遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)患者、未発症の乳房等の切除や手厚い遺伝カウンセリング等を保険適用―厚労省
2020.3.9.(月)
お伝えしているとおり、厚生労働省は3月5日に、2020年度診療報酬に関する関係告示の交付・通知の発出を行いました。
Gem Medでは、順次、告示・通知内容をお伝えしていきます。今回は「がん対策」のうち「がんゲノム医療」に関連の深い事項を見てみましょ(急性期一般に関する記事はこちら、総合入院体制加算に関する記事はこちら、働き方改革にする記事はこちら、人工透析に関する記事はこちら)。
●2020年度診療報酬改定に関する厚労省サイトはこちら(告示・通知・関係資料などが無料でダウンロードできます)
目次
がんゲノム医療拠点病院も、入院基本料等加算で経済的に評価
ゲノム(遺伝情報)解析技術が急速に進む中で、「Aという遺伝子変異の生じているがん患者にはαという抗がん剤投与が効果的、Bという遺伝子変異のある患者にはβとγという抗がん剤の併用投与が効果的である」などといった情報が明らかになってきています。こうしたゲノム情報に基づいた治療法選択が可能となれば、個々のがん患者に対し「効果の低い治療法を避け、効果の高い、最適な治療法を優先的に実施する」ことが可能となり、▼治療成績の向上▼患者の経済的・身体的負担の軽減▼医療費の軽減―などにつながると期待されます(がんゲノム医療)。
我が国でも、産学官が一体的に「がんゲノム医療」を推進すべく「がんゲノム医療推進コンソーシアム」(共同体)を構築。大きく、▼患者の同意を得た上で、患者の遺伝子情報・臨床情報を、「がんゲノム情報管理センター」(C-CAT)に送付する → ▼C-CATでがんゲノム情報のデータベース(がんゲノム情報レポジトリー・がん知識データベース)に照らし、当該患者のがん治療に有効と考えられる抗がん剤候補や臨床試験・治験などの情報整理する → ▼がんゲノム医療中核拠点病院等の専門家会議(エキスパートパネル)において、C-CATの情報を踏まえて当該患者に最適な治療法を選択し、これに基づいた医療を提供する―という流れで、がんゲノム医療が提供されます。
昨年(2019年)6月には、複数の遺伝子変異を一括して検出できる検査手法「がん遺伝子パネル検査」が2種類、保険収載され(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちら)、また同じく9月には、エキスパートパネルを設置し、自らC-CATの解析情報を解釈し、患者に最適なゲノム医療を提供できる「がんゲノム医療拠点病院」が34施設、指定されました(関連記事はこちらとこちら)。
2020年度診療報酬改定では、こうした体制を診療報酬でもサポートすべく「がんゲノム医療拠点病院」についても、がんゲノム医療中核拠点病院と同じく【がん拠点病院加算】の「注2加算」(250点、入院初日)の対象とすることになりました。【がん拠点病院加算】(▼がん診療連携拠点病院(高度型、通常型):500点▼がん診療連携拠点病院(要件を一部満たさない特例型)・地域がん診療病院:300点▼小児がん拠点病院:750点―)の上乗せ加算となります。
がんゲノム医療の推進に向けて、遺伝性腫瘍カウンセリング加算を新設
また、がんゲノム医療を実施する体制を経済的にサポートするために、次のような見直しも行われます。後述するHBOCとも密接に関連する事項です。
▽【検体検査判断料】の【遺伝カウンセリング加算】の対象検査に、「遺伝性腫瘍に係る検査」を加える(▼BRCA1/2遺伝子検査▼【悪性腫瘍組織検査】の「1 悪性腫瘍遺伝子検査のマイクロサテライト不安定」―)
▽【検体検査判断料】に【遺伝性腫瘍カウンセリング加算】を新設し、がんゲノム医療中核拠点病院・がんゲノム医療拠点病院・がんゲノム医療連携病院において「がんゲノムプロファイリング検査(パネル検査)を実施し、その結果について患者・家族等に対し遺伝カウンセリングを行う」ことを評価する(患者1人につき、月1回に限り1000点の加算)
遺伝子分析の結果、患者にとって決して好ましくない遺伝子変異などが見つかることもあります。このため検査結果を単に伝えるだけではなく、専門家による十分なカウンセリングが必要となってくるのです。
遺伝的に乳がん・卵巣がんを発症しやすいHBOC患者、遺伝子検査を保険適用
また2020年度改定では、極めて画期的な「がん治療」が保険適用されます。保険診療では「傷病に対する治療」が対象となりますが、一定の条件を満たす場合に「傷病になる前の治療」を保険診療の対象とするものです。
