「医師の個別指示待たずに救急救命士がアドレナリン製剤投与する」ことなど認めるべきか—救急外来医療職種在り方検討会(2)
2022.12.28.(水)
「医師の個別指示待たずに救急救命士がアドレナリン製剤投与する」ことなど、救急救命士の業務範囲拡大を認めるべきか—。
先頃開催された「救急医療の現場における医療関係職種の在り方に関する検討会」(以下、検討会)では、こういった議論も行われています。後述する4行為について「一部地域での実証研究を行い、安全性・有効性を検証するか、それとも時期尚早として実証研究は先送りするか」を、来年(2023年)3月まで決定する必要があり、今後も議論が深められます。
救える命を救うため、救命士の業務範囲を安全性・有効性を確認したうえで、順次拡大
救急医療現場における「医師の負担軽減」に向け、改正救急救命士法で「救急救命士が医療機関の『中』で一定の救急業務を行う」(医師等から救急救命士へのタスク・シフティング)ことが認められました。今後、改正法の効果検証を行い、さらなる「タスク・シフティングのさらなる推進」を検討していくことが求められています(関連記事はこちらとこちら)。
一方、これまでの救急救命士による「医療機関の『外』での業務範囲」については、重度傷病者の生命危機を回避するために、順次「拡大」されてきています。
救急救命士の業務範囲がさらに拡大されれば「生命の危機に瀕している患者」に対し、より迅速な処置を行い、「命を救える」可能性が高まると期待されます。一方、安易に業務範囲を拡大すれば「不適切な処置、誤った処置」を誘発し、逆に「生命の危機」を招く危険性もあります。
そこで、救急救命士の業務範囲拡大にあたっては、▼専門家の参画する検討会での検討→▼専門研究班での安全性・有効性に関する研究→▼一部地域での実証研究→▼専門家による最終検討→▼全国展開—という慎重な手続きを経て行われてきています。
現在、さらなる業務範囲の拡大に向けて、(1)心肺停止に対するアドレナリンの投与等の包括指示化(2)アナフィラキシーに対するアドレナリンの筋肉内投与(3)気管切開チューブの事故抜去時のチューブの再挿入(4)自動式人工呼吸器による人工呼吸—の4行為について、救急救命士が行うことへの是非について研究・検討が行われています(4行為はさらなる検討が必要とされるカテゴリーIIに位置付けられている)。本年度内(2023年3月まで)に「4行為について、実証研究を行って安全性・有効性を確認すべきか、時期尚早として実証研究は先送りとすべきか」などを判断することが求められています。
(参考)
▼カテゴリーI:新たな研究や検討会による審議を追加しなくても救急救命処置として追加、除外、見直すことが望ましいと判断する
▼カテゴリーII:救急救命処置として追加、除外、見直すためには厚生労働科学研究班等による研究の追加もしくは検討会等による審査によるさらなる検討が必要と判断する
▼カテゴリーIII:救急救命処置として追加、除外、見直すことが現時点では適当ではないと判断する
検討会には、4行為に関する研究班(「救急救命士が行う業務の質の向上に資する研究」研究班)の代表者である坂本哲也参考人(日本救急医学会代表理事、帝京大学医学部救急医学講座教授)から、現在の研究状況が報告されました。
まず(1)は、▼乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液▼エピネフリン(アドレナリン)の投与▼食道閉鎖式エアウエイ、ラリンゲアルマスクによる気道確保—について、より迅速な現場での実施を可能とするために、「医師による都度の具体的な指示下で行わなければならない特定行為」から「医師の包括的指示下で実施可能な行為」へと移管すべきか否かというテーマです。特定行為では電話で指示を仰ぐため、どうしても「数分の時間」がかかります。一刻を争う救急現場からは「数分の短縮が極めて重要である。特定行為指定を解除し、現場判断で迅速にアドレナリン投与などができるようにしてはどうか」との提案がなされているのです。
