胸部食道がん、平均値では胸腔鏡手術のほうが開胸手術よりも術後日数が長い―CQI研究会
2016.8.31.(水)
がん診療連携拠点病院など、がん診療に力を入れている104病院において、がん治療の内容や実績を比較すると「全体として優秀な水準にある」ものの、病院間で一定のバラつきがある。例えば、胸部食道がんについては標準的治療を行っていないケースも一定程度あり、乳がんでは術後リハビリの実施状況に相当のバラつきがある―。
こうした状況が、27日に開催された第12回『CQI研究会』で明らかになりました。
また胸部食道がんでは、「開胸手術患者よりも胸腔鏡手術患者のほうが、術後の入院日数が平均で見ると長い」といった興味深いデータも明らかにされています。
目次
胃がんでは術後の抗菌剤使用日数が低下、合併症減少など医療の質向上の可能性も
「CQI(Cancer Quality Initiative)研究会」(代表世話人:岩手県立中央病院・望月泉院長)は、全国から100を超えるがん診療連携拠点病院などが集い、自院のデータを持ち寄って比較分析することで、がん医療の質向上を目指している研究会です(2007年設立)。
研究会では、各病院が実名(病院名)を公表し、治療内容や治療成績について他院との比較分析を行います。分析はグローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC)が担当しています。前回(第11会)研究会より、DPCデータによる診療プロセスの分析に加えて、アンケート方式で「QI(Quality Indicator)」を測り、さらなる医療の質向上を目指しています。
27日に開かれた第12回研究会では、(1)胃がん(2)乳がん(3)食道がん―を対象に、詳細な比較分析が行われました。
(1)の「胃がん」については、103施設・3137症例について、「開腹」か「腹腔鏡下」かで分けて、それぞれ在院日数や術後日数、ドレーン実施日数、術日以降の抗菌剤投与日数などを比較したところ、全体として極めて優秀な水準(例えば「待期手術前の病理学的診断」の実施割合は全体で96.8%、「食事指導」実施割合は95.8%、「術後化学療法」の実施割合は95.4%など)にあるものの、病院間で一定のバラつきもあることが分かりました。
例えば「術後、何日目に食事を開始したか」を見ると、開腹手術では平均3.4日ですが、最も早期に食事を開始している病院は1日未満(つまり当日)、最も時間をかけている病院では6日程度、また腹腔鏡手術では平均3.2日ですが、最短の病院ではやはり1日未満であるのに対し、最長の病院では7日近く経ってから食事を開始しています。
この点、研究結果を発表した四国がんセンター消化器外科の羽藤慎二医長は「国立がん研究センターの作成したクリニカルパスでは術後2-4日での食事開始となっている。ただし、『食事開始が早ければ在院日数が短くなる』というエビデンスはない」とコメントしています。
また2011年から15年の4年間で、診療状況がどのように変化しているのかを見ると、▽在院日数は、開腹では.4日減、腹腔鏡では4.8日減▽術後日数は、開腹では6.2日減、腹腔鏡では4.4日減▽術日以降の抗菌剤投与日数は0.9日減▽ドレーン実施日数は、開腹では0.8日減、腹腔鏡では0.4日減―という具合に、効率化が進んでいる状況が伺えます。羽藤医長は、「抗菌剤投与日数は、予防的投与の減少や合併症の発生の減少が影響していると考えられる。合併症の発生減少は『医療の質の向上』と捉えることができる」と見ています。
なお、▽内視鏡切除前の診断的内視鏡検査▽内視鏡切除後の外科的追加切除の検討▽術後化学療法―など10の臨床指標について、各病院の状況を見てみると、「全体として実施率が高い」のですが、一部の病院では必ずしも十分とは言えません。この点、羽藤医長は「実施していないわけではなく、診療録などへの記載が十分になされていない病院があるのではないか」と指摘し、院内の体制を再度見直すことが重要と訴えています。
乳がんの術後リハビリ、郭清なし患者でも「がん患者リハビリ料」算定可能とすべき
(2)の乳がんについては、103施設・5932症例について、「全摘」か「部分切除」か、リンパ節郭清を実施しているのか不実施なのか、に分けて、診療状況を比較分析しています。
ここでも(1)の胃がんと同様に、全体として優秀な水準(例えば「浸潤性の場合の家族歴の記録」実施割合は82.9%、「診断後4か月以内の化学療法の実施または検討」割合は88.4%、「診断後1年以内のホルモン療法の実施または検討」割合は90.0%など)を誇っていますが、病院間で「センチネルリンパ節生検(リンパ節転移の有無を調べる検査)の実施率」や「HER2(分子標的薬)タンパク検査の実施率」「術中迅速病理診断の実施率」などに、一定のバラつきがあることが分かりました。もっともHER2タンパク検査などは、DPC下では外来で実施しているケースもあり、今後は、入院と外来を合わせたデータ分析もしていく必要がありそうです。
