「75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度」、年齢によらず「負担能力」のみ勘案する仕組みへ見直すべきか—社保審・医療保険部会(3)
2025.10.27.(月)
現在の「75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度」を、「年齢によらず負担能力のみ勘案する仕組み」へ見直すべきか?また年齢区分は残すとして「80歳以上を対象とする仕組み」などへ見直していくべきか—。
また、後期高齢者医療制度では「原則として医療費の1割を負担する」が、所得の高い(現役世代並み)後期高齢者では「3割を負担する」こととになっている。この「現役世代並みの所得」の基準については、2006年度から見直されていない一方で、その後、後期高齢者の所得水準が上がっていることなどを踏まえて見直していくべきか—。
10月23日に開催された社会保障審議会・医療保険部会では、こういった議論も始まっています。(同日の2026年度診療報酬改定基本方針論議の記事はこちら、出産費用無償化論議の記事はこちら)。

10月23日に開催された「第201回 社会保障審議会 医療保険部会」
「負担能力のみを勘案せよ」との声もあれば、「高齢者の特性も勘案せよ」との声もある
Gem Medで繰り返し報じているとおり、医療保険財政が厳しさを増しており、今後もさらにその度合いは強くなっていきます。
まず「医療技術の高度化」により医療費が高騰していきます。例えば、脊髄性筋萎縮症の治療薬「ゾルゲンスマ点滴静注」(1億6707万円)、白血病等治療薬「キムリア」(3350万円)などの超高額薬剤の保険適用が相次ぎ、キムリアに類似したやはり超高額な血液がん治療薬も次々に登場してきています。
また、新たな認知症治療薬「レケンビ」が保険適用され、さらに新たな認知症治療薬「ケサンラ」の保険適用も行われました。患者数が膨大なことから、医療保険財政に及ぼす影響が非常に大きくなる可能性があります。
他方、「数億円の薬価」すら予想される、小児の「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」(DND)治療に用いる「エレビジス点滴静注」の保険適用も近く行われる見込みです(関連記事はこちら)。
大企業の会社員とその家族が主に加入する健康保険組合の連合組織「健康保険組合連合会」では、こうした高額薬剤によって超高額レセプトの発生が増加し、医療保険財政を圧迫している状況を強く懸念しています(関連記事はこちら)。
あわせて「高齢化の進展」による医療費高騰も進みます。人口の大きなボリュームゾーンを占める団塊世代が、ついに2022年度から75歳以上の後期高齢者となりはじめ、今年度(2025年度)には全員が後期高齢者となります。後期高齢者は若い世代に比べて、傷病の罹患率が高く、1治療当たりの日数が非常に長く、結果、1人当たり医療費が若年者に比べて3.66倍と高くなります(関連記事はこちら)。このため高齢者の増加は「医療費の増加」につながるのです(医療費は1人当たり医療費×人数で計算できる)。
このように医療費が高騰していく一方で、支え手となる現役世代人口は2025年度から2040年度にかけて急速に減少していきます。
「減少する一方の支え手」で「増加する一方の高齢者・医療費」を支えなければならないために医療保険の制度基盤が極めて脆弱になり、さらに今後も厳しさを増してくと考えられるのです。
このため医療保険制度改革や医療費適正化の取り組みを続け、「医療費の伸びを、我々国民が負担できる水準に抑える」ことが求められています。
10月23日の会合では、「世代内、世代間の公平をより確保し全世代型社会保障の構築を一層進める」点に関するキックオフ論議を行いました。
75歳以上の後期高齢者は「後期高齢者医療制度」に加入しますが、一般に高齢者は所得が低い一方で、医療を多く必要とする(上述参照)ことから、「後期高齢者自身だけの負担で医療費を賄う」ことは困難です。このため、後期高齢者医療制度は▼公費:5割程度▼現役世代からの支援金:4割程度▼高齢者自身の保険料等:1割程度—という財源構成となっています。
高齢者の増加に伴って「現役世代の支援金」負担が重くなり、結果「現役世代の保険料負担」が非常に重くなっていることから、厚生労働省保険局高齢者医療課の日野力課長は、次の2つの点を議論してほしいと医療保険部会に「高齢者医療制度改革の検討」を要請しています。
(1)高齢者の健康状態の変化、所得や経済環境の変化、医療サービスの利用特性等を踏まえつつ、「年齢にかかわらず負担能力に応じて負担するという全世代で支えあう仕組み」の構築の観点、世代内での公平な負担の観点等から、高齢者医療における負担のあり方をどのように考えるか
(2)3割負担となる高齢者の要件である「現役並み所得」の判断基準は2006年から見直されておらず、「改革工程」で「年齢に関わりなく、能力に応じて支え合うという観点から見直し等について検討を行う」とされているところ、現役世代の収入や社会保険料負担が上昇傾向であること等を踏まえてそのあり方をどう考えるか
まず(1)に関連して日野高齢者医療課長は次のようなデータを提示しました。
(a)若年層との比較における高齢者一人当たりの医療費水準は減少傾向にある

1人当たり医療費水準比較(社保審・医療保険部会(3)1 251023)
(b)現役世代に比べて、後期高齢者は「外来診療の受診頻度」が極めて高い

外来受診動向(社保審・医療保険部会(3)2 251023)
(c)70代以降、医療費は高額になるが、自己負担額は低く抑えられている
→「原則1割負担」「高額療養費制度」などの恩恵を強く受けている

