「出産費用の保険適用」で「妊婦の経済負担軽減」と「地域の周産期医療提供体制確保」とをどう両立していくべきか—出産関連検討会
2025.3.24.(月)
妊婦の出産費用負担を軽減するために、例えば「標準的な出産費用を保険適用する」ことなどが考えられる。しかし、同時に「地域の周産期医療提供体制の確保」も必要となり、両者をどう両立していくかを慎重に考えなければならない—。
3月19日に開催された「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」(以下、出産関連検討会)で、こうした議論が行われました。「分娩を取り扱う医療機関等の費用構造の把握のための研究」結果も待ってさらに議論を深め、今春(2025年春)の意見取りまとめを目指します。
なお「正常分娩の保険適用(現物給付化)」に関しては、出産関連検討会で「論点等を整理する」にとどめ、その後に社会保障審議会・医療保険部会や中央社会保険医療協議会などで具体的な議論が進められる見込みです。
目次
出産に関する診療等、「コア部分」と「オプション部分」の切り分けがまず必要
Gem Medでも報じている通り、我が国では少子化が進行しており、2023年には、1人の女性が生涯出産する子の数に相当する合計特殊出生率が全国で1.20、東京都では0.99にまで落ち込むという衝撃的なデータが示されました。
この方針を踏まえて厚生労働省・子ども家庭庁が出産関連検討会を設置し、次の4つのテーマに沿って議論を深めています。
(1)周産期医療提供体制の確保
(2)出産に係る妊婦の経済的負担の軽減
(3)希望に応じた出産を行うための環境整備
(4)妊娠期、産前・産後に関する支援策等
このうち(2)の「妊婦の経済的負担軽減」に関しては、例えば「一般の傷病治療などと同じように、出産費用を保険適用にする」という考え方があります。もっとも、分娩に伴う診療・ケアやサービスには▼妊婦の希望にかかわらず提供されるもの(コア部分)▼妊婦が希望して選択するもの(オプション部分)—があり、それぞれに対して「支援の在り方」を検討する必要があるのではないか、という議論が行われてきています(関連記事はこちら)。例えば「コア部分は保険適用」(3割負担)するが、「オプション部分は保険外併用療養」(全額、患者の自己負担)とすることなども考えられそうです。
3月19日の会合では、さらに厚労省から次のような論点について議論してほしいとの要請が行われました。
【妊婦の希望にかかわらず提供されるもの】(コア部分)
(a)「出産に係る平均的な標準費用を全て賄えるようにする」という基本的な考え方に照らし、出産費用に施設間格差が生じている現状をどう考えるか
(b)出産育児一時金の支給額の引き上げ後も「出産費用が年々上昇している」現状をどう考えるか
(c)保険適用を含む負担軽減策が「地域の周産期医療の確保」に影響を与えないよう、どのような方策が考えられるか
【妊婦が希望して選択するもの】(オプション部分)
(d)妊婦が希望に応じた出産を行うための環境を整備する観点から、どのような支援の在り方が考えられるか
上記の考え方に沿えば、まず「コア部分」と「オプション部分」との切り分け(コア部分・オプション部分に、それぞれどういった診療行為などが含まれるのかの明確化)を行うことが必要になります。
この点に関連して濵口欣也構成員(日本医師会常任理事)は「出産費用については、地域格差・施設格差が非常に大きい。現在は『標準』が存在せず、各医療機関が工夫を行ってどういった診療・サービスを提供するのかを決定している。『標準的な分娩にかかる診療・サービス』の定義づけに関しては、きわめて慎重に検討する必要がある」との考えを、また佐野雅宏構成員(健康保険組合連合会会長代理)は「出産費用については、地域格差・施設格差がなぜ生じているのかを明らかにする必要がある」との考えを示しました。
こうした点を検討していくためには、「各分娩医療機関が、どういったサービスを、どの程度の費用で提供しているのか」の大規模な調査が必要となり、現在、早稲田大学政治経済学術院の野口晴子教授を中心とした「分娩を取り扱う医療機関等の費用構造の把握のための研究」が進められています。近く、研究結果が報告されます(全国の分娩取り扱い施設を対象にアンケート調査が行われており、3月19日の会合では回収状況報告が行われた)。
関連して、松野奈津子構成員(日本労働組合総連合会生活福祉局次長)は「ニーズの高い無痛分娩について、実態を精査し、標準化→保険適用することで、地域差・施設差を解消していく」ことも同時に検討すべきと提案しました。ただし亀井良政構成員(日本産科婦人科学会常務理事)は「無痛分娩と一口に述べても、その内容は千差万別である。標準化・保険適用論議は時期尚早ではないか」とコメントしています。こちらも議論の行方に注目が集まります。
産科医療機関経営は厳しく、分娩費用が下がれば去らない経営は悪化
また、論点(c)に関して石渡勇参考人(日本産婦人科医会会長)は、▼物価・人件費等の高騰(支出増)、分娩件数の減少等(収入源)により産科医療機関経営は非常に厳しい(2023年度には赤字医療機関が42.4%)▼分娩の費用が1件当たり5万円減少した場合には、さらに2割の医療機関が赤字に転落すると見込まれる▼正常分娩が保険適用となった場合、「分娩取り扱いを止める」または「制度内容により中止を考える」と回答した産科診療所(病院は含まない)が68%である—などの調査結果が報告されました。

