不妊治療の方法・費用に大きなバラつき、学会ガイドライン踏まえ「保険適用すべき不妊治療技術」議論へ―中医協総会(3)
2021.4.15.(木)
不妊に関する検査や治療技術については、女性不妊・男性不妊のいずれについても、非常にバラエティーに富んでおり、当然、費用にも大きなバラつきがある―。
例えば、人工授精では5000円から5万円以上(ボリュームゾーンは「1万5000から2万円」)、体外受精では20万円以下から100万円(ボリュームゾーンは「40から50万円」)という状況である―。
4月14日に開催された中央社会保険医療協議会・総会では、こういった「不妊治療の実態に関する調査研究」結果報告も行われました(4月14日の中医協に関する記事はこちら(2022年度診療報酬改定)とこちら(費用対効果評価を踏まえた医薬品価格見直し等))。
この研究結果を踏まえて関係学会でのガイドライン作成が進められており、中医協ではガイドラインを踏まえて「不妊治療の保険適用」の詳細について議論していくことになります。委員からは「不妊治療を保険適用する」に当たっての考え方を今一度整理する必要があるとの意見も出ています。
不妊治療の技術・費用には非常に大きなバラつき
従前より▼男性の精管閉塞▼女性の卵管癒着やホルモン異常—などに起因する不妊治療ついては、個別技術の保険適用が進められています。また、▼機能性不全▼保険治療が奏功しないケース—については、保険適用がなされていないものの、▼体外受精▼顕微授精▼顕微鏡下精巣内精子回収法(MD-TESE)―といった夫婦間の不妊治療については、公費での助成がなされています(特定不妊治療)。
一方、第三者からの精子・卵子提供や代理懐胎(いわゆる代理母)については、倫理面や親子関係の確定(代理母が出産した場合、その子は子宮を貸した側の子供なのか、卵子提供者の子供なのか)など、さまざまな検討問題があり、これまでに、その取扱いをどう位置付けるのかという点も含めて我が国では一定の結論は出ていません。
そうした中で、菅義偉内閣総理大臣、安倍晋三前首相は「不妊治療の保険適用を強力に進める」方針を打ち出し、社会保障審議会・医療保険部会でも「少子化対策に資する」「不妊治療に励む夫婦の経済的負担を軽くすることは好ましい」など、その方向を歓迎しています。
もっとも、不妊治療にも「さまざまな技術」があり、どこまでを保険適用とするのかを安全性・有効性などを検証しながら議論していくことが必要です。保険適用の範囲が広すぎれば「安全性が確立されていない、また効果の低い治療」が跋扈することになりかねず、逆に狭すぎれば「実子を切望する夫婦のニーズに応えられない」事態に陥ってしまいます。
このため厚生労働省および医療保険部会では、▼不妊治療の実態調査を実施し、「どういった技術が実施されているのか」「どういったニーズが実際にあるのか」「患者の費用負担などはどうなっているのか」など明確化する▼実態調査結果を踏まえて関係学会で「不妊治療に関するガイドライン」を作成する▼ガイドラインを土台に具体的な制度設計論議を行う―方針を決定。今般、実態調査結果の概要が中医協に報告されたものです(関連記事はこちらとこちら)。
実態調査は、不妊治療を実施している医療機関、不妊治療を受けている患者、一般国民を対象に「治療方法」「使用薬剤」「費用」などを調べています。
まず女性不妊に対する治療としては、▼IVF-ET(卵子と精子を体外に取り出して受精させ、受精卵を子宮内に移植する技術。いわゆる「体外受精」)▼人工授精(AIH)(排卵日に合わせて夫の精子を注入器で子宮内腔に送り込む技術)▼融解胚子宮内移植(受精卵を凍結保存し、移植当日に融解して移植する技術)▼性交タイミングの指導—などが多く実施されています。
また、女性不妊に対する検査としては、▼超音波検査▼経膣超音波検査▼精液検査▼クラミジアなどの性感染症スクリーニング―が多く実施されているほか、▼子宮鏡検査▼抗精子抗体検査―などを実施するケースもあります。
さらに、いわゆる「オプション治療・検査」についても、▼アシステッドハッチング(胚移植の前に胚の周りを覆っている透明帯を菲薄化するなどし、胚の脱出を助けて着床率を上げる技術)▼ERA/ERPeak(子宮内膜が着床可能な状態にあるかどうかを遺伝子レベルで調べる検査)▼SEET法(胚培養液を胚移植数日前に子宮に注入し、受精卵の着床に適した環境を作り出す技術)—など、バラエティーに富んでいます。
このような検査・治療方法のバラつきは、次のように費用のバラつきにも直結しています。
▽人工授精では5000円から5万円以上(ボリュームゾーンは「1万5000から2万円」)
