高度ながん手術療法・薬物療法・放射線治療は「集約化」を検討せよ、その際、患者・地域住民・医療現場の理解も重要―がん診療提供体制検討会
2025.3.21.(金)
がん医療提供体制について、「質の向上」や「新たな地域医療構想で『急性期拠点病院機能の集約化』方向が示されている」ことなどを踏まえて、高度ながん手術療法・薬物療法・放射線治療は「集約化」を進める必要がある。その際、患者・地域住民・医療現場の理解が非常に重要である—。
3月21日に開催された「がん診療提供体制の在り方に関する検討会」(以下、検討会)で、関係学会も交えてこうした議論が行われました。さらに検討を深め、本年6月頃に議論の整理を行った後、「がん医療提供体制の均てん化・集約化」に関する通知を厚生労働省が各都道府県に発出する見込みです。

3月21日に開催された「第17回 がん診療提供体制のあり方に関する検討会」
目次
集約化すべきがん医療、【医療需給の観点】と【医療技術の観点】の2軸で検討を
「日本全国のどの地域に住んでいても、優れたがん医療を受けられる体制を整える」(均てん化)という方針の下、我が国では「がん診療連携拠点病院」などの整備が進められています(がん医療提供体制の確保)。
しかし、少子高齢化が進み「医療従事者の確保が難しくなる」「将来的にはがん患者も減少していく」中、がん医療の高度化が進む中では、多くの「がん診療連携拠点病院」等を整備すれば、医療人材・症例(患者)が散在してしまい、経営が困難となるほか、何よりがん医療の質が低下してしまいます。このため、我が国のがん対策のベースとなる「がん対策推進基本計画」(第4期)では、「引き続き質の高いがん医療を提供するため、地域の実情に応じ、【均てん化】を推進するとともに、持続可能ながん医療の提供に向け、拠点病院等の役割分担を踏まえた【集約化】を推進する」考えを明確化しました。
また、新たな地域医療構想では、「急性期拠点病院機能の集約化・絞り込み」を行う方針が示されていること、外科系の学会でも「高度手術を実施する施設」の集約化・絞り込みが治療成績の維持・向上に向けて不可欠であると提言していること(関連記事はこちら)なども踏まえ、検討会では「がん診療連携拠点病院の【均てん化】と【集約化】」の両立に向け、例えばがん医療等を例えば以下のように3区分する方向で議論を進めています(関連記事はこちらる)。もっとも、後述するように「地域によって状況は異なるため、一律に区分するのではなく、地域の実情を踏まえて区分を検討していく」ことが必要となります。
▽以下の【医療需給の観点】【医療技術の観点】の2軸で、「集約化すべき医療技術」と「均てん化すべき医療技術」の切り分けを行ってはどうか
▽視点A【医療需給の観点】
次のような医療について集約化を検討する必要がある
(1)医療需要が多い一方で、医療提供体制は必ずしも充足していない医療
(2)医療資源の散在により医療需要と医療提供体制のアンバランスが生じる可能性がある医療
(3)医療提供体制は充足しているが、医療需要が少ないため非効率な医療提供体制となる医療
▽視点B【医療技術の観点】
次のような医療について集約化を検討する必要がある
(a)新規モダリティまたは標準化されているとは言えない高度な医療(がん医療に係る一連のプロセスである「診断、治療方針の決定」に高度な判断を要する場合、「治療、支持療法・緩和ケア」において新規性があり、一般的・標準的とは言えない治療法、高度な医療技術が必要で拠点化して症例数の集積が必要な医療」。
(b)特殊な設備等を必要とする医療(診断や治療に高額な医療機器や専用設備等の導入・維持が必要であるため、効率性の観点から症例数の集積・医療資源の集約化が望ましい医療)

がん医療の集約化・均てん化切り分けに向けた考え方1(がん診療提供体制在り方検討会1 250321)

