妊産婦の保健・医療はどうあるべきか、2020年度診療報酬改定論議にもつなげる―妊産婦保健医療検討会
2019.2.18.(月)
妊産婦の支援に向けて、公的な保健・医療サービスはどのようにあるべきか―。
こういった議論が厚生労働省の「妊産婦に対する保健・医療体制の在り方に関する検討会」(以下、検討会)で始まりました。
今年(2019年)5、6月を目途に意見がとりまとめられ、その意見は、中央社会保険医療協議会の2020年度診療報酬改定における「妊産婦に対する診療を支援する評価の在り方」論議にもつながります。
目次
妊婦だけでなく、産婦も含めた「あるべき保健・医療の姿」を検討
少子化対策にも関連し、妊産婦が安心して子どもを産み育てられる社会の構築が強く求められています。そこで、厚労省は、▼妊婦健診に対する交付税措置や費用助成▼妊産婦に十分な医療を提供するための周産期医療体制の整備やハイリスク妊産婦への診療の充実―などを進めています。
しかし、妊産婦の診療については、通常よりも慎重な対応や胎児・乳児への配慮が必要となることから、診療に積極的でない医療機関が存在することも指摘されています。例えば、妊婦が風邪などで内科診療所などを受診した場合、「当院では妊産婦の診療は難しい。産婦人科のクリニックや、産婦人科のある病院を受診してほしい」と要請されるケースもあるといいます。
こうした状況を改善するために、中医協で「妊婦を支援する診療報酬」について議論を行い、2018年度の診療報酬改定で【妊婦加算】(初診料や再診料、外来診療料などの加算)を新設しました(関連記事はこちら)。
ただし、「十分な説明なく妊婦加算が算定される」「通常の患者と同様と考えられるコンタクトレンズ処方などでも妊婦加算が算定される」との指摘があり、また「妊婦税である」などの偏った意見が大手マスコミ報道等でもなされるようになりました。さらに政治の場でも「妊婦加算の見直し」に向けた議論が行われ、根本匠厚生労働大臣は「妊婦加算の一時凍結」を決断。中医協でも了承され、今年(2019年)1月1日より凍結されています(関連記事はこちらとこちら)。
あわせて根本厚労相は、「妊婦に対する診療の在り方について、有識者も含めて幅広く議論する」考えも提示し、検討会設置に至りました。検討会では、「妊婦」だけでなく「産婦」も含めた保健・医療のあり方を幅広く議論し、今年(2019年)5、6月を目途に意見を取りまとめます。
さらに、検討会の意見を踏まえ、中医協で「妊産婦の保健・医療体制を支援する診療報酬」について議論し、2020年度の次期診療報酬改定での対応を検討することになります。「妊婦の妊娠の継続や胎児に配慮した適切な診療」「産婦の不安解消なども踏まえた適切な診療」を評価する診療報酬(加算など)の創設が今夏(2019年夏)以降、議論されることとなり、その要件(施設基準や算定要件)を検討する際には検討会意見をベースにする、というイメージが考えられます。
妊婦の偶発的合併症に、一般医療機関も積極的に対応してほしい
2月15日の検討会初会合では、構成員間で自由討議が行われ、さまざまな意見が出されました。
産婦人科医である中井章人構成員(日本産科婦人科学会代議員、日本医科大学多摩永山病院院長)は、妊婦の合併症には、▼妊娠に伴う合併症(産科合併症、ハイリスク妊娠管理加算などでカバーされる)▼妊娠とは直接関係のない合併症(偶発合併症)―の2種類があることを説明。後者の診療は産婦人科だけでの対応には限界があることを指摘し、産婦人科以外の診療科でも積極的な対応が可能となる環境整備に期待しています。
同じく産婦人科医である鈴木俊治構成員(日本産婦人科医会常務理事、葛飾赤十字産院副院長)も、「夜間に具合が悪くなった場合など、遠方にあるかかりつけの産婦人科を受診することがたいへんなケースもあり、近隣の医療機関できちんと診てもらえる環境が整えば、妊産婦は安心できる。また、感染症などでは、産婦人科での対応が困難な場合もあり、(例えば感染症の)専門医療機関において、妊婦の診療を積極的に実施してほしい」と要請しました。
上述した【妊婦加算】は、こうした産婦人科医の要望をも踏まえたものでしたが、批判も強く、凍結に至っています。
この点について中医協の公益代表でもある野口晴子構成員(早稲田大学政治経済学術院教授)は、「診療報酬改定で医療側の行動がどう変わるのか、サービスの水準が向上するのかを検証する良い機会であったが、凍結となってしまった」と感想を述べるとともに、批判の背景には「医療サービスの質向上コストについて、質の評価を十分に行えない患者(妊婦)に負担させた点があったのではないか」と分析しました。ほとんどの患者は医療に関しては「素人」であるため、「自身が受けている医療サービスの質」を評価することができません。このため「医療サービスの質が上がっているか分からないままに、高い価格を支払う(妊婦加算についての患者負担)ことには、十分に納得できなかった」というイメージでしょう。