なお、研究結果を発表した四国がんセンター乳腺・内分泌外科臨床研究推進部の青儀健二郎部長は、リハビリの実施状況に注目。その結果、リハビリ実施率は20.6%にとどまっており、その内容は64.1%が運動器リハ、35.2%ががん患者リハ、0.7%が脳血管リハという状況です。乳がん患者では、リンパ節郭清の有無にかかわらず、「腕が上がらない」といった運動障害が出るケースが少なくないため、積極的なリハビリが必要です。しかし、診療報酬上、乳がん患者では、リンパ節郭清を行った場合しか「がん患者リハビリテーション料」を算定することはできません。このため青儀部長は「各施設がリハビリ実施に苦労している状況が伺える。堂々と『がん患者リハビリテーション』を実施できるよう厚生労働省に検討してもらいたい」と提言しています。
また2011年から15年にかけて、診療内容がどのように変化したのかを見ると、▽在院日数は、郭清ありで1.6日減、郭清なしで1.9日減▽術後日数は、郭清ありで1.3日減、郭清なしで0.8日減▽ドレーン実施日数は、郭清ありで0.6日増、郭清なしで0.3日増▽術日以降の抗生剤投与日数は変化なし―という状況が明らかになりました。
在院日数・術後日数の減少からは、診療の効率化・標準化が進んでいる状況を伺うことができますが、ドレーン実施日数の増加の背景には「看護必要度、重症患者割合への対策」(ドレナージ管理がA項目の「専門的な処置・治療」に含まれている)という事態もあるかもしれないと青儀部長は心配しています。
胸部食道がん、必ずしも胸腔鏡治療が推奨されない可能性も
(3)の食道がんについては、104施設の胸部食堂がん4424症例を対象に分析しています。
食道がんでは、術後日数が注目されます。開胸手術ではが平均21.0日(中央値22.0日)であるのに対し、より侵襲が小さいと考えられる胸腔鏡手術のほうが平均27.1日(中央値21.0日)と長くなっているのです。この点について、研究結果を発表した九州がんセンターの藤也寸志院長は「平均で見ると、胸腔鏡手術のほうが術後日数が長くなっているが、その理由はまだ分からない。もっと研究しなければいけない」とコメントするとともに、「日本外科学会のNCD(National Clinical Database)を見ても、内視鏡治療のほうが再手術率が高いというデータもある。食道がんについては、必ずしも胸腔鏡治療を推奨できない可能性がある」と指摘しています。
またステージ別に、治療ガイドラインがどの程度遵守されているのかを見ると、ステージゼロやステージIといった比較的軽度者、またステージIvaやIVbといった重症者ではガイドラインが遵守されている一方で、ステージII、IIIでは必ずしも十分にガイドラインが守られていないケースがあることも分かりました。
さらにステージIVb(遠隔転移あり)では、切除不能で化学療法が中心となります。ただし食道に狭窄が生じるため、患者が食事を経口摂取することが難しくなり、QOLが著しく低下するケースがあることから、全身の化学療法と局所の放射線治療を併用することになります。さらに経口摂取改善のために食道にチタン合金などのステントを留置する手法が考えられますが、放射線治療後にステントを留置した場合、穿孔が生じる可能性があることから、厚労省の指示により添付文書では「放射線治療後の患者、化学療法後の患者」については慎重な判断をすることが求められています。一方、ステント留置後に放射線治療を行った場合、合併症が増加するという報告もあります。こうした点を踏まえて藤院長は、「ではステント留置は誰にすればよいのか。現在、診療ガイドラインの修正をしている」と説明しています。
なお、藤院長は「食道がんの1万6556症例を対象に分析した結果、『症例数の多い病院のほうが短期的な治療成績が良い』ことが明らかになった」と発表。近くイギリスの外科学術誌「British Journal of Surgery」に論文が掲載される予定です。
ところで、大人数が集まる研究会やシンポジウムなどでは、どうしても運営が「発表者からの一方通行」になりがちです。そこで今回のCQI研究会では、「発表者と参加者との相互交流」を目指し、スマートフォンを活用したリアルタイムのアンケートシステムを試行的に導入。「発表者が出した幾つかの問い(例えば、化学両方の担当者は外科医なのか、腫瘍内科医なのか、双方なのか、など)を発し、参加者が回答(自院の状況)を送信、瞬時に結果が集計されて大画面で発表される」というものです。CQI研究会では、こうした試みを今後も充実させていきます。未参加のがん診療連携拠点病院などでは、来年以降の積極的な参加をご検討ください。
またGHCでは、研究会参加病院のデータ分析を一元化・効率化するためにCancer Dashboard(CDB)を開発しました。研究会参加病院にこのシステムをご活用いただくことで、平均在院日数など各種データの管理や情報発信を一元管理することを目指したものです。CDBではCQI研究会に関する情報提供や、各病院から提供されたデータ管理が行えるほか、GHCが開発した次世代型病院経営支援ツール「病院ダッシュボード」の一部機能(がん診療に関係の深い部分)を無料で利用することができ、医療の質をさらに向上させると同時に、経営改善にも役立てることができます。
CQI研究会の参加病院には、このCDBをGHCから無償で提供しております。がん診療に力をいれている病院は、是非、CQI研究会にご参加ください。
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