がんゲノム医療の入り口「遺伝子パネル検査」、すべてのがん診療連携拠点病院で実施認めアクセス向上を図っては—がんゲノム拠点病院指定要件WG
2025.6.17.(火)
がん患者の遺伝子情報・臨床情報をもとに「最適な抗がん剤」を選択・投与する【がんゲノム医療】が実施されている—。
主治医の判断で、より早期に「最適な抗がん剤」を選択・投与できる環境を整えるために、一定の場合(最適な抗がん剤が比較的明確な場合など)には「抗がん剤を選択する専門家会議」(エキスパートパネル)の開催省略などを可能としてはどうか—。
より身近にがんゲノム医療を受けられる環境を整えるために、現在、がんゲノム医療中核拠点病院・がんゲノム医療拠点病院・がんゲノム医療連携病院(3類型全体で282施設)でのみ実施可能な「遺伝子パネル検査」を、「すべてのがん診療連携拠点病院」(463施設)で実施可能とすることなどを検討してはどうか—。
6月16日に開催された「がんゲノム医療中核拠点病院等の指定要件に関するワーキンググループ」(以下、ワーキング)で、こうした内容が概ね固められました。近く(6月23日予定)開かれる「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」を経て正式決定し、がんゲノム医療中核拠点病院やがん診療連携拠点病院の指定要件(整備指針)見直しが行われます。
目次
がんゲノム医療の普及が進んでいるが、課題も見えてきた
ゲノム(遺伝情報)解析技術が進み、▼Aという遺伝子変異の生じたがん患者にはαという抗がん剤投与が効果的である▼Bという遺伝子変異のある患者にはβ抗がん剤とγ抗がん剤との併用投与が効果的である―などの知見が明らかになってきています。こうしたゲノム情報に基づいて最適な治療法(抗がん剤)の選択が可能になれば、がん患者1人1人に対し「効果の低い治療法を避け、効果の高い、最適な治療法を優先的に実施する」ことが可能となり、▼治療成績の向上▼患者の経済的・身体的負担の軽減▼医療費の軽減―などにつながると期待されます。
我が国でも、多くの遺伝子変異を一括確認できる「遺伝子パネル検査」の保険適用が進み(関連記事はこちらとこちら)、▼患者の同意を得た上で、患者の遺伝子情報・臨床情報を、「がんゲノム情報管理センター」(C-CAT、国立がん研究センターに設置)に送付する → ▼C-CATで、送付されたデータを「がんゲノム情報のデータベース」(がんゲノム情報レポジトリー・がん知識データベース)に照らし、当該患者のがん治療に有効と考えられる抗がん剤候補や臨床試験・治験などの情報を整理する → ▼がんゲノム医療中核拠点病院・がんゲノム医療拠点病院の専門家会議(エキスパートパネル)において、C-CATからの情報を踏まえて当該患者に最適な治療法を選択し、これに基づいた医療を提供する―という【がんゲノム医療】の実施が始まり、充実・拡大が図られています。
こうしたがんゲノム医療は保険診療の中でも推進され(2019年6月から)、▼D006-19【がんゲノムプロファイリング検査】で「検体を採取し、検査機関などに遺伝子パネル検査を依頼し、その結果をC-CAT(国立がん研究センターに設置される「がんゲノム情報管理センターに登録する」ところまでを評価する▼B011-5【がんゲノムプロファイリング評価提供料】で「C-CATからの解析結果をエキスパートパネルで解釈し、最適な分子標的薬を選定したうえで、患者に説明を行う」プロセスを評価する—という診療報酬設定も行われています(関連記事はこちら)。

がんゲノムプロファイリング検査の評価見直し(2022年度診療報酬改定)
国立がん研究センターは「本年(2025年)3月末(2024年度)時点で、C-CATに登録された患者総数が 10万123例となり、10万例を超える登録データが集積された」ことを明らかにしています。

C-CATへのデータ登録状況
また、こうしたがんゲノム医療は▼がんゲノム医療中核拠点病院(本年(2025年)6月1日時点で13施設▼がんゲノム医療拠点病院(同32施設)▼がんゲノム医療連携病院(同237か所)—で実施されています。

