外国人患者を積極的に診療する医療機関、どうメリット・インセンティブを付与すべきか―外国人旅行者への医療提供検討会
2019.8.20.(火)
傷病を負った訪日外国人旅行者が今以上に集中することなどを懸念し、「外国人患者を受け入れる医療機関の情報を取りまとめたリスト」への自院掲載を躊躇する医療機関も少なくない。訪日外国人旅行者の積極的な受け入れに向けた「インセンティブ」を設ける必要がある―。
8月19日に開催された「訪日外国人旅行者等に対する医療の提供に関する検討会」(以下、検討会)で、こういった意見が相次ぎました。
現在、外国人患者を積極的に受け入れても医療機関に十分なメリットがない
今年(2019年)9月に我が国でラグビーワールドカップが、来年(2020年)には東京オリンピック・パラリンピックが開催されるなど、我が国を訪れる外国人旅行者が増加します(政府は2020年には4000万人、2030年には6000万人の訪日外国人旅行者数を目標値に据えている)。
外国人旅行者が増えれば、必然的に、傷病に合い医療機関を受診する外国人旅行患者(以下、外国人患者)も増加します。しかし、外国人患者側には「どの医療機関に行けば良いのかわからない」、医療機関側には「言語対応はどうすればよいのか、費用請求はどのように行えばよいのか」などのさまざまな疑問が生じます。
こうした疑問を解消し、外国人患者が安心して医療機関にかかれるよう、また医療機関側が安心して外国人患者を受け入れられるような体制整備に向けて、厚労省は検討会を設置。今年(2019年)3月に、▼外国人患者を受け入れる医療機関リストを作成する▼医療機関に向けて外国人受け入れに関するマニュアルを整備する(患者が保険に加入しているかなどを事前に確認するとともに、事前に概算費用を提示するなどの重要性を指摘、関連記事はこちら)▼費用負担について、「通訳等に係る費用は実費請求できる」「診療費は自由診療として医療機関が価格を設定できる」ことなどを明らかにする―などの内容を盛り込んだ「議論の整理」を行いました(関連記事はこちら)。
このうち「外国人患者を受け入れる医療機関リスト」については、7月に言わば第1弾が公表されました(関連記事はこちら)。各都道府県で、▼行政の医療・観光・多文化共生等の部局▼医療機関▼医師会▼病院団体▼病院グループ▼医療通訳関係団体▼消防・救急―などで構成される「協議体」を設け、そこで「外国人旅行者を受け入れる医療機関の選定」などを行ったものです。第1弾では外国人患者の多い27都道府県のみが回答を寄せており(リストには、未回答地域においてすでに外国人患者受け入れ医療機関とされたものも含まれている)、今後、残り20自治体においても医療機関選定を進めてもらい、リストへの追加を行うことになります(10月以降にリスト第2弾公表予定)。
この点について、8月19日の検討会では構成員から次のような意見が出されました。リスト作成により「新たな課題」が見つかった形です。
(A)すでに外国人患者を多く受け入れている医療機関であっても、これ以上の「外国人患者の集中」を懸念して、リストへの名称掲載を躊躇しているところもある(田中敦子構成員:東京都福祉保健局医療改革推進担当部長ら)
(B)外国人患者を受け入れるメリットが医療機関側には少なく、リスト掲載を躊躇しているところもある(松本吉郎構成員:日本医師会常任理事、南谷かおり構成員:りんくう総合医療センター国際診療科部長ら)
(C)「夜間のスタッフが手薄になる時間には外国人患者に対応できない」ことなどからリストに手上げしていないところもある(小森直之構成員:日本医療法人協会副会長ら)
(A)と(B)は、「外国人患者受け入れのメリットがどこにあるのか」という類似事項と言えます。メリットが多ければ、外国人患者の集中は「歓迎すべき」ことであり、医療機関は積極的にリストに手上げするでしょう。厚労省は今年度(2019年度)予算で、リスト掲載医療機関を中心に▼希少言語にも対応可能な遠隔通訳サービスの提供▼医療コーディネーター等の養成研修等を実施▼翻訳ICT技術に対応したタブレット端末等の配置―などの支援を行っていますが、まだ「十分なメリット」にはなっていないようです。このため、厚労省医政局総務課医療国際展開推進室の喜多洋輔室長は「時間がかかるかもしれないが、補助金や診療報酬での対応なども検討してもらう必要があるのかもしれない」との考えを述べています。