がん医療の集約化・均てん化切り分けに向けた考え方2(がん診療提供体制在り方検討会2 250321)
学会から手術・薬物・放射線療法について「集約化すべき高度医療技術」の提案
3月21日の検討会では、この方針を踏まえて▼手術療法について日本癌治療学会から▼薬物療法について日本臨床腫瘍学会から▼放射線治療について日本放射線腫瘍学会—から、3区分に向けた考え方が提示されました。各学会ともに、高度治療について集約化を進めることで▼治療成績の向上▼医師の勤務環境改善—などの大きなメリットがあるともに、「地域によって状況が大きく異なる」ために丁寧な議論が必要になることを強調しています。
まず、手術療法については領域別に次のような術式等について集約化を進めてはどうかとの提案が行われました。多くの施設で実施するのではなく、▼国立がん研究センター▼都道府県がん診療連携拠点病院▼大学病院本院—で実施することが望ましいとの考え方です(地域の実情によっては地域がん診療連携拠点病院等での実施もありうる)。なお「内視鏡治療」については、さらなる検討が行われる見込みです。
●都道府県、さらに広域での集約化の検討が必要な医療
▽希少がんの手術療法
●都道府県での集約化の検討が必要な医療
【消化器】食道切除術、膵頭十二指腸切除術、膵全摘術、高難度な肝切除、食道がんに対する光線力学療法(PDT)
【呼吸器】他臓器合併切除を伴う肺がん切除、悪性胸膜中皮腫に対する胸膜切除・剥皮術、肺がん手術(気管・気管支・血管形成および他臓器合併切除を伴う、肺尖部)、血行再建が必要な縦隔悪性腫瘍手術、頸胸境界領域の悪性腫瘍
【乳腺】遺伝性乳がんに対する予防的乳房切除(関連記事はこちら)、乳房再建(自家組織再建建、Volume replacementステップ2)、乳がん切除(ロボット手術、内視鏡手術)、乳がんに対するnonsurgical ablation therapy
【婦人科】広汎子宮全摘
【泌尿器】ロボット支援腹腔鏡下膀胱全摘術、ロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術(高難度のもの)、骨盤内臓全摘術、後腹膜リンパ節郭清術、後腹膜悪性腫瘍手術

手術療法分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案1(がん診療提供体制在り方検討会3 250321)

手術療法分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案4(がん診療提供体制在り方検討会6 250321)
また、消化器領域については、欧米の状況も踏まえた、より具体的な「ハイボリュームセンターの基準症例数」案も提示されました。症例数の多いハイボリュームセンターでは、症例数の少ない医療機関に比べて治療成績が良いことが知られており、今後、こうした基準値も参考に「高難度手術を実施する施設の集約化」を地域ごとに検討していくことが重要でしょう

手術療法分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案3(がん診療提供体制在り方検討会5 250321)

手術療法分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案2(がん診療提供体制在り方検討会4 250321)
他方、薬物療法に関しては、技術開発(新たな抗がん剤等)が凄まじいスピードで進んでおり「15年先である2040年における薬物治療の在り方」を見通すことは困難ですが、次のような集約化方針が提案されています。
【都道府県、さらに広域での集約化の検討が必要な医療】小児がんの薬物療法、治癒を目指した希少がんの薬物療法
【都道府県での集約化の検討が必要な医療】高度な薬物療法(合併症をもつ患者等)、エキスパートパネル(がんゲノム医療中核拠点病院などに設置されるがんゲノム医療の専門家会議、ここで最適な抗がん剤候補を選択する、関連記事はこちら)で推奨された保険適応外の治療、セカンドオピニオン、T-cell engagerなど特殊な二重特異性抗体治療、同種造血幹細胞移植、CAR-T療法(関連記事はこちら)。
オプジーボやキイトルーダなどの免疫チェックポイント阻害剤を用いた治療や、白血病等に対する画期的な治療法であるCAR-T療法などについても、手術療法と同様に「症例数の多いハイボリュームセンターでは、症例数の少ない医療機関に比べて治療成績が良い」というデータがあります。

