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「正常分娩を保険適用」により産科医療機関が減少し、妊産婦が「身近な場所でお産できる」環境が悪化しないか?—出産関連検討会

2024.8.2.(金)

「正常分娩の保険適用」を行ったとしても、妊婦サイドの経済的負担は軽減されず、かえって産科医療機関の減少に拍車がかかり、「身近な地域で出産できなくなる」などの弊害が生じる可能性があるのではないか—。

少子化が進む中で「産科医療機関の集約化・重点化」が必要となってくるが、「正常分娩の保険適用」により、集約化・重点化が進む前に「地域の周産期医療提供体制の崩壊」が生じることを心配している—。

また大学病院における出産費用を分析すると、平均で「1件当たり142万円程度」となる。医療安全確保などのためには高コストとなることを理解してほしい—。

8月1日に開催された「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」(以下、出産関連検討会)では、産科医療提供サイドの構成員から、こうした意見発表が行われました。今後、「妊婦サイド」「医療保険者サイド」の意見聴取も行われ、来春(2025年春)頃の意見取りまとめに向けて議論を深めていきます。

なお、「正常分娩の保険適用」に関しては、出産関連検討会で「論点を整理する」にとどめ、その後に社会保障審議会・医療保険部会や中央社会保険医療協議会などで具体的な議論が進められる見込みです。

産科医療機関の集約化が必要だが、その前に「地域の産科医療提供体制が崩壊」しないか

Gem Medでも報じている通り、我が国では少子化が進行しており、昨年(2023年)には、1人の女性が生涯出産する子の数に相当する合計特殊出生率が全国で1.20、東京都では0.99にまで落ち込むという衝撃的なデータが示されました。

少子化の進行は、「社会保障財源の支え手」はもちろん、「医療・介護サービスの担い手」が足らなくなることを意味します。さらに社会保障制度にとどまらず、我が国の存立そのものをも脅かします(国家の3要素である「領土」「国民」「統治機構」の1つが失われ、日本国そのものが消滅しかねない)。

このた、政府は昨年(2023年)12月に「子ども未来戦略」を取りまとめ、その中で各種少子化対策(出産育児一時金の42万円から50万円への引き上げ、出産費用の見える化など)について効果検証を行うとともに、「2026年度を目途に、出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援等の更なる強化について検討を進める」方針を打ち出しました。



この方針を踏まえて厚生労働省・子ども家庭庁が共同して出産関連検討会を設置。(1)出産に関する支援等の更なる強化策(医療保険制度における支援の在り方(正常分娩の保険適用など)、周産期医療提供体制の在り方)(2)妊娠期・産前産後に関する支援等の更なる強化—の2つの柱が立てられました(関連記事はこちらこちら)。

8月1日の会合では、産科医療提供サイドの構成員から意見発表が行われました。その中で、前田津紀夫構成員(日本産婦人科医会副会長)・亀井良政構成員(日本産科婦人科学会常務理事)・細野茂春構成員(日本周産期・新生児医学会理事)からは「正常分娩の保険適用」に関して次のような見解が示されました。

●前田構成員(主に産科クリニック側の意見と言える)
▽「正常分娩の保険適用」を行ったとしても、妊婦サイドの経済的負担は軽減されないのではないか(保険適用と、現在の出産育児一時金(50万円支給)維持が同時になされるとは考えにくい)

▽「正常分娩の保険適用」で多くの医療機関は減収となり、産科医療機関の減少に拍車がかかると考えられ、「身近な地域で出産できなくなる」などの弊害が生じることが懸念される
→地域の産科医療機関が減少した場合、高次医療機関(大学病院や周産期母子医療センター)の負担がさらに過重になることにもつながる

正常分娩の保険適用により、産科から撤退を考える医療機関は少なくない(前田構成員提出資料)



▽「分娩はまさに千差万別である」「分娩過程に保険適用とならない医療行為が数多く含まれる」「助産については入院基本料で評価されると過小評価につながりかねない」など、正常分娩は、そもそも医療保険給付に馴染まないのではないか

▽「正常分娩の保険適用」について、「保険給付の範囲」(異常分娩について診療報酬とは別に分娩費・分娩介助費などを療養費請求可能だが、それらの取り扱いが全く不明である)、「入院基本料の取り扱い、新生児の取り扱い」(1人とカウントすればすぐにオーバーベッドになりかねない)などの疑問がある

▽物価や人件費などが高騰する中で産科医療機関経営も厳しさを増しており、価格引き上げを容易に行えない「保険診療」よりも、価格を一定程度柔軟に引き上げられる「自由診療」のほうが好ましいのではないか



【亀井構成員・細野構成員】(主に高次病院側の意見と言える)
▽大学病院や総合・地域周産期母子医療センターでは、様々な事態に備えうる体制を維持するために多くの人的・物的投資を行っており、正常分娩の費用は、平均で1件あたり142万円程度となる
→厚生労働省による調査結果(2021年度に全施設平均で47万3000円程度)と大きな開きがあるが、「麻酔科医や新生児科医の待機時間」なども含まれている

大学病院における分娩費用は、平均して1件あたり142万円程度と推計(亀井構成員提出資料)



▽分娩取り扱い件数が多い施設ほど「分娩コストの効率化」が可能となるため、少子化が進む中で産科医療提供体制を維持するためには「産科医療機関の集約化・重点化」が必須となる。しかし、「正常分娩の保険適用」により、集約化・重点化が進む前に「地域の産科医療提供体制が崩壊してしまう」可能性もある

分娩件数が多いほど、費用の効率化が期待できる(亀井構成員提出資料)



このように、産科医療の現場からは「正常分娩の保険適用」に対し、慎重な検討を求める声が出ていると考えられます。

これに対し他の構成員からは、▼良質で安全な我が国の周産期医療を守ること、個々の妊産婦の希望に寄り添った周産期医療提供体制が求められること、決して妊産婦を置き去りにしてはいけないこと、などを確認しながら丁寧に検討を進める必要がある(濵口欣也構成員:日本医師会常任理事)▼正常分娩の保険適用には課題が多々あることが再確認できるが、拙速な議論を避けるためにも、最初から賛否を明らかにするべきではない。周産期医療提供体制の充実は、正常分娩の保険適用とは別に議論すべきである(佐野雅宏構成員:健康保険組合連合会会長代理)—などの意見も出されています。また佐野構成員や松野奈津子構成員(日本労働組合総連合会生活福祉局次長)は、医学会の示す出産費用推計と、厚労省調査による出産費用推計とに大きな乖離があることも踏まえ「出産にどれだけの費用がかかるのか、その内訳はどのようなものか」などをデータに基づいて可視化することを厚労省に要請しています。



また、井本寛子構成員(日本看護協会常任理事)や髙田昌代構成員(日本助産師会会長)からは、助産師が「産前から出産、産後、子育て」に至るまで継続的な支援を行っている状況報告が行われるとともに、「医療機関の助産師によるケア提供体制のさらなる強化」「る助産師の継続ケアの拡充」に向けた支援策の必要性が強調されました。

上述のように「産科医療機関の集約化・重点化」が進む中では、低リスクの場合に「身近なお産」が可能な体制を確保するために助産所・助産師のさらなる活躍に期待が集まります。

助産師は妊娠期から子育てまで切れ目ない支援を行っている(井本構成員提出資料)



検討会では、今後、「妊婦サイド」「医療保険者サイド」の意見聴取も行い、来春(2025年春)頃の意見取りまとめに向けて議論を深めていきます。



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