「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」(HBOC:Hereditary Brest and Ovarian Cancer Syndrome)という疾患概念があり、生殖細胞系列のBRCA1遺伝子・BRCA2遺伝子が変異した女性では、乳がんや卵巣がんなどの発症リスクが極めて高くなるというものです(一般女性に比べて乳がんで4-10倍程度、卵巣がんで16-63倍程度)。このように、「近い将来、がんになる可能性が非常に高い」ことから、関係学会等では「HBOC患者において未発症部位(乳房・卵巣等)を切除する」ことを推奨しています。
この学会等の見解を重視し、2020年度改定では、次のような「予防的治療」を保険適用するという、極めて画期的な対応がとられます。
(1)遺伝性乳癌卵巣癌症候群が疑われる患者に対する生殖細胞系列のBRCA遺伝子検査について新たにD006-18【BRCA1/2遺伝子検査】(1・腫瘍細胞を検体とするもの2万200点、2・血液を検体とするもの2万200点)として評価する
(2)【遺伝カウンセリング加算】(D026【検体検査判断料】の加算)の対象検査に「BRCA1/2遺伝子検査」を追加する(前述のとおり)
(3)B001の23【がん患者指導管理料】に「二 医師が遺伝子検査の必要性等について文書により説明を行った場合」(300点)を新設する
(4)乳がん患者に対する「対側の乳房切除術」「卵巣・卵管切除術」を保険適用する
(5)卵巣がん患者に対する「乳房切除術」を保険適用する
(6)乳房切除術を選択しなかったものに対するフォローアップとして、E202【磁気共鳴コンピューター断層撮影(MRI撮影)(一連につき)】の【乳房MRI加算】(100点)の算定を可能とする
まず(1)で新設するD006-18【BRCA1/2遺伝子検査】については、施設基準と算定要件が次のように整理されました。
【施設基準】
●腫瘍細胞を検体とするもの(検査料の「1」)
▽「化学療法経験5年以上の常勤医師」または「産婦人科および婦人科腫瘍の専門的研修経験を合わせて6年以上の常勤医師」を1名以上配置していること
▽【遺伝カウンセリング加算】の施設基準に係る届け出を行っている、または【遺伝カウンセリング加算】届け出医療機関と連携体制をとり、当該患者に遺伝カウンセリングを実施できること
●血液を検体とするもの(検査料の「2」)
▽卵巣がん患者に抗悪性腫瘍剤による治療法選択を目的に検査を実施する場合は、「化学療法経験5年以上の常勤医師」または「産婦人科および婦人科腫瘍の専門的研修経験を合わせて6年以上の常勤医師」を1名以上配置していること
▽乳がん患者に抗悪性腫瘍剤による治療法選択を目的に検査を実施する場合は、「化学療法経験5年以上の常勤医師」または「乳腺外科の専門的研修経験を5年以上の常勤医師」を1名以上配置していること
▽乳がんまたは卵巣がん患者に対しHBOC診断を目的として検査を実施する場合は、上記のいずれかを満たすこと
▽【遺伝カウンセリング加算】の施設基準に係る届け出を行っている、または【遺伝カウンセリング加算】届け出医療機関と連携体制をとり、当該患者に遺伝カウンセリングを実施できること
【算定要件】
▽「腫瘍細胞を検体とするもの」については、初発の進行卵巣がん患者の腫瘍細胞を検体とし、次世代シーケンシングにより、抗悪性腫瘍剤による治療法選択を目的としてBRCA1遺伝子・BRCA2遺伝子の変異の評価を行った場合に限り算定する
▽「血液を検体とするもの」については、▼転移性もしくは再発の乳がん患者▼初発の進行卵巣がん患者▼HBOCを疑われる乳がん、もしくは卵巣がん患者―の血液を検体とし、PCR法等により、抗悪性腫瘍剤による治療法選択またはHBOCの診断を目的としてBRCA1遺伝子・BRCA2遺伝子の変異の評価を行った場合に限り算定する
▽HBOC診断を目的に「血液を検体とするもの」の検査を実施するに当たっては、「遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)診療の手引き2017年版」を参照するとともに、医療上の必要性についてレセプトの摘要欄に記載する
なお、厚労省はQ&Aの中で、「産婦人科および婦人科腫瘍の専門的研修」には▼日本産科婦人科学会の専門医の申請資格に必要な期間の臨床経験▼日本婦人科腫瘍学会の専門医の申請資格に必要な期間の臨床経験―が、「乳腺外科の専門的研修」には▼日本乳癌学会の乳腺専門医の申請資格の必要な期間の臨床経験―が、「HBOCに関する研修」には▼日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構が行う教育セミナー―が該当すること、「産婦人科および婦人科腫瘍の専門的研修経験を合わせて6年以上」とは、▼日本産科婦人科学会の専門医の申請資格に必要な期間の臨床経験▼日本婦人科腫瘍学会の専門医の申請資格に必要な期間の臨床経験―との合計が6年以上であること、などを示しています。
