妊産婦の診療に積極的な医師、適切な要件下で診療報酬での評価に期待―妊産婦保健医療検討会
2019.6.6.(木)
妊婦の偶発合併症を積極的に診療する「産婦人科以外の診療科の医師」に対し、経済的なインセンティブ(例えば診療報酬による評価など)を付与することが必要であり、今後、中央社会保険医療協議会で具体的な要件等(妊婦に配慮した診療、産婦人科の主治医との連携など)の議論がなされることを期待する。ただし、その際、ディスインセンティブにならないような工夫を検討する必要がある―。
6月6日に開催された「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」(以下、検討会)で、こういった内容の取りまとめが行われました(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちら)。
取りまとめをうけ、今後、中央社会保険医療協議会などで「診療報酬」に結びつける議論が行われます(関連記事はこちら)。
目次
妊産婦、常に母子手帳を携行し、医師が「妊産婦である」と覚知できるようにしてはどうか
妊産婦の診療については、通常よりも慎重な対応や胎児・乳児への配慮が必要となります。このため診療に積極的でない医療機関が存在することが指摘されています。例えば、妊婦が風邪等で内科診療所などを受診した場合、「薬剤の胎児毒性などに当院は詳しくないため、診療は難しい。産婦人科のクリニックや、産婦人科のある病院を受診してほしい」と要請されるケースもあるといいます。
こうした事態を放置することは許されないため、妊産婦に適切かつ十分な保健医療サービス提供が確保されることを目指し、検討会では、「妊婦」「産婦」への保健・医療のあり方を幅広く議論し、今般、取りまとめに至ったものです。
ここでは「医療の在り方」に焦点を合わせてご紹介しましょう。
出産年齢の上昇に伴って、▼周産期死亡率や妊産婦死亡率が上昇する▼「糖尿病」「甲状腺疾患」などの妊娠と直接関係しない「偶発合併症」が増加傾向にある―ことが学会等のデータから明らかになっています。
偶発合併症の状況については、厚労省が行った緊急調査から、38.4%の妊婦が「産婦人科以外の診療科」(以下、他診療科)を受診していること、受診理由は▼感染症状▼口腔症状▼持病―などが多く、診療科は▼内科▼歯科・歯科口腔外科▼耳鼻咽喉科―などが多いことが明らかになっています。
これらからは、「妊婦への医療提供体制の充実」の必要性が高まっていることが伺えます。
一方、医療提供体制の現状を見ると、▼産婦人科医師の医師数の増加率は低い▼病院勤務の産婦人科医では労働時間が長い▼分娩取扱施設は年々減少している―ことから、産婦人科医の負担が非常に大きくなっていると伺えます。
また厚労省の緊急調査では、「産婦人科医(主治医、かかりつけ医)」と「他診療科医」との連携に大きな課題のあることも分かりました。具体的には、風邪やインフルエンザ、花粉症などで他診療科にかかった場合、「他診療科医師から産婦人科医へ診療情報提供書等が書かれる」ケースは少なく、他診療科を受診した妊産婦の58%で「産婦人科医への情報提供等はなかった」ことが明らかになっています。
こうした状況を踏まえて検討会では、まず妊産婦に対して「常に母子健康手帳(以下、母子手帳)を携帯し、薬局や歯科医院も含めた医療機関等で提示する」ことなどを勧めています。妊産婦自らが自身の状況(妊娠中であることや、授乳中であることなど)を医師・歯科医師・薬剤師等に伝えることで、「妊産婦の特性に配慮した診療」が可能になるためです。
その際、母子手帳に、例えば▼かかりつけ医療機関▼医療機関の受診歴―などの記載があれば、産婦人科の主治医にとっても、偶発合併症を診療する他診療科医にとっても極めて有益な情報となるでしょう。検討会では「本人同意のうえで、任意でこうした情報を母子手帳に記載することは問題ない」旨を周知することを提案しています。ただし、母子手帳には機微情報が記載されることもあり、その開示を厭う人も決して少なくないと考えられ、「記載を実質的に義務付ける」ような動きは好ましくありません。
「産婦人科医と連携し、妊産婦のコモンディジーズ等を診る他診療科医師」の情報共有を
また、妊産婦の医療への円滑なアクセスを確保するために、地域において▼産婦人科施設▼妊婦への診療に積極的な他診療科施設および産婦人科との連携状況―などの情報を一元化し、それを広く提供することも重要です。
