我が国では世界メジャー医薬品の2割が流通せず、薬剤費の拡大求める声も—医薬品安定供給有識者検討会
2022.9.2.(金)
我が国では、医療用医薬品をめぐって「市場の魅力が低下し、画期的な医薬品に日本国民がアクセスできなくなってきている」「多くの後発医薬品などについて供給不安が生じている」という大きな問題がある—。
中央社会保険医療協議会や医療用医薬品の流通の改善に関する懇談会などで、こうした問題・課題の解決に向けた議論・対応が行われてきているが、必ずしも十分な解決を見ていない。
このため薬価制度・流通制度等について「より自由かつ多面的で、包括的な議論」を行い、実現可能性のある「抜本的な解決策」を探っていく—。
8月31日に厚生労働省の「医薬品の迅速かつ安定的な供給のための流通・薬価制度に関する有識者検討会」が発足し、こういった議論が始まりました。非常に難しく「腰を据えた、しっかりとした議論」が求められる一方、事態は深刻であり「すぐさまの対応」が求められる部分もあります。今後の議論の行方に注目が集まります。
目次
日本の医療用医薬品市場が魅力を失い、日本国民が医薬品にアクセスできなくなっている
医療用医薬品を巡っては、(1)日本市場の魅力が低下し、「外国製薬メーカー」が本邦での上市を遅らせる、さらには見送る事態が生じている(2)国内メーカーによる「画期的な医薬品の開発能力」低下が懸念される(3)多くの品目で深刻な「供給不安」が生じている—といった課題が指摘されています。
例えば(1)や(2)については、2020年における世界での売り上げ上位300品目(いわばメジャー医薬品)について、次のようなデータが厚生労働省から示されました。
▽上位300品目のうち、「最初に我が国に上市」される医薬品の割合は僅か6%で、米国65.3%、欧州31.0%に大きく劣っている
▽上位300位医薬品の17.7%は我が国では未上市である
また、日本製薬工業協会の調べでは、2020年度において「直近5年間に欧米で承認された医薬品」のうち、72%が我が国で未承認である、とのデータも明らかになっています。
こうしたデータを踏まえて菅原琢磨構成員(法政大学経済学部教授場)は、「日本国民の多くはこうした状況を知らず『日本の医療は良い』と思っているが、世界的に使用されている医薬品の2割弱(17.7%)に日本人はアクセスできないのが実際である」と指摘しています(いわゆるドラッグ・ラグが根強く存在している)。
また(3)の供給不安については、日本製薬団体連合会の調べで▼医療用医薬品全体の20.4%▼先発品では4.4%▼後発品では29.4%—に「欠品・出荷停止・出荷調整」などが生じていることが分かっています。
端的に言えば「日本国民は、世界的な優れた医薬品、長期間にわたって安全性・有効性が確立されてきた安価な医薬品の双方にアクセスできない」事態が生じているのです。
この背景には「薬価制度」「医療用医薬品の流通制度」に問題があると指摘されています。
前者の「薬価制度」に関しては、▼【新薬創出・適応外薬解消等促進加算】により画期的医薬品の薬価下支えが行われているが、対象企業・品目要件が厳格化され「恩恵」にあずかれるケースが極めて限定的になってしまった(加算額全体の規模も縮小している)▼【市場拡大再算定】により「優れている」と市場(医療機関)に判断された医薬品の価格が強制的に引き下げられてしまう▼頻回な薬価制度改革により、製薬メーカーにとって「先が見通せない」状況に陥ってしまっている—ことなどが大きな問題点・課題点として指摘されます。
日本国政府は、2016年末に▼国民皆保険の持続性▼イノベーションの推進—を両立しながら、▼国民負担の軽減▼医療の質の向上—を実現することを目指した、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」を取りまとめ、その後の薬価制度改革で、順次これを実現。その中には「毎年度の薬価改定」(中間年改定)はもちろん、2年に一度の「大きな見直し」があります。
医療費が「我々国民が賄える水準」を超えないように「医療費適正化」が求められ、その一環として「抜本改革を含めた薬価制度改革」が行われてきていますが、それが「医薬品への国民のアクセスを阻害する」事態を招いているとも指摘されます。