また(C)はリストの内容・運用に関連するテーマと言えるかもしれません。小森構成員は「外国人患者に日中だけでも対応できれば良いのか、24時間対応する必要があるのかなどを明確にすれば、リストへの手上げがしやすくなる」と指摘。このほか、▼リストの更新時期をどう考えるか(最低でも1年に一度)▼医療機関が自院で更新するか、都道府県等でまとめて更新するか―なども検討課題となりそうです。
外国人患者の診療、価格をいくらに設定すればコスト割れにならないか
検討会は今年度、(1)医療機関の整備方針(2)都道府県向けマニュアル(地方自治体のための外国人患者受け入れ環境整備に関するマニュアル)(3)外国人患者の診療価格算定方法マニュアル―を検討課題に据え、(1)と(2)については来年(2020年)3月までかけて議論し、(3)については可及的速やかに策定する方針を固めています。
外国人患者は我が国の医療保険に加入していないため、自由診療で医療を受けることになりますが、厚労省の調査によれば、▼90%の医療機関が保険診療と同じ価格設定(1点10円)としていた▼99%の医療機関が通訳費用を請求していない―ことなどが分かりました。理由は明確になっていませんが、厚労省は「医療機関が自由に価格を設定できることや、通訳費用を請求できることを知らない可能性もある」と見て、3月28日に通知「社会医療法人等における訪日外国人診療に際しての経費の請求について」を発出しています。
また、このように「1点10円での請求」「通訳費用を請求しない」ために、外国人患者の診療に係るコストを回収できないことから、医療機関サイドが「外国人患者受け入れに積極的でない」状況を生み出している可能性があります。
そこで「訪日外国人に対する適切な診療価格に関する研究」班(厚生労働科学研究)の研究責任者である田倉智之参考人(東京大学大学院医学系研究科医療経済政策学講座特任教授)は、(3)の「外国人患者の診療価格算定方法マニュアル」策定に向けた研究を進めています。
具体的には、外国人患者では▼通訳等の言語対応が必要になる▼同じ診療行為でも通常よりも時間的・人的コストがかかる―ことを踏まえ、さらに外国人患者を受け入れている医療機関の実態を踏まえ、「どの程度の価格を設定すれば、コスト割れにならないか」を研究。さらに、医療機関での請求価格計算などが簡便に済むよう、例えば「診療報酬の●倍」(1点=10円でなく、20円や30円など)として価格を設定することを提案。
この点、個別の医療機関で「通訳費はどの程度か」「通常より診療時間はどの程度増えるのか」などを調べ、「コスト割れにならないためには、1点いくらとすべきか」を考えるのは難しいかもしれません。そこで松本構成員は「いくつかのケース(外国人対応のスタッフや通訳の配置状況、患者の疾病など)を想定し、『こういった場合では1点=●円以上とすればコスト割れにならない』といった例示が必要になるのではないか」と田倉参考人に要請しています。
なお、自由診療について、厚労省が「外国人患者では1点●円での診療が望ましい」などの基準を示すことは公正な取り引きに反する可能性があります(一般の商取り引きでも「いくらで仕入れ、いくらで売るか」は全くの自由)。このため、松本構成員の要望に基づく「例示」も、こうした点に留意することが必要です(あくまで「この程度の価格設定をすれば、少なくともコスト割れにならない」という事実を示し、医療機関の価格設定の一助とするにとどめる必要がある)。
ただし、外国人患者は現時点でも医療機関を訪れており、「価格の悩み」を少しでも解消する必要があることから、この「例示」を待たずに、「外国人患者の診療価格算定方法マニュアル」を可及的速やかに作成・公表する必要があると厚労省は考えています(厚労省のサイトはこちら(途中版))。
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