出産費用の保険適用には賛否両論、「出産育児一時金の引き上げを待って、医療機関が出産費用引き上げる」との印象拭えず—出産関連検討会
2024.11.14.(木)
「出産費用の保険適用」を考える際には、その目的・メリット・効果予測を明確にするとともに、保険料上昇に関する被保険者・加入者の「納得」が極めて重要である—。
地方ではすでに産科医療提供体制が脆弱になっており、保険適用によって「さらに後退する」ようなことがあってはならない—。
11月13日に開催された「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」(以下、出産関連検討会)では、こうした意見発表が行われました。今後、論点整理等を行い、来春(2025年春)頃の意見取りまとめに向けて議論を深めていきます。
なお、「正常分娩の保険適用」に関しては、出産関連検討会で「論点等を整理する」にとどめ、その後に社会保障審議会・医療保険部会や中央社会保険医療協議会などで具体的な議論が進められる見込みです。
出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)には賛否両論
Gem Medでも報じている通り、我が国では少子化が進行しており、昨年(2023年)には、1人の女性が生涯出産する子の数に相当する合計特殊出生率が全国で1.20、東京都では0.99にまで落ち込むという衝撃的なデータが示されました。
少子化の進行は、「社会保障財源の支え手」はもちろん、「医療・介護サービスの担い手」が足らなくなることを意味します。さらに社会保障制度にとどまらず、我が国の存立そのものをも脅かします(国家の3要素である「領土」「国民」「統治機構」の1つが失われ、日本国そのものが消滅しかねない)。
この方針を踏まえて厚生労働省・子ども家庭庁が出産関連検討会を設置。(1)出産に関する支援等の更なる強化策(医療保険制度における支援の在り方(正常分娩の保険適用など)、周産期医療提供体制の在り方)(2)妊娠期・産前産後に関する支援等の更なる強化—について、来春(2025年春)頃を目途に結論を出すべく、議論を続けています(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちら)。
11月13日の会合では、学識者・法律家・医療提供者・妊婦サイドから意見発表が行われました。この中で注目される「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」に関しては次のような様々な意見が出されています。
▽出産費用の取り扱いは、医療保険制度の中で「現金給付」→「現物給付(傷病の治療と同様の仕組み)+現金給付」→「現金給付」と変遷を遂げている。傷病の治療と同様の仕組みである現物給付が導入された背景には、▼医療体制(産婆)が整ってきた▼給付された現金が出産費用以外のところに使われていた—などの課題があった。それぞれの時代において社会の状況や課題に合わせた改正が行われていた点に留意して、今後の「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」論議を進めるべきであろう(小暮かおり参考人:東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻母性看護学・助産学分野講師)
▽正常分娩について、複数の標準化されたメニューからなる「包括払い」を中心として、保険外診療との併用も一定程度可能とする【出産保険】のような仕組みを構築すべき(包括(標準)A+自由診療、包括(標準)B+自由診療、包括(標準)C+自由診療・・・を妊婦が選択できるようなイメージ)。これにより「安全性の確保」「出産対応の標準化と多様なニーズへの対応」が可能になると期待される。産科以外の診療科では「保険診療」が中心であり、「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」には問題がないと考えられる(井上清成参考人:医療法務弁護士グループ代表、保険医指導監査対策協会会長)
▽地域、とりわけ地方では産科医療機関の閉鎖などが続いている。「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」によって、これに拍車がかかり、産科開業医の生き残りに決定的なダメージが及ぶことを危惧している(前田津紀夫構成員:日本産婦人科医会副会長)(関連記事はこちら)
