将来の医師供給過剰を考慮すれば「医学部入学定員の減員」が必要だが、医師少数地域では「増員」も認めるべきか?—医師偏在対策等検討会
2024.2.27.(火)
2020年8月に行われた将来の医師需給推計によれば「現在の医学部入学定員を維持すれば2029年頃から医師『過剰』になってしまう」点を踏まえれば、2026年度の医学部入学定員は「臨時定員の減員、少なくとも増加させない」ことが必要と考えられる—。
しかし、「東北地方を中心に医師少数県が依然として存在するなど、医師偏在が解消していない」点を考えれば、医師少数の地域では「臨時定員の維持や、前年度からの増員」も考える必要があるのではないか—。
2月26日に開催された「医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」(以下、検討会)で、こういった議論が行われました。今春に「2026年度の医学部入学定員の在り方」を確定させる必要があります。
「2026年度の医学部入学定員」にキャップをはめるべきか?
かねてより、「医師の地域偏在、診療科偏在」が大きな課題となっており、この解消に向けて、大きく3つの対策がとられてきています。
▽医学部に「地域枠・地元枠」を設けるほか、臨床研修医・専攻医の大都市集中を防ぐためにシーリングを設ける(国による取り組み)
▽各都道府県で「医師確保計画」(医療計画の一部分)を作成し、医師少数県・区域を中心に「医師確保」を図る(自治体による取り組み)
▽医師働き方改革により上記を支える
しかし、こうした対策の効果はまだ出ておらず、第8次医療計画作成論議の中では「2016年から20年にかけて医師偏在が進んでしまった」ことも明らかになっています(関連記事はこちら)。
そこで厚生労働省は、新たに検討会を立ち上げ医師養成の過程(医学部入学定員における「地域枠」などの設定、臨床研修・専門研修におけるシーリング設定など)を通じた偏在対策を中心に、既存施策の洗い直し(評価・検証)を行うとともに、より効果的な対策を検討していくこととしたものです。
まず、最優先で検討すべきテーマは「2026年度の医学部入学定員」の在り方です。来年度(2024年度)の高等学校2年生が進路選択に困ることのないよう「2年後の医学部入学定員がどうなるのか」を今春(2024年春)までに明確にしておく必要があるためです(志願直前に「医学部入学定員が大幅削減される」などと明らかになったのでは困ってしまう)。
まず医学部入学定員の構造を確認しておきましょう。
医学部の入学定員は、▼恒久定員(下図の青色の部分)▼臨時定員(医師確保が必要な地域・診療科のための「暫定増」(下図の黄色の部分)・地域枠などを設定するための「追加増」(下図の赤色の部分))—で構成されます。
医師の地域偏在を是正するために、2008年から臨時定員が設けられ、現在、全国で9400名程度の定員が設けられています。
しかし、2020年8月に行われた将来の医師需給推計によれば「現在の医学部入学定員を維持すれば2029年頃から医師『過剰』になる」ことが明らかになっています。
医師過剰は、「将来の医師の生活基盤が極めて不安定になる」「不適切な医療需要の掘り起こしが生じ、医療費の高騰→医療保険制度が逼迫する」ことにつながるため、「医学部入学定員のうち、臨時定員部分を漸減していく」ことの必要性が確認されています(こちら)。
もっとも、東北地方を中心に「医師少数県」が依然として存在しており、医師偏在が解消していない(かつ上述のように偏在は拡大している)ことから、「単純な医師養成数(医学部入学定員)の漸減」に難色を示す声も小さくありません。
さらに、大学側にしてみれば「入学定員減(=臨時定員の削減)は極めて大きな収益減になる」という問題もあります。
2月26日の検討会では、こうした状況を再確認したうえで、2026年度の医学部入学定員を議論。そこでは、「少子化が進む一方で医師養成数が増加を続ければ『医師1人当たりの経験症例数』が減少し、技術を維持できなくなる。医師養成数を考える際には、そうした点も考慮する必要がある」(木戸道子構成員:日本赤十字社医療センター第一産婦人科部長)、「2020年度からさらに医師養成数は増加してしまっており、医学部入学定員の漸減を早急に実施しなければならない。まず2026年度の医学部入学定員には『キャップ』をはめなければならない」(釜萢敏構成員:日本医師会常任理事)という意見が出る一方で、都道府県サイドからは「全国レベルでは近い将来『医師過剰』になるが、都道府県単位では医師不足が続く地域も少なくない。『臨時定員』は医師不足を解消するために設置されており、『都道府県ごとの医師需給』を推計し、それをもとに『将来にわたり医師が不足する地域では、前年度比増も含めた臨時定員の継続』を認めるべきである」との声も出ています。
「全国レベルで医学部入学定員をどう考えるか」という議論と合わせて、「都道府県レベルで医学部入学定員をどう考えるか」(例えば「医師少数の地域(例えば東北地方)でのみ臨時定員増を認める」など)という議論を行う必要もありそうです。