HBOC患者への丁寧な説明等を、がん患者指導管理料の「二」として評価
また(3)の【がん患者指導管理料】に「二 医師が遺伝子検査の必要性等について文書により説明を行った場合」は、以下の施設基準を届け出た医療機関において、「▼乳がん▼卵巣がん▼卵管がん―と診断された患者のうちHBOCが疑われる患者」に対して、患者の同意を得て、医師が上記のD006-18【BRCA1/2遺伝子検査】の「2 血液を検体とするもの」を実施する前に、検査の必要性や診療方針などについて文書で説明を行った場合に、患者1人につき1回に限り300点の算定を認めるものです。「将来、乳がん等になる可能性が極めて高い」という患者にとって非常にセンセーショナルな事象を、患者に分かりやすく、丁寧に伝えることが求められるため、特別の経済的評価を行うものです。
【施設基準】
▽D006-18【BRCA1/2遺伝子検査】の「2 血液を検体とするもの」の施設基準(上述)を届け出でていること
▽患者のプライバシーに十分配慮した構造の個室を備えていること
また、算定要件に関する医療課長通知を眺めると、▼HBOC疑い患者に、「臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師」と「がん診療経験を有する医師」が共同で、診療方針、診療計画、遺伝子検査の必要性等について患者が十分に理解し、納得した上で診療方針を選択できるように説明・相談を行う▼説明・相談内容等の要点を診療録に記載する―ことを求めており、患者の心理面に十分に配慮することが極めて重要であると再確認できます。
なお、▼D006-18【BRCA1/2遺伝子検査】の「2 血液を検体とするもの」を実施し、D026【検体検査判断料】の【遺伝カウンセリング加算】とは併算定できない▼【遺伝カウンセリング加算】を届け出ている他医療機関の「臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師」と連携して指導を行った場合でも算定できる(診療報酬の分配は相互の合議)が、この場合でも【遺伝カウンセリング加算】とは併算定できない―点に留意が必要です。
遺伝的に乳がん・卵巣がんを発症しやすいHBOC患者、未発症部位の切除を認める
また(4)(5)は、HBOC患者について、未発症部位の予防的切除を保険診療の中で認めるものです。
具体的には、以下の施設基準を届け出ている医療機関において、HBOC患者に対しK475【乳房切除術】(6040点)およびK888【子宮附属器腫瘍摘出術(両側)】(1・開腹によるもの1万7080点、2・腹腔鏡によるもの2万5940点)や、「乳房切除後の乳房再建術」についても保険診療の中で実施することが可能です。
【施設基準】
●HBOC患者への乳房切除術
▽乳腺外科・外科および麻酔科を標榜し、乳腺外科の専門的研修経験を5年以上もつ常勤医師を1名以上配置していること。なお、当該医師は医療関係団体主催のHBOC研修を修了していること
▽臨床遺伝学診療経験を3年以上もつ常勤医師を1名以上配置していること。なお、当該医師は医療関係団体主催のHBOC研修を修了していること
▽乳房切除術を行う施設においては【乳房MRI加算】の施設基準を届け出ていること
▽病理部門を設置し、病理医を配置していること
▽麻酔科標榜医を配置していること
▽【遺伝カウンセリング加算】の施設基準を届け出ていること
●HBOC患者への子宮附属器腫瘍摘出術
▽産婦人科または婦人科および麻酔科を標榜し、産婦人科および婦人科腫瘍の専門的研修経験を合わせて6年以上もつ常勤医師を1名以上配置していること。なお、当該医師は医療関係団体主催のHBOC研修を修了していること
▽臨床遺伝学の診療経験を3年以上もつ常勤医師を1名以上配置していること。なお、当該医師は医療関係団体主催のHBOC研修を修了していること
▽病理部門を設置し、病理医を配置していること
▽麻酔科標榜医を配置していること
▽【遺伝カウンセリング加算】の施設基準を届け出ていること
当面は、がんゲノム医療中核拠点病院やがんゲノム医療拠点病院などを中心に、HBOCの診断・治療が行われることになりそうです。