こうした意見発表に対して、構成員からは▼「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」を議論する中で「無償化」を求める意見もあるが、医療費の財源は公費・保険料であり、結果「すべてを国民が負担している」点を忘れてはいけない(佐野雅宏構成員:健康保険組合連合会会長代理)▼産科では「母体・児の安全」を最優先に考えており、それを確保するためのコストが医療機関にとって極めて大きな負担になっている点を忘れてはならない。「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」により、その点が十分にカバーできるのか議論すべき(亀井良政構成員:日本産科婦人科学会常務理事)▼「安心・安全に出産できる環境を整える」ために、どの程度の費用がかかるのかについて国民的な合意形成が必要である。医療保険制度の中でのお金の配分の話では少子化対策は進まない(前田構成員)▼国が「周産期医療の将来ビジョン」を明示することがまず重要ではないか(濵口欣也構成員:日本医師会常任理事)▼妊婦サイドによる分娩機関の選択が難しい状況が伺え、こうした状況の改善が急務であろう(松野奈津子構成員:日本労働組合総連合会生活福祉局次長)—などのコメントがなされています。
「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」に対しては、肯定的な意見と、否定的な意見とが混在しており、また「保険適用(現物給付化)によって何が良くなり、逆にどういう弊害が出るのか」などの点に関する議論も十分になされておらず、方向はまだ見えていません。今後、これまでのヒアリング結果を整理し、「どういった点について議論を深めていくのか」などの論点整理等が行われます(これまでのヒアリングに関する記事はこちらとこちらとこちらとこちら)。
なお、「出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)」に関しては、出産関連検討会で結論を出すことはできず(論点等の整理にとどめる)、その後の社会保障審議会・医療保険部会や中央社会保険医療協議会などで具体的な議論が進められる見込みです。
「出産一時金の引き上げを待って、医療機関が出産費用を引き上げている」印象
また11月13日の出産関連検討会では、出産費用の見える化をし、国民が「どの産科医療機関等で出産すればよいか」を選択しやすくするための厚労省ウェブサイト【出産なび】の状況報告(関連記事はとこちら)や、出産費用の状況報告が厚労省から行われています。
このうち後者の出産費用については、次のような状況が明らかにされました。
▽出産育児一時金の引き上げ(2024年4月より42万円→50万円)により、正常分娩の出産費用(妊婦合計負担額から室料差額・産科医療補償制度掛金・その他費目を除いたもの)・妊婦合計負担額が大幅に増加し、その後も漸増している
▽正常分娩の出産費用・妊婦合計負担額ともに大きな地域差がある(東京が最も高く、熊本が最も低い)
▽出産育児一時金が出産費用等をカバーできているかをみると、地域差が非常に大きい(例えば東京では室料差額等を除いた出産費用でも、一時金を上回っている(つまり「持ち出し」が生じている)ケースが79%)
▽出産育児一時金の引き上げ(2024年4月より42万円→50万円)により、妊婦の実際の支払額(下図「緑色の棒グラフ」)は減ったが、その後、漸増している
こうした状況に対しては、佐野構成員や松野構成員から「『一時金の引き上げ』を契機に、医療機関が出産費用を引き上げている印象がぬぐえない。『出産費用の見える化』が『出産費用(正常分娩)の保険適用(現物給付化)』論議の大前提である。出産費用の上昇・地域差の要因などを詳細に分析してほしい」との要望が出されています。
また、前者の【出産なび】に関しては、例えば▼妊産婦の認知度は約36%、利用率は約18%▼利用によって「出産費用を把握できる時期」が早まる▼利用者では、出産に関する情報収集・出産費用への満足度などが高くなっている—などの状況報告が行われました。
構成員からは「妊婦が欲している情報の掲載」「産後ケアなども含めた総合出産サポートサイトへの昇華」などを求める声が出ています。もっとも情報拡充等には相応のコストも生じるため、今後の検討事項となる点に留意が必要です。
【関連記事】
「出産費用の保険適用」では保険料上昇への「納得感」醸成が必須、地域の産科医療提供体制の後退は許されない—出産関連検討会
妊婦は「出産費用の軽減」とともに、「出産費用内訳の見える化」「丁寧な情報提供」などに期待—出産関連検討会
「正常分娩を保険適用」により産科医療機関が減少し、妊産婦が「身近な場所でお産できる」環境が悪化しないか?—出産関連検討会
「正常分娩を保険適用すべきか」との議論スタート、「産科医療機関の維持確保」や「保険適用の効果」などが重要論点に—出産関連検討会
高齢者にも「出産育児一時金」への応分負担求める!「全国医療機関の出産費用・室料差額」を公表し妊婦の選択支援—社保審・医療保険部会
「マイナンバーカードによる医療機関受診」促進策を更に進めよ、正常分娩の保険適用も見据えた検討会設置—社保審・医療保険部会