さらに、後者の「妊婦への診療に積極的な他診療科」がかかりつけであれば、偶発合併症への対応がより充実するでしょう。検討会では、例えば▼妊娠に配慮した診察・薬の内容について文書を用いて説明している▼妊婦の診察に関する研修等を受けている▼母子手帳を確認している▼産婦人科の主治医と連携している―といった医療機関を「妊産婦の診療に積極的な医療機関」として、子育て世代包括支援センター等の自治体や分娩取扱い施設を通じて、妊産婦に周知することを求めています。
妊産婦の診療に積極的な医師、診療報酬での評価に期待
さらに、こうした「妊産婦の診療に積極的な医療機関」には経済的なインセンティブを与えて、増加・充実を図っていくことが必要です。こうした医療機関が増えれば、妊産婦の選択肢も広がっていくことになります。
2018年度の前回診療報酬改定では、この点を評価するために【妊婦加算】が新設されました(関連記事はこちら)。しかし、「十分な説明なく妊婦加算が算定される」「通常の患者と同様と考えられるコンタクトレンズ処方などでも妊婦加算が算定される」との指摘が患者からなされ、また「妊婦税である」などの偏った意見が大手マスコミ報道等でもなされるようになりました。さらに政治の場でも「妊婦加算の見直し」に向けた議論が行われ、根本匠厚生労働大臣は「妊婦加算の一時凍結」を決断。中医協でも了承され、今年(2019年)1月1日から凍結されています(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
検討会では、この点について「単に妊婦を診察したのみで加算されるような形」での妊婦加算再開は適当でないとし、中央社会保険医療協議会で「要件」「名称」などを含めて検討しなおすことに期待を寄せています。
具体的な議論はこれからですが、上述した「妊産婦の診療に積極的な医療機関」に期待される役割(▼妊娠に配慮した診察・薬の内容について文書を用いて説明している▼妊婦の診察に関する研修等を受けている▼母子手帳を確認している▼産婦人科の主治医と連携している―など)をベースに、要件設定に向けた議論が中医協でなされると予想されます。
妊産婦を診る医師への評価が、ディスインセンティブにならないような工夫を検討すべき
もっとも、例えば「加算」を創設した場合には、それは妊婦への自己負担(3割負担)に跳ね返ってきます。この点について、検討会では「ディスインセンティブにならないような工夫」を行うことも同時に求めています。
上述したように【妊婦加算】への批判の1つに、「患者から見て『通常の診療内容』であるのに、妊婦であるという理由で加算が算定され、自己負担が高くなってしまう」というものがありました。しかし、逆に考えれば「加算が算定され自己負担が高くなったとしても、『妊婦への配慮』が患者自身にも感じられ、診療内容・価格に納得できる」のであれば、ディスインセンティブの度合いは相当小さくなると考えられます。
また、加算が設けられたとして、なんらかの自己負担軽減措置があれば、加算はディスインセンティブにはならないとも考えられます。
前者の工夫は「加算の算定要件」の中で考えることができ、後者の工夫は医療保険制度や公費による補助などで対応することができるでしょう。こうした工夫を様々に考えていくことになります。ただし、医療保険制度の中での自己負担を軽減するとなれば、現在の▼年齢▼所得―に応じた自己負担設定とは別に、「患者の状態」に応じた自己負担設定が必要となるため、他者との不公平感が生じないか(例えば、がん患者や難病患者からも「自己負担は低くしてほしい」という要望が出てくることでしょう)、慎重に検討すべきという意見も検討会では出されています。
さらに検討会では、妊産婦に対する診療の「質」向上などに向けて、▼関係学会や団体などが、他診療科の医師や薬剤師に「妊婦への積極的な診療」実施に向けた研修等を行う▼他診療科の医師や薬剤師が、産婦人科医への相談などを行える体制を地域で構築する―ことなども提言しています。
なお、妊産婦への診療において、最も配慮が必要なテーマの1つに「薬剤の投与」があります。薬剤が胎児に悪影響を及ぼさないか、母乳への影響はないのか、という点を十分に勘案した処方・調剤が必要になります。この点について、国立成育医療研究センター等が中心となり、各都道府県に「妊娠と薬情報センター」の整備が進められており、検討会では▼妊産婦・医師等が使いやすいように周知する▼添付文書の改訂に向けてエビデンスの蓄積を加速する▼オンラインでの相談受付など、アクセスしやすく、迅速に相談結果を受け取れる体制を整備する―ことなどを提案しています。
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