高齢者にも「出産育児一時金」への応分負担求める!「全国医療機関の出産費用・室料差額」を公表し妊婦の選択支援—社保審・医療保険部会
2022.11.11.(金)
子育て世代支援のため、「出産育児一時金」について大幅な増額を行う—。
その際、一時金の費用は「74歳未満の現役世代で負担する」仕組みとなっているが、後期高齢者を支える次世代を育成する視点に立ち「75歳以上も含めて全世代で負担」する仕組みに改める(75歳以上の後期高齢者にも応分の負担を求める)—。
さらに、全国の医療機関について「出産にかかる費用がどの程度なのか」(差額ベッド代なども含めて)、「無痛分娩を行っているのか」などの情報を国民が一覧できるように公表する—。
11月11日に開催された社会保障審議会・医療保険部会において、こうした議論が行われました。見直し方向に異論は出ておらず、今後、細部を詰めていくことになります。
目次
来年(2023年)4月から、出産費用を補填する「出産育児一時金」を大幅に引き上げ
Gem Medで報じているとおり、全世代型社会保障検討会議の指示を受け、医療保険部会で「医療保険改革」論議が始まりました(関連記事はこちら(世代間・世代内の負担の公平)とこちら(簡易なオンライン資格確認等システム)とこちら(医療費適正化計画)とこちら(キックオフ会合))。
11月11日の会合では「出産育児一時金の見直し」を議題としました。次の3つの見直しを検討します。
(1)金額の大幅な引き上げ
(2)全世代で幅広く費用を負担する仕組みへの見直し
(3)出産費用の見える化
まず「出産育児一時金」についてお浚いをしておきましょう。正常分娩は「傷病」ではないことから、療養の給付の対象となりませんが、医療保険者(健康保険組合、協会けんぽ、国民健康保険など)から、出産に要する経済的負担を軽減するための「出産費用を補填する一時金」(出産育児一時金)が交付されます。
現在は42万円(うち40万8000円が妊婦本人に支給され、1万2000円が産科医療補償制度の掛金に充当される)が支給されていますが、「実際の出産費用を賄えないケースが少なくない(東京都では室料差額を除く平均出産費用額が56万5000円、後掲の図表参照)。少子化対策の一環として、出産に要する妊婦・家族の経済的負担をさらに軽減する必要がある」として、(1)の「金額の大幅引き上げ」方針が決まっています(来年(2023年)4月から引き上げ)。
ただし、実際にどの程度引き上げるのかは「国や自治体の予算、医療保険者の保険料にも大きく関係する」ために、最終的には年末の予算編成過程の中で詰めていくことになるでしょう。後述するように「そもそもの大幅引き上げの財源をどう考えるのか」についても、今後詰めていく必要があります。
再来年(2024年)4月から、出産育児一時金の費用の一部を後期高齢者にも求める
この出産育児一時金の財源は「医療保険者(健保組合や協会けんぽ)の保険料と公費」ですが、2008年度に「75歳以上の後期高齢者医療制度」が創設された際に、「75歳以上は負担をしない」仕組みへと改められました。
しかし、▼一時金額の大幅な引き上げがなされる点▼少子高齢化が進展する中で「現役世代の負担」が非常に重くなっている点▼後期高齢者は現役世代に支えられており、支え手となる次世代育成を目的とする出産育児一時金の費用・財源について、後期後期高齢者にも応分の負担を求めることが合理的である点—などを考慮し、「75歳以上の後期高齢者にも応分の負担を求める」仕組みへと改めてはどうかとの検討が行われているのです。
11月11日の医療保険部会には、厚労省から次のような考え方が提示されました。
▽出産育児一時金の財源の一部を後期高齢者医療制度でも負担する
▽財源(後述する7%)は「後期高齢者の保険料」で賄うこととし、各医療保険者(健保組合、協会けんぽ、国民健康保険など)の出産育児一時金支給額に応じて按分する
→「見込み額」に応じて概算払いを行い、事後に「確定額」に応じて調整(精算)を行う
▽後期高齢者の負担は再来年(2024年)4月からスタートする
最も気になる、「後期高齢者が負担する出産育児一時金の財源の一部」については「対象金額の7%としてはどうか」との考えが厚労省から示されましたがが、不確定要素が大きく、現時点で「全体で●●億円、1人当たりに換算すると●●円になる」と計算することはできません。
まず「7%」については、「現在、保険料全体の7%を後期高齢者が負担しており(医療費は、公費・保険料・自己負担で賄われるが、このうち保険料については現役世代が93%(24兆4000億円)、後期高齢者が7%(1兆7000億円)を負担している)、出産育児一時金についても、この按分率で財源を負担してもらう」こととして提案されました。合理的な考えと言えます。
一方、「対象金額」については、「出産育児一時金(うち保険料負担分)の全体」とするのか「出産育児一時金の一部」にとどめるのかがまだ決まっていません。今後、詰めていくことになります。
なお、2019年度時点では、「出産育児一時金(うち保険料負担分)の全体」は「3685億円」程度となります(下表から国費負担分を除いて計算)。したがって、仮に対象金額を「出産育児一時金(うち保険料負担分)の全体」とした場合には、後期高齢者医療制度が負担する7%は「258億円」程度となります。また、対象金額を「出産育児一時金(うち保険料負担分)の50%」とした場合には、後期高齢者医療制度が負担する7%は「129億円」程度となります。このように計算された金額を、75歳以上高齢者が1人1人の所得に応じて負担していくことになります。単純に考えれば、出産育児一時金の分、75歳以上後期高齢者の医療保険料が高くなります。