この点については、▼先進国では「医療費が経済成長を上回って伸びていく」ことは自然であり、これを「経済成長の範囲に収める」ことは技術革新などを否定するに等しい。「医療費適正化」を前提とした薬価制度の抜本的な改革を、医療保険・医療費政策から離れた場所で議論・検討する必要がある(香取照幸構成員:上智大学総合人間学部社会福祉学科教授)▼少なくとも経済成長率、あるいはそれ以上に「薬剤費総額」を伸ばさなければ、日本市場の魅力はさらに低下(ドラッグラグがさらに悪化)してしまう(小黒一正構成員:法政大学経済学部教授)—などの意見が出されました。
製薬メーカーの視点に立てば「優れた医薬品の開発にはコストがかかる。コストを回収できなければ、企業を維持することも、次の優れた医薬品を生み出すことはできない。この点を踏まえた『薬価』(端的に高い薬価)を設定し、医療用医薬品の市場規模拡大(薬剤費の増額)を行ってほしい」と考えるのは当然のことです。これが実現されなければ「日本からの撤退」が進むのも当然のことです。
一方、患者・国民の視点に立てば「薬剤費を含めた医療費が大きくなりすぎれば、その費用を負担しきれない。薬価も薬剤費も小さく抑えてほしい」との考えが出てきます。
菅原構成員は、この両者の視点を融合させるために、医療保険制度を補完するような「財政措置」を検討してはどうかと提案しています。
さらにウクライナ情勢などに起因する「円安・インフレ」が、今後、医療用医薬品市場にも大きな影響を及ぼす可能性があります。小黒構成員はこうした点への対応も早急に検討・実施する必要があると訴えています。
医薬品流通の諸課題、「流通の仕組み」に起因するのか「薬価制度」に起因するのか
後者の「医療用医薬品の流通」に関しては、▼仕切価より納入価が低い価格となっている「一次売差マイナス」▼未妥結・仮納入▼総価取引▼過大な値引き交渉—などの課題が従前より指摘され、改善に向けた「流通改善ガイドラインの作成・改訂」が行われていますが、十分な成果が出ていません。
香取構成員は、「流通の問題、市場の歪みも最終的には薬価制度に帰着する。流通過程のルールを見直しても本質的な解決にはならない」旨を説き、薬価制度本体の抜本的見直しが必要であると、この点でも強調しています。
一方、成川衛構成員(北里大学薬学部教授)は「現在の『市場をベースにした薬価制度』には一定の合理性がある。理想論であるが、▼優れた医薬品は市場で相応の評価がなされ、値引きされずに購入される→▼結果、薬価調査での乖離率は小さくなり、薬価の下落を免れる→▼製薬メーカーの収益も確保できる—という流れを目指すべきでないか。もちろん簡単ではないが『良い薬が市場で評価される。価値に見合った価格で取り引される』ような環境をどう担保していくかを議論してはどうか」と提案しました。
また、医薬品流通の専門家である三浦俊彦構成員(中央大学商学部教授)は、医療用医薬品の「単品単価取り引き」を確保するために、例えば▼医療機関・薬局と卸との間で「複数年契約」(薬価改定以外の価格変更を認めない)を義務化する▼メーカーは卸に「仕切価」を提示することをやめ、OTC(一般用医薬品)のような出荷価格に変更する—との具体的な提案を行っています。
この点、流通の実態(へき地などで採算が取りにくい地域、そうでない地域の実態など)を可能な限り示し、これをベースにした流通改善論議を行っていくことになりそうです。
「医薬品の安定供給」に誠実に取り組んでいる製薬メーカーには相応の評価を
他方、医薬品の安定供給、とりわけ出荷調整などの多い「後発品」の供給不安については、▼後発品メーカー数が多すぎる▼後発品メーカーは小規模な企業が多い点▼同じ成分について、多数の後発品が存在する▼—などの点が問題視されました。「体力の弱い企業ゆえに十分な体制を整えられない」→「十分な体制整えるには時間がかかり、安定供給の確保が困難になっている」と考えられます。今後、「後発品メーカーの再編」論議につながっていく可能性もありそうです(関連記事はこちら)。
あわせて菅原構成員は「医療用医薬品の安定供給という『責任』に目を向けた仕組み、例えば『安定供給に対して誠実に取り組んでいる企業』や、当該企業の製品を評価する仕組み」などを検討することを提案しています。
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