これまでの研究では、▼92%で医師は介入せず救命士の判断が受け入れられたが、8%では傷病者の基礎疾患の状況、死体現象の出現が疑われる状況などを踏まえて「特定行為の差し控え」を指示・助言した▼プロトコール違反などの誤りを医師が修正した事例は確認できなかった▼救急救命士の経験年数による医師介入率の差は確認できなかった—ことが判明。
坂本参考人は「効果(迅速な実施)と安全性(予期せぬ事態の有無)を評価するために、 実証研究を一部地域で行ってはどうか」「実証研究にあたっては、十分な症例数を確保すること、メディカルコントロール体制(MC体制)を十分に確保した地域で実施する必要がある」との考えを示しています。
また(2)は「傷病者が発症時に処方されたエピペンを持っていない、エピペンの処方をうけていない場合にも、アドレナリン投与(エピペンあるいはアドレナリン製剤)を認めてはどうか」という内容です(傷病者がすでに医師から処方されたエピペンを所持している場合には、救急救命士がそれを投与することが既に認められている)。
この点、学会ガイドラインに沿って「当該患者がアナフィラキシー状態か否か」「当該患者にアドレナリン製剤を投与すべきか」を判断するための観察カードを用いて、「救急救命士の判断が、医師の判断とどれほどマッチするか」を研究したところ、12.5%で「アナフィラキシー状態でなく、アドレナリン製剤を投与すべきでない」患者にも「アドレナリン製剤を投与すべき」との判断ミスが生じたことが分かりました。
この背景には、「救急救命士において、アナフィラキシーを判断するための必要な知識が不十分である」ことが伺えますが、一方で「研究のベースになった『観察カード』の完成度が低い」という事情もあります。
そこで坂本参考人は、今後、▼アナフィラキシー判断の知識を向上させるための講習プログラム設定、観察カードの改善を行ったうえで、再度、上述の研究を行う▼次いで、実際の患者を対象として「判断」の妥当性を実証研究する(アドレナリン製剤の投与までは行わず、「投与すべきか否か」を現場で判断してもらい、それが医師判断とマッチするかを検証する)▼エラー・ミスを避けるため、医師の具体的な指示下で行う「特定行為」にまず位置づける—など考えを示しました。
一方、(3)は「在宅療養中の患者において、気管切開チューブ (気管カニューレ)が何らかの原因で誤って抜去された場合に、救急救命士が再挿入する」行為を業務範囲に含めるべきか否かという内容です。
この点、当該事例の頻度が極めて少ない(2014-18年、札幌市、仙台市、東京消防庁、高槻市という大都市でも3事例(うち2件が心肺停止)しか報告されていない)ことから、「実証研究を行ったとしても、事例が集積されず安全性・有効性を確認することができない」という結論に至るものと考えられます。
さらに(4)の「自動式人工呼吸器による人工呼吸」は、すでに「救急隊員」による実施は可能ですが、上位資格とも言える「救急救命士」による実施は法令上、認められていません。
坂本参考人は「すでに救急隊員であれば実施できる行為であり、救急救命士による実施も問題なく、さらなる実証研究を行う必要はない」との考えを明らかにしています。
今後、本検討会で議論を深め、「一部区域で実証研究をすべきか否か」を年度中(2023年3月末まで)に決定することになりますが、加納繁照構成員(日本医療法人協会会長)や植田広樹構成員(日本臨床救急医学会評議員)、深澤恵治構成員(チーム医療推進協議会)らは「救える命は救うという視点で検討し、患者にとって有益な行為は、安全性・有効性を確認したうえで救急救命士の業務範囲に含めていくべき(拡大していくべき)」とコメントしています。
なお、経済財政諮問会議の下部組織である国家戦略特区ワーキンググループでは「4行為以外にも業務拡大を検討すべき」(例えばいエコーを含む非侵襲の検査など)との提案もなされており、今後、議論の俎上に上がる可能性もあります。
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