。当院では、GHCの分析から始まり、ある程度の当院の傾向を把握した上で、許容範囲の負荷で精度を高める仕組みを構築しました。振り返って思うのは、やはりまずは現状把握が第一歩で、自病院の看護必要度にはどういう傾向があり、どうすれば費用対効果が高く精度を高められるのかを、戦略的に考える必要があります。当院でも、戦略策定と実行、検証を何度も繰り返し、ゆっくりとではありますが、精度を向上してきた経緯があります。

常に先進的な取り組みに挑戦する相澤病院

常に先進的な取り組みに挑戦する相澤病院

 実際の改善活動を行っていく上で特に重要なことは、「看護師に過度な負荷なくやれるのか」という視点です。この視点がなければ現場は変わりませんし、これだけ病院経営に直結するデータの精度が低いままで、重要な経営判断もできません。ましてや、16年10月から生データ提出が始まるので、GHCに分析してもらったような分析を国もできるようになるのです(関連記事『看護必要度の生データ、DPCのEF統合ファイルで提出を義務付け―DPC評価分科会』)。

 このことは、国が病院単体のデータを監査できるようになることに加えて、「この病院はなぜ他の病院と比べてこれほどまでに長くモニターをつけているのだろう」などと、病院間の比較もできるようになることを意味しています。今後、一気にデータ精度の質が問われるようになるでしょう。看護必要度データの最適化に取り組んでいない医療機関は、「看護必要度分析」のようなソフトを活用するのは良いかもしれません。何より、自施設が国に提出しているデータの精度がどのようなものなのかを知っておくことも必要なことではないかと思います。

 ただ思うのは、いくら一致率を向上させても、それを維持していくことは非常に難しいということです。ですから、定期的に視覚に訴えかける看護必要度データを院内に示して、現状を把握し、危機感を共有することが欠かせません。なぜなら、現場の看護師の多くは「私達はできている」と思っているためです。視覚に訴えかけるデータがあれば、改善のポイントと道筋が見えてきますし、何より現場の刺激にもなります。

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解説を担当したコンサルタント 井口 隼人(いぐち・はやと)

iguchi 株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンのコンサルティング部門マネジャー。
筑波大学生物学部卒業。日系製薬会社を経て、入社。病床戦略支援、人財育成トレーニング、DPC分析、がん分析、臨床指標分析などを得意とする。東京医科大学病院(事例紹介はこちら)、済生会宇都宮病院(事例紹介はこちら)、さいたま赤十字病院(事例紹介はこちら)、広島市立安佐市民病院(事例紹介はこちら)、相澤病院(事例紹介はこちら)、旭川赤十字病院(事例紹介はこちら)など多数の医療機関のコンサルティングを行う。「週刊ダイヤモンド」(関連記事はこちら)など雑誌、テレビ、新聞などへのコメントも多数。
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