がんゲノム中核拠点病院などの指定状況

がんゲノム医療提供体制
このように個々のがん患者の遺伝子情報に基づいた「最適ながん医療」(がんゲノム医療)が本邦でも着実に進められてきていますが、日本癌治療学会・日本臨床腫瘍学会・日本癌学会からは、例えば▼症例の増加に伴って、各病院のエキスパートパネル(専門家会議)の負担が重くなり、最適な抗がん剤選択までに時間がかかってしまっている(遺伝子パネル検査の対象は「標準治療を終えた患者」等であり、一刻も早い最適な抗がん剤投与が必要だが、この点に問題が出ている)▼がんゲノム医療を実施できる病院は「がん診療連携拠点病院(463施設)の6割」にとどまっており、「がんゲノム医療の患者アクセス」に地域的な不均衡が生じている▼がんゲノム医療中核病院などが患者の臨床情報などをC-CATに登録する負担が大きい—といった課題も指摘されています(厚労省サイトはこちら)。
そこでワーキングでは、がんゲノム医療実施体制について次のような見直しを行ってはどうかとの議論を行いました。
【固形がんのエキスパートパネル(専門家会議)】
(1)主治医の判断のもとエキスパートパネルを実施すべきかどうかについて、「判断可能な症例」の考え方を明確化し、今後の見直しに向けて検討を進めてはどうか
(2)がん患者が参加可能な臨床試験の情報など「C-CAT調査結果に掲載するエキスパートパネルの議論に有用な情報」について、がんゲノム医療中核拠点病院等連絡会議のサブワーキンググループを中心に議論・検討し、C-CAT調査結果の改訂を進めてはどうか
(3)エキスパートパネルを「持ち回り協議で実施し、構成員の意見が一致する」場合には、「リアルタイム開催を必ずしも必要としない」運用となるよう、通知「エキスパートパネルの実施要件について」などの一部改正を行ってはどうか
(4)固形がんを対象とするがん遺伝子パネル検査におけるエキスパートパネルの構成員に関し、関連学会の示す運用について、通知「エキスパートパネルの実施要件について」の一部改正で明確化してはどうか
(5)造血器腫瘍または類縁疾患を対象とするがん遺伝子パネル検査におけるエキスパートパネルの構成員についても、同様に関連学会の意見を参考にしつつ、今後、通知「エキスパートパネルの実施要件について」の一部改正で明確化してはどうか(関連記事はこちら
【がん遺伝子パネル検査を行える施設】
(6)2026年度に改訂を予定している「がんゲノム医療中核拠点病院等の整備に関する指針」の指定要件について、今後、ワーキングで議論する際に、関連学会や医療機関等の意見も参考にしながら、質の高いがんゲノム医療の提供体制の構築を前提としつつ、拡大などを検討してはどうか
【C-CAT入力項目】
(7)関連学会の意見や二次利用者の活用実績等を参考にしながら、がんゲノム医療中核拠点病院連絡会議等において「臨床情報収集項目の見直し」を検討、実施してはどうか
主治医判断で専門家会議を省略し、「より早く最適な抗がん剤治療を行える」環境を整備
まず【エキスパートパネル】について見てみましょう。エキスパートパネルは、▼がん薬物療法の専門知識・技能を持つ複数の医師▼遺伝医学の専門知識・技能を持つ医師▼遺伝医学の専門的な遺伝カウンセリング技術を有する者▼がん遺伝子パネル検査に関連する病理学の専門知識・技能を持つ医師—などで構成され、「C-CATでの分析結果」などを踏まえて「個々の患者にどの抗がん剤を投与することが最適なのか」の候補を決める重要な会議です(中核拠点病院、拠点病院では設置が必須であり、連携病院の一部でも設置が可能)。

