費用対効果評価制度、「保険償還の可否判断に用いない、価格調整範囲は加算部分のみ」との現行制度を見直すべきか―中医協
2025.8.13.(水)
高額な医薬品・医療機器などについては、価格(費用)が治療効果に見合っているのかを、既存治療法などと比較して判断する【費用対効果評価】が、「保険償還の可否判断に用いない、価格調整範囲は加算部分のみ」との現行制度を維持すべきか、それともこの考え方を見直していくべきか—。
8月6日に開催された中央社会保険医療協議会の費用対効果評価専門部会(以下、専門部会)で、こういった議論が行われました(同日の中医協総会における2026年度診療報酬改定論議の記事はこちら、認知症治療薬レケンビの費用対効果評価に関する記事はこちら、薬価専門部会の記事はこちら、材料専門部会の記事はこちら)。
価格調整の範囲を「有用性加算」だけでなく、より広く検討してはどうか
我が国の公的医療保険制度では、安全性・有効性の確認された医療技術は「すべて保険適用する」ことが原則です。しかし、医療技術の高度化(例えば脊髄性筋萎縮症の治療薬「ゾルゲンスマ点滴静注」、白血病等治療薬「キムリア」、キムリアに類似した超高額な血液がん治療薬、認知症治療薬「レケンビ」、認知症治療薬「ケサンラ」、小児の「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」(DND)治療に用いる「エレビジス点滴静注」など)が進み、医療保険財政が厳しくなる中では、新規の医療技術を保険適用する際などに「経済面を考慮する」ことが不可欠となってきています。
そこで、中医協では2012年度から「費用対効果評価」の導入に向けた検討を進め、試行錯誤を経て2019年4月から制度化(本格運用)されました。
費用対効果評価の仕組みは非常に複雑ですが、「高額である」「医療保険財政に大きな影響を及ぼす」などの要件を満たした新薬・新医療機器について、「類似の医薬品・医療技術等(比較対象技術)に比べて、費用対効果が優れているのか、劣っているか」をデータに基づいて判断するもので、判断結果をもとに次のように薬価・材料価格の調整を行います。
▽「費用対効果が優れている」と判断
→価格(薬価、材料価格)は据え置く
▽「費用対効果が劣っている」と判断
→価格を引き下げる
▽「費用が少なくなる一方で、効果が優れている・あるいは同じである」(きわめて費用対効果が優れている)と判断
→価格を引き上げる
従前の「安全性」「有効性」に加えて、新たに「経済性」の評価軸を設けるものです。

費用対効果評価制度の大枠(中医協・費用対効果評価専門部会2 210421)
8月6日の専門部会では、医薬品・医療機器業界から2026年度の制度改革に向けた意見聴取を行いました。意見は多様ですが、例えば次のようなものが目立ちます。
▽日本の費用対効果評価制度は「薬価制度・材料価格制度を補完する」ものであり、▼結果は保険適用後の価格調整に用いる(保険適用の可否判断に用いることはしない)▼価格調整の範囲は「加算部分」に限定する—べきであり、この点を逸脱する「費用対効果評価専門組織の意見」は容認できない(レケンビの特例は、レケンビ限りにすべきである)
▽これまでに「価格引き上げ」となった製品はなく、要件(例えば「比較対照技術と著しく異なる」こととの要件)の見直しを行うべき
▽ICERと閾値の数値的乖離のみで価格調整の妥当性を判断するのではなく、医薬品の多様な価値要素の評価と制度全体のバランスを踏まえた検討が必要である
(参考:ICERについて)
▼費用対効果が優れているのか、劣っているのかを判断するための物差しが「ICER」という考え方。医薬品等の「費用」は「価格」という基準で、「効果」は例えば「QALY」(質調整生存年、完全に健康な状態で1年間生存期間が延びた場合を1QALY、死亡をゼロQALYとして数値化する)という基準を用いて評価する
▼ICERは、「類似技術βの費用(b)と新規医療技術αの費用(a)との差(つまりb-a)」を「類似技術βの効果(B)と新規医療技術αの効果(A)との差(つまりB-A)」で除したもので、いわば「高い効果を得るために、どれだけ余分な費用がかかるのか」と表現することができる