医療費と自己負担の関係(社保審・医療保険部会(3)3 251023)
佐野雅宏委員(健康保険組合連合会会長代行)や北川博康委員(全国健康保険協会理事長)、藤井隆太委員(日本商工会議所社会保障専門委員会委員)らは(a)や(c)のデータに着目し「高齢者の状況が5歳程若返っていると考えることができる。医療保険制度全体の年齢区分などを見直して、現役世代の負担軽減を図ってはどうか」との旨を提案しました。
「75歳以上が加入する後期高齢者医療制度」から、例えば「80歳以上が加入する後期高齢者医療制度」へと見直せば、「支援を受ける対象者の数」が少なくなり、その分、現役世代の負担が小さくなると考えられます(ただし、80歳までは主に市町村国民健康保険に加入するケースが多いことから、「高齢加入者が少なく、医療費も少なくすむ被用者保険」(健康保険組合や協会けんぽなど)から「高齢加入者が多く、医療費も多くかかる市町村国保」への拠出(前期高齢者財政調整)が増えると考えられる)。
ほか、▼年齢ではなく「能力に応じた負担」を考える必要があり、そこでは「金融所得」「資産」「被扶養者(子どもや要介護高齢者など)の有無」などを踏まえて負担する仕組みとすべき。また、我が国の医療保険制度は「リスクへの備え」ではなく「医療サービス利用への補助」という仕組みとなっており、「治療の効果」を考える必要がある。具体的には「どれだけ寿命が延びるのか、どれだけ健康を保持できるのか」を考慮すべきであり、同じサービスであっても高齢者における「効果」は現役世代より小さくなる。そうした点を踏まえれば「高齢者に対し、特段に医療機関受診を促す」制度(高齢者で自己負担割合を低く設定する仕組み)には問題がある(中村さやか委員:上智大学経済学部教授)▼高齢者は「所得は少ない」が「資産を多く持つ」ケースもあり、「資産」も勘案した負担を求める仕組みを検討すべき(伊奈川秀和委員:国際医療福祉大学医療福祉学部教授)—との声も出ています。
このように「年齢で自己負担割合などを区分する仕組み」を大きく見直すべきとの意見がある一方で、▼高齢者は、従前よりも若返っているが、「いずれ多くの疾患を抱える」「所得には非常に大きなバラつきがある」という点を考慮することが必要である(城守国斗委員:日本医師会常任理事)▼世代間対立を煽るべきではない(現役世代もいずれ高齢者になる)。所得は少ないままであり、医療の必要性は高いという高齢者の特性は十分に考慮すべきであり、年齢を考慮した仕組みを廃止すべきではない(袖井孝子委員:高齢社会をよくする女性の会理事)—といった「年齢に着目した医療保険制度」維持を求める声もあります。
今後、さらに議論を継続していく必要がありますが、例えば「年齢に着目した仕組み(後期高齢者医療制度)を廃止する」「後期高齢者医療制度の対象年齢を見直す(引き上げる)」となれば、非常に大きな制度見直しをすることとなり、短期間の議論で結論を出すことは難しいかもしれません。今後の議論に要注目です。
また(2)は、現在の後期高齢者医療制度等における「所得に応じた負担」の仕組みをどう見直すかという論点です。
現在の後期高齢者医療制度では、患者の一部負担(医療機関の窓口支い)は「原則として医療費の1割」とされていますが、一定以上所得者では「2割負担」、現役並み所得者は「3割」となっています。
▽一定以上所得(2割負担)の基準
→課税所得が28万円以上かつ「年金収入+その他の合計所得金額」が200万円以上(2022年10月から適用、関連記事はこちらとこちら)
▽現役並み所得(3割負担)の基準
→課税所得145万円以上

後期高齢者の自己負担割合と基準(社保審・医療保険部会(3)5 251023)

前期高齢者でも現役並み所得者の基準を設けている(社保審・医療保険部会(3)9 251023)

2割負担者の基準(社保審・医療保険部会(3)4 251023)
上記でも指摘されているように「所得の高い、負担能力の高い者は相当の医療費を負担してもらう」という合理的な仕組みですが、「現役並み所得(3割負担)の基準は2006年度から見直されていない一方で、後期高齢者の所得は平均で見ると上昇し、高齢者の就業率はあがっている」という課題があり、(2)のように「基準を見直す必要があるのではないか」という論点につながるのです。なお、70-74歳の前期高齢者についても同様の見直しをすべきかが論点に含まれています。

後期高齢者の1人当たり所得額1(社保審・医療保険部会(3)6 251023)

後期高齢者の1人当たり所得額2(社保審・医療保険部会(3)7 251023)

後期高齢者の就業率(社保審・医療保険部会(3)8 251023)
この点については、▼「負担の公平性」確保のために見直しを進めるべき。ただし、現役並み所得者(3割負担者)の医療費には公費が投入されておらず、現役並み所得者が増えれば「現役世代の拠出金負担」が重くなってしまう。こうした点への対応も検討すべき(佐野委員)▼高齢者は「若返って」おり(上記(1)の(a)参照)、見直しが必要である。実際の現役世代には「子供の養育負担」があるが、後期高齢者ではそうした負担は一般にない。そう考えると、現在の現役並み所得の基準は「非常に高い」ものとなっており、生活実態を踏まえて「基準を引き下げていく」(より多くの者を3割負担とする)ことが妥当である(中村委員)—との意見が出ています。
ただし、「生活が苦しく、働かざるを得ない後期高齢者が増えてきている点にも留意すべき」(袖井委員)といった声がある点にも配慮が必要で、こちらも今後の議論の行方を注視する必要があります。
【関連記事】
長期収載品の選定療養について対象・患者特別負担の拡大を図るべきか、OTC類似医薬品を保険給付から除外すべきか—社保審・医療保険部会