がん遺伝子パネル検査の概要
ただし、がんゲノム医療の普及に伴って「エキスパートパネルで検討する症例」も増加し、構成員である医師らの負担が増すとともに、「最適な抗がん剤の選定」までに時間がかかってしまうという問題が生じています。診療報酬のルールでは、がんゲノム医療の入り口となる遺伝子パネル検査は「標準治療を終えた患者、標準治療のない患者」とされており、「最適な抗がん剤の選定」に時間がかかる状況が好ましくないことは述べるまでもないでしょう。血液がん(造血器腫瘍または類縁疾患)を対象とするがん遺伝子パネル検査も拡大する中で、この問題はさらに大きくなっていくことも予想されます。
このため、上記(1)から(5)の見直しを行い、構成員の負担軽減、さらに何よりも「一刻も早く個々の患者の最適な抗がん剤を選択・提供できる」環境整備を狙います(すでにエキスパートパネル開催要件の緩和などが図られているが、さらなる負担軽減→迅速化を目指す)。
このうち(1)では、下表のように「がん遺伝子パネル検査に搭載されている、薬事承認されたコンパニオン診断機能」の結果、「国内で薬事承認されている医薬品(適応内)にアクセス可能」である場合などには、主治医が「エキスパートパネルを開催せず、当該医薬品を投与する」と判断することを認めるものです。「エキスパートパネルの開催」を、「遺伝子パネル検査で適応薬が候補となる場合」などに集約することで、「最適な抗がん剤の選定」までの時間短縮が期待できます。

エキスパートパネル省略可能な症例の考え方(案)
また(3)では、多忙な構成員のスケジュール調整などの手間を省くために、「持ち回り協議で構成員意見が一致する場合には、リアルタイム開催をしなくともよい」とのルールを明確化します。
他方、(4)(5)では、エキスパートパネルの構成員(下表)について、次のようなルールを明確化してはどうかというものです。
(独立した構成員とする)
(ア)がん薬物療法に関する専門知識・技能を有する医師
(ウ)遺伝医学に関する専門的な遺伝カウンセリング技術を有する者
(エ)がん遺伝子パネル検査に関連する病理学に関する専門知識・技能を有する医師
(キ)小児がんに専門的な知識を有し、かつエキスパートパネルに参加したことがある医師(小児症例の場合)
(兼務可能)
・上記ア・ウ・エ・キ以外の者

