新たな病院職員「ファシリティドッグ」、小児患者に「また明日」の希望を
2017.3.27.(月)
「ファシリティドッグ」という職種の病院職員をご存知ですか。小児がんなどで入院する子どもたちの治療を支えるため、専門的に育成された働く犬のことです。「苦手な薬や食事を口にできるようになった」「怖い検査や手術を受ける後押しになった」など、その有用性が証明されつつあります。
国内で初めてファシリティドッグを導入した「静岡県立こども病院」の瀬戸嗣郎院長は、ファシリティドッグの役割を高く評価。長期入院などで過度なストレス下にある子どもたちが、希望を持つきっかけになるためです。子どもたちがファシリティドッグに対して、「また明日もきてね!」と言えるようになることで、未来へ向けて今を生きる活力が蘇ると、瀬戸院長は指摘します。
目的は「触れ合い」ではなく「医療行為の補助」
ファシリティドッグは、海外では病院のほか特殊学級などの教育機関、裁判所など特定の施設に常勤して活動します。国内で展開するのは、独自の「心のケア」のためのプログラムを全国のこども病院や小児病棟に提供する「NPO法人シャイン・オン・キッズ」(SOK)。ファシリティドッグは、同法人のプログラムの一つという位置付けで、小児施設での展開に特化し、静岡県立こども病院および「神奈川県立こども医療センター」の2病院で採用されています。
ファシリティドッグは、臨床経験のある医療従事者(ハンドラーと呼ばれています)と共に活動します。ファシリティドッグとハンドラーは、厳格な審査・試験を経て、60種類以上の指示(コマンド)を通じて双方コミュニケーションを取りながら活動します。具体的な活躍の場面としては、以下の通り多岐に渡ります。
- 手術室までの移動の付き添い
- ベッドでの添い寝
- 薬が飲めない子どもの応援
- 最期を看取るときの同席
- 食事が食べられない際の手伝い
- 腰椎穿刺処置中の付き添い
- 麻酔が効くまでの付き添い
- 歩行リハビリテーションの同行
- 患者家族のケア
- 電子カルテ閲覧、記入
- 緩和ケアチームへの所属
- カンファレンス・院内会議への出席
これらファシリティドッグの活動は、動物介在療法(AAT: Animal-assisted therapy)の一環として行われています。動物介在療法は 医療従事者の主導のもと、医療の現場で専門的な治療行為として行われる動物を介在させた補助療法です。上記の具体的な活動からも分かるように、動物と触れ合うコミュニケーションやレクリエーションとは明確に異なります。
病院が導入を躊躇する3つの理由
日本に初めてファシリティドッグが導入されたのは2010年1月のこと。一般的な感覚では、「病院で働く犬」には違和感を覚えます。実際、ファシリティドッグの展開当初、興味こそあるものの、いざ導入となるとほとんどの医療機関は受け入れを拒否しました。その理由は大きく3つ。まず、犬を媒介とした感染症の恐れです。次に犬アレルギーの問題。最後に、普段は大人しくても、急変して子どもに噛み付くなどの外傷につながる可能性です。
静岡県立こども病院に話がきた際も、多くのスタッフは導入に後ろ向きでした。ところが、動物好きな当時の麻酔科診療科長が幹部会議の席で、「実験的に、とりあえず入れてみませんか。不具合があるかどうかは、やってみないと分かりませんから」と提案。院内の医師や看護師たちを説得して周り、「まずは病棟には入れず、看護師が許可を与えた患者のみ病棟の入口で接する」という制限付きで、日本初となるファシリティドッグの取り組みがスタートしたのです。
日本初のファシリティドッグである「ベイリー」(現在は神奈川県立こども医療センターに勤務)は、非常に穏やかな性格で、すぐに問題のないことが分かりました。2、3か月後にはほとんどの病棟に入ることが許可され、ベッドの上で安静状態の子どもとの添い寝、手術室に行くのを不安がる子どもに同行し、鎮静剤をかけられるまで付き添うなど、急激に活動の場が広まりました。
現在は2頭目となる「ヨギ」が勤務し、曜日を決めて各病棟のプレイルームなどを巡回するほか、予約制で各病室を訪れる個別対応もしています。個別対応は、意識はあるが寝たきりの子どもや集中治療中の子どもからの依頼が多く、ほかにも痛かったり、MRIなど子どもが怖がる検査の付き添いなどの依頼も多いと言います。
院内に「生活の場」を
瀬戸院長は、2011年10月に着任した当時を次のように振り返ります。
「日本の病院は医療のレベルこそ高いかもしれませんが、患者に対する気配りの面で優しさが足らない。『病気を治す施設』としか思っていないのではないかという問題意識があります。それは、患者のみならず、病院で働く医療者に対してもそうです。特に、先進的な高度医療を提供する専門病院は長期入院患者が多い。そうした病院が殺伐としており、そこに子どもたちが入院しているのは、医療者として、とても残念に思っていました。
『人が生活する場所』という視点で院内環境を見直すことができれば、患者の治療効果も上がり、職員の生産性も向上するはず。そんなことを考えている時にファシリティドッグの存在を知りました。何の問題もなく、ファシリティドッグの存在が子どもたちの役に立ち、職員の癒やしになっている。これは素晴らしいことで、今まで以上に推進していこうと思いました」
その後、瀬戸院長はファシリティドッグのほかにも「クリニクラウン」(臨床ピエロ)などのコンテンツによるソフトの側面から、また施設を「生活の場」に近づけるためプレイルームの充実などハードの側面から、院内の療養環境の改善に務めてきました。ファシリティドッグに関しては、導入後7年以上、感染事故などの問題は報告されておらず、瀬戸院長は「有用性と安全性が完全に証明されました」と太鼓判を押します。
ただ、ファシリティドッグは現在、国内で2事例のみ。資金面と社会的な理解と認知が進んでいないことから、まだまだ普及には至っていません。瀬戸院長は、ファシリティドッグの有用性を次のように説明します。
「最大のポイントは、愛犬家がたまに訪問するというものではなく、職員として毎日病院に来るということです。
専門病院に入院するような子どもたちの不安やストレスは、相当なものです。診察や治療の苦痛、長期入院などで、精神的に参ってしまっても仕方がない状況の子どもが少なくありません。そういう子どもたちは、苦痛と不安ばかりに支配されていて、とても明日に希望を持てるという状態ではない。
そんな子どもたちにとって、『また明日もきてね!』と言える存在がいるか否かは、我々が想像する以上に、大きいのです。子どもたちの口から『また明日』という言葉が出てくることは、明日へ希望を持ち、未来の自分に向けて前向きになり始める最初の一歩なのです」
ファシリティドッグの関連本もありますので、ご興味のある方はご確認ください。