予後不良な指定難病である特発性肺線維症(IPF)の治療標的因子「PAK2」を発見、治療法開発に期待—国がん他
2025.7.24.(木)
予後不良な指定難病である特発性肺線維症(IPF)の新たな治療標的因子「PAK2」を発見した。PAK2阻害剤を用いた新たな分子標的治療の開発に期待が集まる—。
国立がん研究センター、東京慈恵会医科大学、埼玉県立循環器・呼吸器病センターの研究グループが7月22日に、こうした研究成果を公表しました(国がんのサイトはこちら)。

突発性肺線維症の新たな治療法開発に期待
特発性肺線維症(IPF)は、肺組織が不可逆に線維化し進行性の呼吸不全を引き起こす難病
特発性肺線維症(IPF)は原因不明の慢性呼吸器疾患で、肺組織が不可逆に線維化し、進行性の呼吸不全を引き起こす難病です(一定の重症度基準を満たす場合には医療費助成が行われる指定難病にも指定されている、難病情報センターのサイトはこちら)。
IPFと診断されてからの生存期間(中央値)は約3-5年で、急性増悪を来すと約50%以上が死亡に至る、非常に予後不良な疾患で、現時点では根治的な治療法は存在しません。
このため病態解明や新規治療標的の探索が求められており、これまでに▼線維芽細胞の異常な活性化が病態進行の中心である▼特にIPFの肺組織では「線維芽細胞巣」(Fibroblastic foci、FF)と呼ばれる「線維芽細胞の集簇(しゅうぞく、群がり集まること)」が特徴的に見られ、病態の中心である—と考えられていますが、その細胞レベル・分子レベルでの詳細は不明です。
今般、研究グループでは、「1細胞レベルでの遺伝子発現解析を可能としたシングルセルRAN-seq解析」と「組織内の遺伝子発現を空間的に解析できる空間トランスクリプトーム解析」という2つの技術を統合し、線維化病態進行の分子メカニズムの解明を試みました。具体的には、▼前者のシングルセルRNA-seq解析では、IPF患者と健常者の肺組織を比較し「肺の間質に存在する線維芽細胞の特徴」を詳細に解析▼後者の空間トランスクリプトーム解析では、線維芽細胞巣(FF)と、より構造改変の進行した線維化部位(Dense Fibrosis、DF)に注目した解析—を実施しました。
その結果、WNT5AとCTHRC1の高い遺伝子発現を特徴とする「新規の線維芽細胞集団」(WNT5A+CTHRC1+myofibroblast)を同定しました。

IPF患者における「新規の線維芽細胞集団」を確認
さらに線維芽細胞の時間的な分化の流れを解析したところ、肺胞の線維芽細胞が「新規の線維芽細胞集団」(WNT5A+CTHRC1+myofibroblast)へ分化する過程で「線維化促進に関わる遺伝子発現の増加」(TAGLN、ACTA2)が特徴的に見られました。この細胞は線維芽細胞巣(FF)のみならず、より線維化の進行した「DF領域」にも集まっていることが明らかになりました。

突発性肺線維症におけるFF・DFの分布と、新規の線維芽細胞集団の分布は類似している
また、この細胞はIPFで特徴的に出現する異常な上皮細胞(aberrant basaloid cell)と強い相互作用を有しており、線維化進行に中心的な役割を果たしていると考えられます。
あわせて、線維芽細胞巣(FF)と、より線維化の進行した「DF」に関わる遺伝子群を制御する因子として「PAK2」が見出され、さらに「PAK2が『新規の線維芽細胞集団』(WNT5A+CTHRC1+myofibroblast)に高発現している」ことから、治療標的としてPAK2が有望であると考えられます。
さらに、「PAK2を阻害する薬剤(FRAX486、FRAX597)による抗線維化効果」を検証する実験を実施しました(▼細胞増殖・分化を制御し、細胞死を促すことが知られているサイトカイン(細胞の働きを調節する分泌性タンパク)であるTGF-βにより活性化させた線維芽細胞やIPF患者由来の線維芽細胞を使用したIn vitro(試験管内)実験▼ブレオマイシン誘導肺線維症モデルマウスを使用したin vivo(生体内)実験—の2タイプの手法で検証)。
その結果、双方の実験でPAK2阻害剤は「優れた線維化抑制効果」を示し、さらに「WNT5A+、CTHRC1+の発現および発現細胞数を低下させる」ことが明らかになりました。

PAK2阻害剤による肺繊維化の改善
今回の研究から、IPFの進行に関与する新たな病原性線維芽細胞の特性が明らかになり、それらを標的とする治療戦略の可能性(PAK2阻害剤)が示されました。
PAK2を阻害する薬剤(FRAX486)は難溶性であり、現在「溶解性を高めた製剤処方」の研究も進んでおり、今後、「特発性肺線維症(IPF)の新たな分子標的治療の候補」として治療応用が進むことに期待が集まります。
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