現在のエキスパートパネル構成員要件
こうした見直し方向にワーキング構成員は概ね賛同。ただし、▼エキスパートパネルが省略され、「治験への紹介を受けられなくなる」「遺伝カウンセリングなどの質が下がる」などの弊害が生じてはいけない。そうした点への配慮もしっかり行うべき(中島貴子構成員:京都大学大学院医学研究科早期医療開発学教授、日本臨床腫瘍学会理事)▼エキスパートパネルが省略された場合でも、「遺伝医学の専門家の目」が何らかの形で入るような仕組みを検討すべきではないか(西垣昌和構成員:国際医療福祉大学遺伝カウンセリング分野教授、日本認定遺伝カウンセラー協会理事長)▼すでに「エビデンスレベルAの場合にはエキスパートパネルを省略できる」との運用見直しが行われているが、レベルAでも注意が必要な場合がある。各病院で「注意が必要な場合には、関係者に情報をフィードバックする」ような仕組みも必要であろう(織田克利構成員:東京大学大学院統合ゲノム学教授)—との注文もついています。
また、土原一哉構成員(国立がん研究センター先端医療開発センターセンター長)は「エキスパートパネルの省略により、患者がより早く『最適な抗がん剤にアクセスできる』ようになる点が重要である。がんゲノム医療の実施に関し、患者・一般市民の声をこれまで以上に反映させていくことも必要となる」と付言しています。
なお、(1)の「一定の場合にエキスパートパネルを省略可能とする」点について、厚生労働省健康・生活衛生局がん・疾病対策課の鶴田真也課長は「(上図表の)要件を満たした場合に、エキスパートパネルを開催してはいけないとするものではない。必要に応じて主治医がエキスパートパネル開催を要請することも可能であり、現場で適切に運用してもらう」との考えを示しています。また、上記見直し案作成にも深く関わった武藤学参考人(京都大学大学院医学研究科医学専攻内科学講座腫瘍内科学教授、日本癌治療学会・日本臨床腫瘍学会・日本癌学会 3学会合同ゲノム医療推進タスクフォース/ワーキンググループ座長)も「エキスパートパネル省略については、ガイダンスなどで丁寧に説明し、構成員諸氏の指摘する懸念が生じないようにすべき」とコメントしています。
がん診療連携拠点病院全体で「遺伝子パネル検査」を実施できる体制を検討
また、(6)は、上述したように、463施設ある「がん診療連携拠点病院」のうち、遺伝子パネル検査を実施できるがんゲノム医療の実施施設は282施設(がんゲノム医療中核拠点病院13、がんゲノム医療拠点病院32、がんゲノム医療連携病院237)と6割にとどまっている点をどう考えるかという問題です(近隣にがん診療連携拠点病院があるが、そこでは「がんゲノム医療」を受けられず、遠方の別のがん診療連携拠点病院に行かなければならない、などの問題がある)。
このため、例えば次のような点の検討を進めてはどうかと厚労省は提案しています。
▽がんの標準治療を実施する施設と位置づけられている「がん診療連携拠点病院」(もしくは小児がん拠点病院、または小児がん連携病院1-A)で、がんゲノム医療(遺伝子パネル検査)を実施できるようにしてはどうか
▽「がんゲノム医療連携病院」の要件の解釈を以下のように見直す
▽遺伝カウンセリングを「他院(がんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院など)と連携して実施できる体制」も許容する
→がんゲノム医療連携病院は、がんゲノム医療中核拠点病院・がんゲノム医療拠点病院と連携体制をとっており、自施設に遺伝カウンセリング提供体制がなくとも「連携するがんゲノム医療中核拠点病院・がんゲノム医療拠点病院の体制」があり、患者の不利益には繋がらないと考えられる
こうした方向そのものに反対する声は出ていませんが、ワーキングでは▼がんゲノム医療実施施設の拡大に伴って「医療の質」が低下しないように留意する必要がある。例えばがんゲノム医療に携わる医療人材の教育・養成体制の充実などもセットで考えなければならない。また「がんゲノム医療を実施できる施設」の拡大によって、施設間格差が生じないように気を付けて、施設要件を設定していくことが重要である(織田構成員)▼他院と連携した遺伝カウンセリングについて「質の確保」を十分に図れるような運用ルールなどを定める必要がある(西垣構成員)▼患者サイドには「がんゲノム医療を実施できる施設」の詳細が見えにくく、分かりやすい情報公開にも力をいれてほしい(若尾直子構成員:がんフォーラム山梨理事長)▼現在、がんゲノム医療中核拠点・がんゲノム医療拠点病院にのみ「第三者認定を受けた臨床検査室を有する」ことが求められているが、がんゲノム医療連携病院、さらにがん診療連携拠点病院、将来的には医療全体に拡大していくべき(平沢晃構成員:岡山大学学術研究院医歯薬学域臨床遺伝子医療学分野教授)—などの提案がなされています。今後の重要論点となります。
これら「がんゲノム医療の実施体制など見直し」方向は、近く(6月23日予定)開かれる「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」に報告されます。そこでの審議を経て、再度、ワーキングで詳細を議論し、「がんゲノム医療中核拠点病院やがん診療連携拠点病院の指定要件(整備指針)見直し」などに繋げられます。
なお、がんゲノム医療の実施体制見直しと併せて「診療報酬での評価を十分に行ってほしい」と土原構成員は要望しています。例えば、B011-5【がんゲノムプロファイリング評価提供料】(C-CATからの解析結果をエキスパートパネルで解釈し、最適な分子標的薬を選定したうえで、患者に説明を行うプロセスを評価)については、「固形がん患者についてD006-19【がんゲノムプロファイリング検査】を行った場合で、得られた包括的なゲノムプロファイルの結果を医学的に解釈するための多職種(がん薬物療法の専門知識・技能を有する医師、遺伝医学の専門知識・技能を有する医師、遺伝カウンセリング技術を有する者など)による検討会(エキスパートパネル)で検討を行った上で、治療方針等について文書を用いて患者に説明した場合に患者1人につき1回に限り1万2000点を算定できる」とされています。
この点、「エキスパートパネルを省略した場合には本点数を算定できない」となれば、「エキスパートパネルを省略しない」→「エキスパートパネルの負担が減らない」→「患者に最適な抗がん剤を提示するまでの時間が伸びてしまう」(治療の機会を逸してしまう可能性もある)という問題が生じます。
こうした診療報酬算定ルールの整理も同時に行ってほしいと土原構成員は要望しており、今後、しかるべき時期に中央社会保険医療協議会などで検討が行われることでしょう。
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