薬物治療分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案1(がん診療提供体制在り方検討会7 250321)

薬物治療分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案2(がん診療提供体制在り方検討会8 250321)
さらに、放射線治療については次のような集約化に向けた考え方が提案されています。
【都道府県、さらに広域での集約化の検討が必要な医療】粒子線治療、BNCT(中性子とホウ素の核反応を利用し、正常細胞にほとんど損傷を与えず、がん細胞を選択的に破壊できる治療法)
【都道府県での集約化の検討が必要な医療】専用病室を要するRI内用療法、密封小線源治療(組織内照射)、(関連記事はこちら)

放射線治療分野の集約化・均てん化切り分けに向けた学会案(がん診療提供体制在り方検討会9 250321)
薬物療法を担当する腫瘍内科医、放射線治療を担当する放射線科医については、多くの病院、とりわけ地方の病院で確保に苦労しており(関連記事はこちら)、集約化で「専門医不足」問題に一定程度対応することが可能と思われます(外科医についても同様)。ただし、後述するように「患者のアクセス」への配慮も必要である点に留意が必要です(とりわけ長期間の通院が必要な薬物療法、放射線療法で留意が必要となる)。
「集約化・均てん化の考え方」と「都道府県における議論の進め方」を2025年夏に通知
今後、こうした学会提言も踏まえて「どの技術を集約化すべきか、どの技術を均てん化すべきか」の内容を詰めていきます(次回会合(6月頃)で議論を整理し、夏頃に通知発出)。
ただし、地域によって患者数や医療提供体制は大きく異なるため、全国一律の厳格な考え方を固めることは困難でしょう。このため、上記の学会が提案したような具体的な術式名や医療技術名を掲げて「●●技術の集約化を検討してほしい」と都道府県サイドに提示(通知発出)することは難しいかもしれません(通知に具体的な技術名が記載された場合、「その技術は都道府県がん診療連携拠点病院等でなければ実施できない」という誤解を生んでしまう可能性もある)。
6月開催予定の次回検討会で「集約化・均てん化の切り分け方」案を固めることになりますが、どういった形で示されるのか注目が集まります。例えば「集約化すべき技術」の考え方のみを示し、「●●医療技術や◆◆医療技術が考えられる」などの例示に止めることや、具体的な技術名は参考資料として示すことなども考えられるでしょう。
この点について検討会では、▼「集約化」によって患者アクセスが悪くなることが考えられる。がん医療を受けるために遠方の拠点病院に行くための交通費や宿泊費支援なども各都道府県で検討するよう促すべき(天野慎介構成員:全国がん患者団体連合会理事長、家保英隆構成員:高知県理事(保健医療担当)兼健康政策部医監)▼治療可能ながんであれば「手術等の初期」「薬物治療等の中間期」「中長期的なフォロー期」に大きく分けることが可能だ。初期部分について集約化した拠点病院で実施することは重要だが、中間期・度フォロー期については「より身近な医療機関」で実施するように機能分担を進めていくことが重要であろう。あわせて遠隔診断などを含めた「医療DX」の考え方も盛り込んで集約化を検討していくべき(野田龍也構成員:奈良県立医科大学公衆衛生学講座准教授)▼小児がんについては、「ブロック単位」での医療提供体制が構築されてきており、そうした点も勘案すべき(松本公一構成員:国立成育医療研究センター小児がんセンターセンター長、関連記事はこちら)—などの意見が出されています。
なお、手術療法は「一定期間の入院」で治療を負えることが期待できますが、薬物療法や放射線療法はより長期間の治療が必要となるため「患者のアクセス」面の考慮がより重要になります(がん化学療法の「外来」実施を推進するためには極めて重要な視点となる、関連記事はこちら)。そこで、例えば「手術療法については集約化を行う」(短期間の入院)が、「一般的な薬物療法については、地域の医療機関で実施する」(長期間の外来)といった組み合わせを考えていくことなども重要でしょう。