保険者代表として参画する松本義幸構成員(健康保険組合連合会参与)も、「妊婦への医療提供に当たっては、特別の配慮が必要なことは十分に理解している」と述べた上で、「妊婦加算の算定要件を検討する中で、患者視点が不十分であった」とコメントしています。
また平川俊夫構成員(日本医師会常任理事)も、「妊婦加算への批判の理由を十分に検討していく必要がある」との考えを示しています。平川構成員は「産科医療機関と一般の医療機関との間、産科医療機関と行政との間、産科医療機関と患者・国民との間での情報連携の重要性」も指摘しました。
もっとも検討会では、診療報酬に関する議論を正面からするわけではありません。妊産婦に対する保健・医療はどうあるべきかを中心テーマとして議論を行い、その中で「診療報酬での評価の必要性」に関する付随的な議論を行うにとどまる見込みです(診療報酬改定の論議は中医協で行うことになる)。
妊産婦の多様なニーズを踏まえた相談支援体制が必要
妊産婦を支援する仕組みとしては、例えば▼産前・産後サポート事業(身近に相談できる者がいない妊産婦やその家族に、助産師や保健師、看護師などが相談等にのる)▼産後ケア事業(家族等から十分な家事・育児など援助が受けられない褥婦・産婦、その新生児・乳児に、宿泊(医療機関の空きベッドを活用)・デイサービス・アウトリーチ(訪問)サービスを提供する)―などがあります。また、妊産婦への適切な医療提供を行うために、すべての都道府県に▼総合周産期母子医療センター▼地域周期産母子医療センター―が整備され、さらに第7次医療計画(2018-23年度)では「無産科二次医療圏の解消」に向けた取り組みの強化なども行われています。
しかし、石井和美構成員(知ろう小児医療守ろうこども達の会代表補佐)は、「妊産婦は多くの不安を抱えている。妊産婦を支援する国の制度や施設などもよくわからないのが実際である。普通の妊産婦が、簡単に理解し、納得できる仕組みが望ましい」と要望しています。
また、保健・医療は「人」によって提供されます。この点、井上真智子構成員(浜松医科大学地域家庭医療学講座特任教授)は、産科医・総合医を経験する中で「産科医・総合医の教育」の重要さを痛感し、浜松医大で後進の育成に尽力。「妊産婦への医療提供の在り方についても熟知し、身近で何でも相談できる医師」の育成の重要性を強調。さらに、医師だけでなく「生活、医療の両面で、妊産婦と伴走できる、正確な知識を持った医療専門職」も必要であると井本寛子構成員(日本看護協会常任理事)が指摘しています。人材育成についての議論が展開される可能性もありそうです。
さらに戸矢崎悦子構成員(全国保健師長会総務担当理事、横浜市南区福祉保健センター子ども家庭支援課長)は「妊婦が母子健康手帳(母子手証)を受け取りに来た時点で、『入所可能な保育所』に関する相談もある」ことを、福本怜構成員(下関市保健部長)は「経済的の困窮している妊産婦、精神疾患や精神的な不安を抱える妊産婦も少なくなく、社会的リスクにも配慮した保健・医療体制を整備する必要がある」ことを指摘しており、妊産婦の多様な相談支援ニーズに応えられるような体制も議論される可能性があるでしょう。検討会では、非常に幅広いテーマを議論していきますが、幅広すぎれば議論が拡散してしまう可能性もあります。今般の検討会で、どこまでをテーマとするのか、今後の動向が注目されます。
検討会では、今後、構成員や外部専門家からの意見発表(プレゼンテーション)を踏まえて、妊産婦の保健・医療体制のあるべき姿を検討していきます。
妊婦等対象に、診療で「配慮が不十分」と感じた経験や「配慮してほしい事項」など調査
あわせて厚労省では、「妊産婦の医療や健康管理等に関する調査」も実施します。産科医療機関(500の病院・診療所)を通じて、9000人から1万人程度の妊婦・褥婦(出産後間もない産褥にある女性)を対象に、▼妊娠・出産歴や基礎疾患の有無などの基本属性▼妊娠中の医療機関の受診状況▼妊娠中・産後の診療で「十分配慮されている」と感じた経験▼逆に「配慮が不十分」と感じた経験▼妊娠中・産後の診療で「特に配慮が必要」と考える事項(要望)▼妊娠中・産後の健康管理で留意している事項▼妊娠中・産後の健康管理に関して受けている支援―などを調べます。妊婦等の負担にも配慮し、スマートフォンなどで簡単に回答できるような工夫がなされます。
調査結果は4月にも検討会に報告され、議論の重要な基礎資料となります。
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