異業種に負けない顧客視点、経営感覚を―HITO病院、飛躍の原動力(2)
2017.11.20.(月)
社会医療法人石川記念会HITO病院(愛媛県四国中央市、257床)の石川賀代院長への連載インタビュー。二回目は、異業種から同院の本部長へ就任した鎌田潔氏にもご参加いただき、スタッフ全員で共有すべき顧客視点や経営感覚などについてお聞きします(聞き手は、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子)。
渡辺:異業種という意味では、鎌田本部長の前職は、フランス料理の「レストランひらまつ」などを展開するひらまつですよね。超一流の飲食企業からなぜ、医療界へ転職されたのですか。
鎌田氏:ある知人から打診を受けたのがきっかけです。
私には医療界の友人や知り合いもおりますが、これまでに話を聞いた限りでは、「病院に経営は必要ない」と思い込んでいました。なので「なぜ私のような畑の違う人間に興味を持たれるのだろうか」という疑問から、この案件が少し気にはなったのです。ただ、ちょうど多忙だったこともあり、この興味から半年ほどブランクの期間がありました。
それから当時の仕事が落ち着いてきた段階で、話だけは聞いてみようと募集書類に目を通したところ、その中に「中長期の計画」と書かれた箇所があり、またこの内容がかなりヘビーな内容だったことに驚きました。「病院でここまでマネジメントをやる必要があるのか」という思いと、「一体、どんな人がこれを作ったのだろうか」と思ったのです。
私はセゾングループの堤猶二氏、森ビルの森稔氏などに仕える機会がありましたが、初めて石川院長にお会いした際、考え方がお2人に非常に似ていることに驚きました。物事や人を見る目、人に接する姿、そのほかの立ち居振る舞いも含めて、素晴らしかったのです。加えて、マネジメントとマーケティングの考え方もしっかりと備えている方であることにも驚きました。特に差別化戦略、ブランディングと言い換えてもいいですが、その考え方はマイケル・ポーター(ファイブフォース分析やバリュー・チェーンなど数多くの競争戦略手法を提唱した経営学の権威)そのものだったのです。
もう一つ、「コミュニティから選んでもらえる存在」という経営の先にある理想にも大いに共感しました。そういう風なお考えを持つ方なのであれば、自分も60歳を過ぎて、いつまでも同じ仕事を一生するのではなく、理想とする姿が今ここに見えるのであれば、別の道を最後に歩いてみようかと思ったのです。
渡辺:石川院長が地域コミュニティの視点でずっと考えてらっしゃるところが伝わったということなのでしょうね。
石川氏:実は街が元気でなければ、私たちは何もやることがないのです。
渡辺:コンセプトは「いきるを支える」(詳細は以下の動画を参照)ですからね。
石川氏:そうです。地域の中に私たち病院があり続けるのは、元気な地域の人たちがいるからこそで、私たちの役割は、患者さんをいつもの元気で前向きな生活に送り出すことなのですから。
渡辺:現場のスタッフが「ヒューマン・ファースト」のバッジを付けて日々の業務にあたっているのも素晴らしいですよね(詳細は以下の「HITO VISION」参照)。
鎌田氏:私も学生のときからずっと「カスタマーズ・ファースト」と言われる世界に身を置いていたので、当初、医療は特殊な存在と思っていましたが、当院の「ヒューマン・ファースト」の感覚には違和感を感じませんでした。
渡辺:貴院を見ていると、その感覚はよく分かります。ところで、医療界全体を見た時に、全く違う異業種からこられて「ここが変だよ」という部分はありますか。
鎌田氏:私のキャリアで自由競争ではない世界は初めてです。ですから、これだけ多くの規制やルールがあり、一方でどんなにきれいな病院であろうと、そうでなかろうと、同じ診療行為に同じ報酬が付くというのは、これまでには経験のなかった世界です。そういった環境の中で、いかに自分たちの病院がほかとは違うキラリと輝くものを持っているかをアピールすることは、非常に難しいことだなと日々、感じています。
渡辺:私も個人的には、医療の質に関する競争は必要だと思っています。そのためにも、ノンDPC病院含めてもっとデータ公開を積極的に進めていかなければならないでしょうね。
鎌田氏:コスト感覚も民間企業の考え方とのギャップがかなりあると思います。医療材料の購入価格のベンチマーク分析をしていただきましたが、その際の価格のバラつきが何よりの証左かと思います。さらに言うと、こうした材料の購入価格は目先の問題であって、もっと大事なことはロングランの経営改善自体に打つべき手をしっかりと考えることです。中長期の視点でこうした考えをしっかりとお持ちの病院が(あまりにも)少ないことには、正直、びっくりしました。
渡辺:鎌田本部長がいらっしゃってから院内はどのように変化していきましたか。
石川氏:かなり細かい経営指標を速報ベースで定期的に確認できるようになりました。例えば、人件費の稼働率が数パーセント変動すると人件費率が急激に上がったりするので、こまめにチェックしていないと怖いですし、何か変化があった時すぐに対応することができません。そこで彼がきてからは、10日のサイクルで月3回、経営指標の速報、予測、収支予測も出しています。
財務、人事、経営企画などそれぞれの部門の視点で経営状況をみてはいると思いますが、病院全体として今どのような事業をやっていて、あとどれくらいで収支が合うのか、今以上にどれだけコストをかけられるのかなどを、それぞれが自分たちの頭の中で描けないものはうまくいかないと思います。ですから、全体の視点で目標に対して乖離があるか、もしあったらその幅はどれくらいで、それに対して警笛を鳴らすチェック機構が働いていないといけない。それをうまく回す仕組み、それらを分かりやすく見せる方法などは、かなり工夫してくれたのではないかと思っています。
スタッフ全員が共通の数字を追うことで、例えば「新規入院患者が後これくらい必要」のような感覚が養われていきます。そういう感覚を持てるか否かということは、非常に大事です。
渡辺:10日で区切るというのは素晴らしいと思います。目標数字の感覚をスタッフ間で共有し合える力を養うというのも非常に重要なことですよね。
鎌田氏:月1回では具体的なアクションも取れませんから。しかも、その乖離が大きくて、その状態を3か月も放置していたら、これを取り返すことは並大抵のことではありません。
連載◆HITO病院、飛躍の原動力
(1)目指すは診療報酬に振り回されない経営
(2)異業種に負けない顧客視点、経営感覚を
(3)絶対になくならない病院のシンプルな条件