産科医療機関の経営状況など1(出産関連検討会1 250319)

産科医療機関の経営状況など2(出産関連検討会2 250319)

産科医療機関の経営状況など3(出産関連検討会3 250319)
「保険適用により最大7割の産科クリニックが分娩診療を取りやめる可能性がある」という調査結果には驚きを禁じえません。石渡参考人は「保険適用された場合、現下の経済状況、医療保険の財政状況に鑑みれば、それほど高い診療報酬点数は設定されない。保険適用により収益がさらに悪化し、経営を維持できなくなる」と考える産科クリニックが多いと分析しています。
もっとも、「どういった制度とするのか(保険適用範囲をどこまでとするのか)、点数をどの程度の水準で設定するのか」などについては「まったくの白紙」状態であり、必ずしも「保険適用=産科クリニックの経営悪化」という構図ができあがっているわけではない点に留意が必要です。佐野構成員もこの点に注意すべきとの考えを示しています。
なお、「どういった制度とするのか(保険適用範囲をどこまでとするのか)、点数をどの程度の水準で設定するのか」などは、社会保障審議会・医療保険部会や中央社会保険医療協議会(中医協)で議論し、検討会では「論点等を整理する」にとどめる点にも留意が必要です(検討会で「保険適用する」あるいは「保険適用しない」などの結論を出すわけではない)。
また、3月19日の検討会では羽藤倫子参考人(日本医師会総合政策研究機構主任研究員)から「先進諸国における分娩費用の取り扱い(医療保障サービスの対象となるか否か)」が紹介されています。▼「妊娠・出産に対する現物給付」が多くの国で実施されている▼多くの国では「妊娠判明後の健診→分娩・産後まで一貫して現物給付の対象」となっている—ことが示されましたが、「国によって、そもそもの医療保障サービスが異なる」ために「国際間の比較」をすることは困難です。

出産費用と医療保障との関係の国威比較1(出産関連検討会5 250319)

出産費用と医療保障との関係の国威比較2(出産関連検討会6 250319)

出産費用と医療保障との関係の国威比較3(出産関連検討会7 250319)
なお、この点に関連して「正常分娩での入院日数の違い」に注目が集まりました。英国(1.6日)やフランス(3.7日)などに比べて、我が国(5.3日)が長い点について「適正化・短縮化の余地があるのではないか」と佐野委員は指摘。ただし、医療提供サイドの構成員・参考人からは▼我が国では産婦の乳房ケアや育児に関する相談も入院の中で実施している(宮﨑亮一参考人:日本産婦人科医会常務理事)▼自宅での育児に円滑につながるような支援を入院中に行っている(濵口構成員)▼アジア人では、脳性麻痺につながりかねない核黄疸が生じやすい。そのピークが出生から5-7日であるため、新生児黄疸が進行して核黄疸に移行する場合には、新生児は医療機関で様子を見る必要がある。なお、これが母児の分断(母親は早期に退院、新生児は入院継続)につながってしまうという問題もある点には留意が必要である(細野茂春構成員:日本周産期・新生児医学会理事)▼英国では短期間で退院するが、すぐに保健師による訪問サポートが行われる(中西和代構成員:ベネッセクリエイティブワークスたまごクラブ前編集長)—などの産科医療の実態を説明し、理解を求めました。そもそもの医療提供体制・医療保障制度などが大きく異なり、単純に入院日数を比較することには大きな意味はなさそうです。
「妊婦の経済的負担軽減」と「産科医療機関の経営維持」をどう両立していくか
ところで、産科医療機関の経営維持、産科医療提供体制の確保という面では「出産費用(例えば保険適用した場合の診療報酬点数など)は高く設定する」ことが必要です。「低い費用で分娩を取り扱ってほしい」となれば、「産科医療機関の収益が下がる→産科医療機関が経営できない→分娩取り扱いを中止する→地域の産科医療提供体制が崩壊する」事態につながるためです。
一方、保険適用論議などの前提としては、上述のように「妊婦の経済的負担を軽減する」ことが極めて重要です。この点、診療報酬点数が高くなれば、例えば「3割負担」も重くなるため、「妊婦の経済的負担軽減」にはつながらないでしょう。
このため、「3割負担分を公費で補填する」ことも検討してはどうか、と提案する構成員もおられます。
もっとも「診療報酬点数を高く設定し、3割負担を公費で補填する」となれば、国民の保険料負担・税負担が重くなりますが、これは自由民主党・公明党・日本維新の会による「現役世代の保険料負担軽減→国民医療費の年間、最低4兆円の削減」方針とは相いれない部分があります(日本維新の会のサイトはこちら)。
佐野構成員や石渡参考人は、こうした点も勘案しながら「正常分娩の保険適用」を検討していく必要があると訴えています。
なお、石渡参考人の示したデータでは「中都市の産科医療機関では若干経営が改善している」状況が見て取れます。田倉智之構成員(日本大学医学部主任教授)、江口恵美参考人(日本医師会総合政策研究機構主席研究員)、石渡参考人は「1つの産科医療機関経営のモデルとできないか、さらに分析する必要がある」との考えを示しています。

産科医療機関の経営状況など4(出産関連検討会4 250319)
このほか3月19日の検討会では「産前から産後までトータルなサービスを妊産婦に寄り添って提供する助産所・助産師について、医療機関と適切な連携を確保しながら、さらなる活躍も推進していく」方向も確認しています。
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