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2020年度改定論議スタート、小児疾患の特性踏まえた診療報酬体系になっているか―中医協総会(1)
2020年度診療報酬改定に向け、「医師働き方改革」等のテーマ別や患者の年代別に課題を議論―中医協総会
中医協・基本小委、支払側が「看護必要度や地域包括ケア病棟などの厳格化」を強く要望
2020年度診療報酬改定に向け、「看護必要度」「地域包括ケア病棟」などの課題を整理―入院医療分科会
ICU、看護必要度とSOFAスコアを組み合わせた「新たな患者評価指標」を検討せよ―入院医療分科会(2)
A項目1点・B項目3点のみ患者、療養病棟で該当患者割合が高いが、急性期の評価指標に相応しいか―入院医療分科会(1)
病院病棟への「介護福祉士配置とその評価」を正面から検討すべき時期に来ている―入院医療分科会(3)
ICUの「重症患者」受け入れ状況、どのように測定・評価すべきか―入院医療分科会(2)
DPC病棟から地域包括ケア病棟への転棟、地ケア病棟入院料を算定すべきか、DPC点数を継続算定すべきか―入院医療分科会(1)
総合入院体制加算、地域医療構想の実現や病床機能分化を阻害していないか?―入院医療分科会(3)
救命救急1・3は救命救急2・4と患者像が全く異なる、看護必要度評価をどう考えるべきか―入院医療分科会(2)
「急性期一般2・3への移行」と「看護必要度IIの義務化」を分離して進めてはどうか―入院医療分科会(1)
【短期滞在手術等基本料3】、下肢静脈瘤手術などは外来実施が相当数を占める―入院医療分科会(4)
診療データ提出を小規模病院にも義務化し、急性期病棟にも要介護情報等提出を求めてはどうか―入院医療分科会(3)
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看護必要度の「A1・B3のみ」等、急性期入院医療の評価指標として妥当か―入院医療分科会(1)
回復期リハ病棟でのFIM評価、療養病棟での中心静脈栄養実施、適切に行われているか検証を―入院医療分科会(2)
入院で実施されていない「免疫抑制剤の内服」「膀胱脱手術」など、看護必要度の評価対象から除くべきか―入院医療分科会(1)
回復期リハビリ病棟から退棟後の医療提供、どのように評価し推進すべきか―入院医療分科会(3)
地域包括ケア病棟の実績評価要件、在宅医療提供の内容に大きな偏り―入院医療分科会(2)
点数が「DPC<地域包括ケア」時点にDPC病棟からの転棟が集中、健全なのか―入院医療分科会(1)
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自院の急性期患者の転棟先として、地域包括ケア病棟を選択することは「問題」なのか―入院医療分科会(2)
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2020年度の次期診療報酬改定に向け、急性期一般入院料や看護必要度などを調査―入院医療分科会
2020年度に「稼働病床数を1割以上削減」した病院、国費で将来の期待利益を補助―厚労省
医師働き方改革、「新たな医療提供体制に向かうチャンス」の可能性も―社保審・医療部会
2020年度診療報酬改定を了承、「医師の働き方改革推進」を重点課題に据える―社保審・医療保険部会
人工透析の合併症治療薬「ロキサデュスタット錠」、当面、出来高算定は不可―厚労省
がん遺伝子パネル検査、「主治医が標準治療終了見込み」と判断した患者にも保険で実施可能―疑義解釈16【2018年度診療報酬改定】
がん遺伝子パネル検査、米国病理医協会(CAP)の第三者認定を受けた病院・検査機関で実施を―疑義解釈15【2018年度診療報酬改定】
がん遺伝子パネル検査等、保険診療上の留意事項を整理―厚労省
がんゲノム医療の推進に向け、遺伝子パネル検査を6月から保険収載―中医協総会(1)
遺伝子パネル検査の保険収載に向けた検討進む、C-CATへのデータ提出等を検査料の算定要件に―中医協総会(1)
がんゲノム医療拠点病院、都立駒込病院やがん研有明病院など34施設選定―厚労省
新設される「がんゲノム医療拠点病院」、初回の申請は8月14日まで―厚労省
新設される【がんゲノム医療拠点病院】要件固まる、3年で100人以上の治験等実績が「望ましい」―がんゲノム医療拠点病院等指定要件ワーキング
新設される「がんゲノム医療拠点病院」、中核病院なみの診療体制を敷きゲノム医療を自院で完結―がんゲノム医療拠点病院等指定要件ワーキング
がんゲノム医療、自分に最適な抗がん剤見つかる可能性は10-20%にとどまることなど説明を―がんゲノム医療推進コンソーシアム運営会議