もっとも、後期高齢者医療制度については、ほかに「保険料賦課限度額の引き上げ」「所得割・均等割りの見直し」なども検討されています(関連記事はこちら)。上述した「出産育児一時金の費用負担」も含めると、「大きな負担増になる高齢者」が出現すると考えられ、「過重な負担」にならないよう、改正内容全体を踏まえて「出産育児一時金のどの程度について負担を求めていくか」を今後検討していくことになるでしょう。このため、現時点では「1人当たり、どの程度の負担増になる」のかを推測することができないのです。
こうした見直し案に異論は出ていませんが、(1)の一時金額引き上げ(2023年4月)と(2)の全世代で支える仕組みへの見直し(2024年4月)との間には1年間のタイムラグがあります。このため佐野雅弘委員(健康保険組合連合会副会長)らは「本来、(1)と(2)は同時に行うべきである。やむを得ずタイムラグが生じる場合には、現役世代の負担増(2023年度には(1)の大幅引き上げの財源を現役世代のみで負担することもあり得る)を緩和するための財源措置を検討すべき」と要望しています。
この点について、(1)の大幅引き上げを「現役世代の保険料のみで対応するのか」「公費(税金)のみで対応するのか」「現役世代の保険料と、公費とで分担して対応するのか」という議論も絡み、複雑な検討・調整が今後行われていきます。
来年(2023年)4月から、出産費用を補填する「出産育児一時金」を大幅に引き上げ
次に(3)の「出産費用の見える化」を見ていきましょう。
上述のように、正常分娩は「傷病」ではないため「自由診療」となり、医療機関が独自に金額(出産費用、室料差額)などを設定しています。したがって、厚生労働省が「〇〇円とせよ」と指示することはおろか、目安を示すこともできません(独占禁止法に抵触する恐れがある)。
しかし、医療機関によって、また自治体によって出産費用に大きなバラつきがあることから、妊婦が分娩医療機関を選択する際に「分かりにくい」状況になっていると指摘されます。
そこで厚労省は、全国の分娩医療機関における出産費用等の情報を公表する考え方を提案しました。例えば、次のような情報が個別の医療機関ごとに公表されます。
(a)出産費用等
▼平均入院日数
▼出産費用の平均額(妊婦合計負担額から、「室料差額」「産科医療補償制度」「その他」「無痛分娩管理料」を除いた額)
▼室料差額の平均額
▼無痛分娩管理料の平均額
▼妊産婦合計負担額の平均額
(b)室料差額、無痛分娩等の取り扱いの有無
(c)分娩に要する費用および室料差額、無痛分娩等の内容(価格等)の公表方法
このうち(a)は、審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金、都道府県の国民健康保険団体連合会)が保有する「直接支払制度」(産前に被保険者等と医療機関等が契約し、医療機関が保険者から直接一時金を受ける仕組み、妊産婦の手間が省けるため全体の9割程度が利用)の専用請求書の内容から国が把握することになります。一方、(b)(c)については、個別医療機関から届け出を求めることになります。
なお、「直接支払制度」を一切行っていない医療機関は、今回の情報公表制度の対象外となる見込みです。
この「見える化」方向には「医療機関選択のために非常に重要である」と高い評価がなされていますが、「費用だけでなくサービス内容(例えば院内助産を行っているのか?など)についても情報公表を行うべき」との注文が秋山智弥委員(日本看護協会副会長)や池端幸彦委員(日本慢性期医療協会副会長)らからついています。将来的な検討課題の1つになるでしょう。
一時金に内在する課題を解決するために「正常分娩を療養の給付に組み込め」との提案も
このように、出産育児一時金に関する(1)(2)(3)の見直し案は、医療保険部会委員に好意的に受け止められていますが、次のような指摘も出ています。
▼出産育児一時金の大幅引き上げが行われたとしても、医療機関が出産費用を引き上げれば、その効果は減殺(例えば、一時金が5万円引き上げられても、医療機関が出産料金を5万円引き上げれば、妊婦の負担軽減効果はゼロ)されてしまう。出産費用の動きを注視し、将来的な「一時金の在り方」を検討することも重要である(井深陽子委員:慶應義塾大学経済学部教授)
▼出産育児一時金の引き上げが「少子化に歯止め」をかけるものとなるのだろうか?一時金引き上げの効果を十分に検証とするとともに、「なぜ子供を持たないのか」の原因を詳しく分析し、より適切な対応を検討すべき(袖井孝子委員:高齢社会をよくする女性の会副理事長、村上陽子委員:日本労働組合総連合会副事務局長)
前者の指摘は、一時金に内在する課題と言えます。出産費用は上述のように「自由価格」であるため、一時金が上がった分、出産費用を引き上げる医療機関が少なからず現れることは想像に難くありません。この場合、「妊婦の経済的負担を軽減する」ことはできなくなります。また違法ではないため、これを止める術はありません。
このため菊池馨実部会長代理(早稲田大学理事・法学学術院教授)や安藤伸樹委員(全国健康保険協会理事長)らは「正常分娩も療養の給付の対象に入れ、全国一律の診療報酬を設定してはどうか」と提案しています。診療報酬と異なる料金を保険医療機関が設定することはできなくなります。また正常分限が保険適用(療養の給付への導入)されれば、保険外の自由診療で正常分娩が行われるケースは非常に少なくなるでしょう。ここに、「小児の医療費補助」と同様に、妊婦の自己負担に対する補助を組み合わせることができれb、出産にかかる費用を適切に、かつ効果的に軽減することが可能となります。将来に向けた極めて重要な提案ですが、「療養の給付」「保険診療」の考えを大きく見直すことにもつながるため、様々な角度からの慎重な議論が必要となりそうです。
また後者は、従前より各所で指摘されている事項です。出産育児一時金の引き上げで「出生率がどれほど向上する」のか、今後、データをもとにしっかりと検証する必要があります。
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