上述のように、2026年度の医学部入学定員については、今春(2024年春)には決定しなければならず、検討会は急ピッチで議論を詰めていきます。
医師偏在対策の在り方も勘案しながら、「2027年度以降の医学部入学定員」を検討
また、検討会では「2027年度以降の医学部入学定員の在り方をどう考えるか」という議論も行われています。
上述のように、「現在の医学部入学定員を維持すれば、近い将来、医師過剰になる」ため、「医学部入学定員(臨時定員)を漸減していく」方向そのものは固まっていると言えますが、「医師偏在が続く中では、医師養成数の単純減は好ましくない」との声もあり、具体的な議論にまでは至っていません。
この点については2月26日の検討会では、印南一路構成員(慶應義塾大学総合政策学部教授)と野口晴子構成員(早稲田大学政治経済学術院教授解消)から、▼医療費と医師数との間には極めて密接な相関がある(医師数が医療費増の最大要因とも言える)→▼医療費をコントロールするためには医師数のコントロールが必要である→▼医師偏在対策にあたっては「医師数の増加」ではなく、「医師の移動を促す」などの対策を検討すべきである—との研究結果が報告されました。
「医師偏在を是正するために、医学部入学定員の臨時定員を継続する」との選択をすれば、それは「医療費増」につながります。この事態を避けるために、医療費抑制を行えば、医師1人当たりの収益(=給与、収入)は確実に低下し、これは医療の質低下をも招きかねません。
このため印南・野口両構成員は「医師偏在を是正するためには、医師多数の地域から医師少数の地域への移動を促すことが適切である」と提言しています。釜萢構成員もこの考えに賛意を示し、「医師少数地域での医師増員は、医学部入学定員ではなく、別の手当て、具体的には『すでに医師免許を取得した者に医師少数の地域で働いてもらう』という手法で実現しなければならない。これを後押しするために、国も『医師少数の地域での勤務』に対するインセンティブを検討してほしい」との考えを示しています。
また厚労省は、「18歳人口に占める医師養成数の比率」を固定した場合の医師養成数を試算しています。
まず、「2024年の総定員数と18歳人口の比率」(18歳人口116人に1人が医学部に進学する形)を維持すると、医学部入学定員は2024年には「9403人」ですが、18歳人口減に伴い、2030年には9067人、35年には8308人、40年には7093人と漸減していきます。2024年から40年にかけて「2310人」の減員となります(下図の青色の折れ線グラフ)。
また、「2024年の恒久定員数(8398人)と18歳人口の比率」(18歳人口130人に1人が医学部に進学する形)を維持すると、医学部入学定員は2024年に8398人(臨時定員1005人分が減)となり、18歳人口減に伴い、2030年には8098人、35年には7420人、40年には6335人と漸減していきます。2024年の実数「9403人」と比べると、40年にかけて「3068人」の減員となります(下図の黒色の折れ線グラフ)。
さらに、「2005年の総定員数(6130人)と18歳人口の比率」(18歳人口178人に1人が医学部に進学する形)を維持すると、医学部入学定員は2024年に61030人(現行実数に比べて3273人減)となり、18歳人口減に伴い、2030年には5911人、35年には5416人、40年には4624人と漸減していきます。2024年の実数「9403人」と比べると、40年にかけて「4779人」の減員となります(下図の灰色の折れ線グラフ)。
黒色の試算は「臨時定員をゼロにする」考え、灰色の試算は「2005年レベルに戻す」考えで、現行からは「非常に大きな見直し」となるものですが、釜萢構成員は上述の見解も含めて「灰色の試算を基準に考える程度の、厳しい姿勢で検討していくべき」と強く訴えています。
一方、都道府県サイドは「医師偏在是正策として、現状では『地域枠の設定』以外に有効な方策はない」と述べ、臨時定員の維持を求めています。
このように医学部入学定員(臨時定員)の在り方については、依然として「臨時定員を廃止していくべき」との意見と、「臨時定員は維持していくべき」との考えが混在しており、結論が出るまでにはさらなる議論が必要な状況です。
また、ここでも上記と同様に「地域別に医学部入学定員を考えていく」(医師少数の地域でのみ臨時定員維持などを認める)ことも重要論点となりそうです。
この点について、「全国レベルにとどまらず、都道府県別・診療科別の医師需給を推計するべきではないか」(木戸委員)、「高齢医師の多い地域では、10年後、15年度には医師少数になる可能性が高い。また大学と一般病院との医師数変遷も見ていく必要がある。そうした点も勘案して地域別の医師需給推計を行うべき」(馬場秀夫構成員:国立大学病院長会議)などの意見も出ています。必要に応じて追加のデータも参照し、今後の医学部入学定員の在り方論議も継続されます。
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