ICERは、「費用の増加分」を「効果の増加分」で除して計算する。費用には主に公的医療費が含まれ、効果のある医療技術で生存年が伸びれば、その分、医療費が増加し、費用が増加することになる点も考慮される
▼同じ効果を得るために大きな費用がかかる(ICERが高い)技術は、「費用対効果が劣っている」と判断され、逆に小さな費用で済む(ICERが低い)技術は「費用対効果が優れている」と判断し、その基準は次のように設定している
・ICERが500万円未満の場合(総合的評価で指定難病等の適応がある場合には750万円未満に緩める):「費用対効果が優れている」と判断し、価格を維持する(試行段階と同じ)
・ICERが500万円以上750万円未満の場合(同750万円以上1125万円未満に緩める):「費用対効果が劣っている」と判断し、有用性等加算部分については価格を30%、営業利益部分については17%引き下げる
・ICERが750万円以上1000万円未満の場合(同1125万円以上1500万円未満に緩める):「費用対効果がさらに劣っている」と判断し、有用性等加算部分については価格を60%、営業利益部分については33%引き下げる
・ICERが1000万円以上の場合(同1500万円以上に緩める):「費用対効果が非常に劣っている」と判断し、有用性等加算部分については価格を90%、営業利益部分については50%引き下げる

費用と効果の指標であるICERをもとに「費用対効果が良い」場合には価格維持(価格調整率は1.0)、「費用対効果が良くない」場合には価格引き下げ(価格調整率は0.7-0.1)が行われる(費用対効果評価専門部会1 211015)
▽臨床実態と乖離しない分析枠組みとし、臨床実態を反映したデータを踏まえた評価を行うべき
▽過去の費用対効果評価事例について十分に検証すべき
▽医療機器の特性(比較試験の実施が困難な場合が多い、薬事承認では臨床試験を求められないことが多く、臨床試験が求められた場合でもRCTを実施することが少ないなど)に応じた評価のあり方について検討を進めるべき
今後、こうした業界からの意見や、「費用対効果評価専門組織の意見」なども参考にしながら「2026年度の費用対効果評価制度改革に向けて議論すべき点」(論点)を厚生労働省で整理し、議論を深めていきます(年内に改革の骨子案をまとめる見込み)。
8月6日の専門部会では、具体的な議論に先立って中医協委員と業界代表との間で意見交換も行われており、中医協委員からは、例えば▼本邦では、例えば新薬について薬事承認から原則60日・90日以内に保険適用して、世界に類を見ない「迅速に、承認された医薬品のほぼすべてが保険適用になる」国だ。その市場の魅力を理解すべき(長島公之委員:日本医師会常任理事)▼支払側としては「薬価の妥当性を費用対効果評価の視点で確認する」ことが重要と考えており、将来的には「保険償還の可否判断に用いる」ことを検討すべきと考えている。また価格調整範囲を拡大することも「価格への納得性」の向上につながる(松本真人委員:健康保険組合連合会理事)—などの指摘がなされました。
これに対し業界サイドからは、▼日本市場の魅力は十分に理解しているが、例えば費用対効果評価を「保険適用の可否」判断に用いるのであれば、保険適用までの期間が延びしてしまい、魅力を損なってしまう点に留意すべき。また日本は特許期間中に「毎年薬価が下がっていく」ことから、予見可能性が低く「他国よりも後回し」になっている点にも理解が必要である▼費用対効果評価を行う際の比較対照について、「臨床実態からかけ離れた技術」(臨床でほとんど使われていない薬剤など)が採用されるケースも少なくない。現行制度について「別の医薬品を比較対照に選定した場合、別の要素を勘案した場合に、どういった結果となったのか」などの検証を行うべき▼「薬価制度・材料価格制度の補完」という趣旨から逸脱すべきではない—などの意見が出ています。
意見が大きく対立している部分、議論がかみ合っていない部分も相当程度あり、今後、さらに議論を深めていきます。
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