がん医療の集約化に当たっては、患者・地域住民・医療現場の理解・納得が必要不可欠
ところで、仮に「●●医療技術と◆◆医療技術は集約化を進めよ、一方、○○医療技術と◇◇医療技術は均てん化せよ」と国が明確な考え方を示したとしても、都道府県では「どのように集約化・均てん化を進めればよいのだろうか」と困ってしまうでしょう。そこで厚労省は「集約化・均てん化の進め方」についても具体的な考え方を都道府県に提示(通知発出)する考えです。
「集約化・均てん化」の切り分け論議は、主に「都道府県協議会」で行うことになります。都道府県協議会は、都道府県がん診療連携拠点病院が事務局を務め、県内の地域がん診療連携拠点病院、都道府県(行政)、地域におけるがん医療を担う者、患者団体などが広く参加し、「地域のがん医療の在り方」を議論します。
この点については、▼「各病院の診療実績」などのデータを踏まえた集約化論議が重要になるが、そうしたデータは必ずしも十分に開示されていない。適切な情報共有が重要である(土岐祐一郎座長:大阪大学大学院医学系研究科外科系臨床医学専攻・外科学講座消化器外科学教授)▼「通知が出ている」だけで医療現場は動くだろうか。予算なども含めた集約化促進策を検討する必要があるのではないか(佐野武構成員:がん研究会有明病院病院長)▼多くの地域では患者や行政が都道府県協議会に参加していない。医療関係者のみで集約化論議が進まないように留意すべき(天野構成員)▼集約化は病院経営にも関連する問題であり、都道府県協議会のみで「集約化」論議などができるのであろうか。協議会の権限なども含めて考える必要があろう(藤構成員)▼がん医療の「集約化」にあたっては、患者や地域住民、医療現場の理解・納得が極めて重要である点に留意すべき(藤也寸志構成員:九州がんセンター名誉院長)▼患者や地域住民に集約化の必要性を理解してもらうため、「集約化のメリット」なども積極的に情報発信していくべき(橋本美穂構成員:日本看護協会常任理事)▼集約化論議をする際には「データ」が重要になるが、個人情報保護法などに抵触しないような対応も考慮してほしい(東尚弘構成員:東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学分野教授)—などの意見が出されました。
こうした声も踏まえて厚労省健康・生活衛生局がん・疾病対策課の鶴田真也課長は「2040年こ炉を見据えたがん診療体制の構築が重要である。現場にも情報共有し、夏頃に集約化・均てん化を検討してもらうための通知を発出する。その際、都道府県に丸投げするようなことはせず、国(厚労省)も責任をもって進めていく」旨の考えを強調しています。
なお、集約化・均てん化の切り分けについて「いつ頃までに進めるのか」という点も気になりますが、厚労省は「がん診療の質を高めるために集約化が必要となるのであり、集約化が目的ではない。地域によって状況も全く異なる。いつまでという期限を定めるよりも、丁寧に現場の状況を踏まえて議論・合意形成してもらうことが重要である」との考えを示しています。
また、今後、がん診療連携拠点病院等の指定基準(整備指針)が今後見直されますが(2026年から指定基準(整備指針)見直し論議をはじめ、2028年から「新たながん診療提供体制」がスタートする)。今後の指定基準(整備指針)見直し論議では、上記の「高度ながん医療の集約化」の考え方も反映されていくことになりそうです。
なお、Gem Medを運営するグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンは、全国から120を超えるがん診療連携拠点病院等が集い、自院のデータを持ち寄って比較分析することで、がん医療の質向上を目指す「CQI研究会」(2007年設立)へ、DPCデータに基づく診療内容・実績の分析協力をしています(関連記事はこちら)。がん診療に力を入れる病院は、ぜひCQI研究会への参加もご検討ください。
●CQI研究会のサイトはこちら
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