▽体外受精では20万円以下から100万円(ボリュームゾーンは「40から50万円」)
▽Simple-TESE(閉塞性無精子症の夫から肉眼的に精子を採取し、顕微授精する技術)では5万円以下から45万円(ボリュームゾーンは「15万から20万円」)
▽micro-TESE(非閉塞性無精子症の夫から顕微鏡下で精子を採取し、顕微授精する技術)では5万円以下から50万円以上(ボリュームゾーンは「25万から30万円」)
一方、男性不妊対する治療方法としては、▼漢方製剤による薬物療法▼PDE5阻害薬(勃起不全症治療薬)よる薬物療法▼内分泌療法▼顕微鏡下精索静脈瘤低位結紮術▼Simple-TESE▼micro-TESE—など、さまざまなものが実施されています。
また、検査についても、▼精液検査▼ホルモン採血▼陰嚢超音波検査―など一般的に行われているもののほか、▼射精後尿検査(精子が膀胱へ流れてしまう「逆行性射精」の有無を調べる)▼染色体検査―などを行う医療機関もあります。
検査・治療法の差は、当然、費用にも現れ、男性不妊治療一式に係る費用をみると、5000円以下から10万円以上(ボリュームゾーンは「1万5000から2万円」)とばらついています。陰嚢を切開して精子を採取するTESE技術では高額な費用がかかり、▼Simple-TESEでは手術費用だけで平均18万円超▼micro-TESEでは同じく平均30万円超―となっています。
保険外併用療養の活用を求める意見、保険適用の在り方を今一度議論すべきとの意見も
このように、不妊治療に関しては「様々な検査・治療が、バラつきの大きな費用の下で実施されている」状況が再確認されました。
このため4月14日の中医協では、診療側の島弘志委員(日本病院会副会長)から「すべての技術を保険適用することは難しい。関係学会がこれから作成するガイドラインを踏まえて、どの技術を保険適用とするのか、また保険適用されなかった技術については『保険診療と保険外診療との併用を認める』ことなども視野に入れて検討していくべき」と提案。厚労省保険局医療技術評価推進室の岡田就将室長も「保険適用が可能な技術、保険適用するにはさらなるエビデンスが必要な技術などさまざまである。後者の技術については『保険診療と保険外診療の併用』も検討していく必要がある」との見解を明確にしています。
また、同じく診療側の城守国斗委員(日本医師会常任理事)も、非常に多くの検査・治療法があるため「安全性、有効性を検証しながら保険適用論議を進めていく」ことの重要性を確認したうえで、▼女性不妊・男性不妊・両性の不妊など様々なケースがあり、保険適用の考え方を整理する必要がある▼例えば凍結胚を用いた技術では「夫婦関係の維持」などの要素も勘案して保険適用を考える必要がある―ことを指摘しています。
もっとも、こうした点については「診療報酬点数の算定要件」の中で考えるのか、「算定要件の1つとなる遵守すべきガイドライン」の中で考えるのか、など様々な考え方ができそうです。
他方、関ふ佐子委員(横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授)は、「不妊治療の保険適用」推進方向に強く賛同したうえで、▼保険診療は「傷病に対する治療」がベースであり、どういった理由付けで「不妊治療」に拡大していくのか▼年齢で対象者を限定する場合(現在の不妊治療の費用助成制度では「女性の年齢が43歳未満」に限定)には、その妥当性など―に関する議論をしっかり行う必要があると指摘しています。
保険診療の財源の大半は「国民が拠出した税金や保険料」であり、限りもあることから「野放図な使用」は許されません。そこで、中医協において「医療提供者を代表する委員」「費用負担者(患者代表や医療保険者代表)を代表する委員」が出席し、「どういった傷病の治療にどの程度の保険財源を使用するか」を細かく議論し、その範囲を決定します。つまり、日本国総理大臣であったとしても「自身の一存で保険適用の範囲を安易に拡大する」ことは許されないのです。「不妊治療の保険適用」方針は医療保険部会などで決定していますが、関委員は「保険診療の在り方」の趣旨に鑑みて、再度、根本的な議論をすることの重要性を指摘したものと言えるでしょう。
今後、今般の実態調査結果と学会ガイドラインを踏まえて、「安全性・有効性」などに関するエビデンスをベースに、保険適用すべき不妊治療技術を中医協で慎重に議論していくことが求められます。
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