若年発症肺腺がんの一部ではBRCA2遺伝子やTP53遺伝子の遺伝的要因(遺伝子異常)が関与—国がん他
2025.7.11.(金)
若年発症肺腺がんの一部ではBRCA2遺伝子やTP53遺伝子の遺伝的要因(遺伝子異常)が関与している—。
こうした遺伝的要因のある肺腺がん症例では、腫瘍組織に特徴的な変化が見られ「分子標的治療」の対象となり得る—。
国立がん研究センター、愛知県がんセンター、東京大学医科学研究所、神奈川県立がんセンター、福島県立医科大学、秋田大学、信州大学、群馬大学、滋賀医科大学、日本赤十字社医療センター、慶應義塾大学医学部、国立健康危機管理研究機構、国立循環器病研究センター、立精神・神経医療研究センター、国立長寿医療研究センター、国立成育医療研究センター、東京科学大学、日本医科大学の研究グループが7月9日に、こうした研究成果を公表しました(国がんのサイトはこちら)。新たな治療法の開発につながることが期待されます。
若年発症の肺がん、生殖細胞系列病的バリアントにも注視して診療することが重要
肺がんは、我が国では、1年間に約12万人が診断されるなど、男女計で2番目に多いがんです。肺がん患者は40代から増加しはじめ、年齢が高くなるほど罹患率が高くなる傾向があります。
また、1年間に約7万5000人が肺がんで死亡しており、男女計で「がん死亡のトップ」を占めています。肺がんによる死亡率は50代から増加しはじめ、年齢が高くなるほど死亡率は高くなっています。
肺がんの中で最も頻度が高い「肺腺がん」は、驚くことに「非喫煙者が約半数を占め」ており、喫煙以外の危険因子の存在が疑われていますが、遺伝的要因との関連性についてはこれまでほとんどエビデンスがほとんどありません。
また、40歳以下で肺腺がんを発症する若年発症例は、肺がん患者全体の1%未満と「稀」ですが、進行期で発見される場合が多く、予後不良です。
そこで研究グループは今般、「肺腺がんの若年発症」に着目し、生殖細胞系列病的バリアントの解析を行うことで、肺腺がんにおける遺伝要因の関与を調べました。
具体的には、日本人の肺腺がん症例について、血液DNAを対象に全ゲノム・全エクソームシークエンス解析(ヒトの血液やがん細胞の遺伝子配列を読み取る解析手法)を実施し、「若年発症例(40歳以下)」と「非若年発症例(41歳以上)」で生殖細胞系列病的バリアント(言わば遺伝子の異常)を比較しました。さらに、▼一部の症例について、がん組織のDNAを解析し「体細胞変異の頻度」や「相同組み換え修復機構」の破綻を調べる▼肺腺がん患者と非がん患者の血液DNAを用いてゲノム解析を行い、新たな生殖細胞系列病的バリアントを探索・同定する—ことも実施しました。
その結果、次のような点が明らかになりました。
【若年発症肺腺がんの発生に関わる既知遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントの同定】
▽TP53遺伝子はリー・フラウメニ症候群(幼少期から様々ながんを発症)の、BRCA2遺伝子は遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)の原因遺伝子として知られているが、両者はさらに「若年発症肺腺がんの要因」でもあると示唆される
→1773例の肺腺がんについて、「若年発症例」(348例)と「非若年発症例」(1425例)の血液DNAを比較した結果、「若年発症例ではTP53遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント陽性症例が多い」ことが分かった
・TP53遺伝子:若年発症例で2.9%、非若年発症例で0.14%
・BRCA2遺伝子:若年発症例で1.7%、非若年発症例で0.21%

肺腺癌症例で検出された生殖細胞系列病的バリアント(遺伝子異常)
【BRCA2 遺伝子の病的バリアント(遺伝子異常)を有する肺腺がんの特徴】
▽BRCA2遺伝子の病的バリアント(遺伝子異常)を有する肺腺がんで「PARP阻害剤」による治療が有効である可能性が示唆される
(参考:本邦で保険適用されているPARP阻害剤)
・リムパーザ錠(一般名:オラパリブ)
・ゼジューラ錠(一般名:ニラパリブ)
・ターゼナカプセル(一般名:タラゾパリブ)
→生殖細胞系列病的バリアントを有する症例(14例)に発生した肺腺がんの体細胞変異(後天的に生じる遺伝子変異)の特徴を調べたところ、「BRCA2遺伝子の病的バリアントを有する肺腺がんの腫瘍組織」で、乳がん、卵巣がんなどでみられる「相同組み換え修復機構の破綻」が3例中2例で観察された
→BRCA2遺伝子変異を持つ乳がん・卵巣がんに対してはDNA修復経路を標的とする「PARP阻害剤」による治療が有効である

生殖細胞系列病的バリアントを有する症例の腫瘍で見られる体細胞遺伝子変化
【若年発症肺腺がん症例の腫瘍組織におけるドライバーがん遺伝子変異】
▽若年発症例では、分子標的治療の効果の高いALK融合遺伝子やRET融合遺伝子の陽性例が多く存在した(これらの遺伝子を標的とする分子標的薬が奏功する可能性あり)
(参考)
・ALK阻害薬:▼ザーコリカプセル(一般名:クリゾチニブ)▼アレセンサカプセル(一般名:アレクチニブ塩酸塩)▼ジカディア錠(一般名:セリチニブ)▼ローブレナ錠(一般名:ロルラチニブ)▼ブリガチニブ錠(一般名:アルンブリグ)
・RET阻害薬:レットヴィモカプセル(一般名:セルペルカチニブ)
→肺腺がんの若年発症例(57例)と非若年発症例(1280例)の腫瘍組織を用いて全エクソンシークエンス解析を行った結果、がん細胞に生じているドライバーがん遺伝子変異の分布は、両者で大きく異なっていた

肺腺がん組織におけるドライバーがん遺伝子変異の頻度
【肺腺がんの若年発症に関わる新たなリスク遺伝子の同定】
▽「DNA修復に関わる遺伝子ALKBH2の機能欠失型バリアント」が、肺腺がんの若年発症リスク(オッズ比=2.26)となることが示された
→肺腺がんの若年発症例における生殖細胞系列病的バリアントを調べるため、肺がん症例(1万302名)と非がん症例(7898名)を対象に遺伝性腫瘍やDNA修復メカニズムに関連する450の遺伝子を解析する症例対照研究を実施
これらの研究結果から、「遺伝的要因」が肺腺がんの若年発症に関わっていることが明らかになり、研究グループでは「若年発症の肺腺がん症例では、環境要因だけでなく生殖細胞系列病的バリアントにも注視して診療することが重要である」「遺伝的要因のある肺腺がん症例では、腫瘍組織に特徴的な変化が見られ、分子標的治療の対象となり得る」とコメントしています。
今後、遺伝性腫瘍患者の抱える課題等を共有し「遺伝医学の知見を踏まえた新しいがん医療を築く」必要性があります。
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