産科での大量出血に伴う低フィブリノゲン血症に対し、乾燥人フィブリノゲン投与を保険診療内で可能に―厚労省
2021.9.10.(金)
産科における危機的出血に伴う「後天性低フィブリノゲン血症」に対して、先天性低フィブリノゲン血症治療薬の「乾燥人フィブリノゲン」(販売名:フィブリノゲンHT静注用1g『JB』)を保険診療の中で用いることを可能とする―。
ただし、状態が改善されない場合には「他の因子が出血に関与している」可能性を考慮して、漫然とした使用継続は避け、学会ガイドライン等に従い、慎重に適否を判断することが求められる―。
厚生労働省は9月6日に通知「公知申請に係る事前評価が終了した医薬品の保険上の取扱いについて」を発出し、こうした点を明らかにしました(厚労省のサイトはこちら)。同日(2021年9月6日)から保険適用されています。
危機的出血に伴う低フィブリノゲン血症を、より安全に治療可能に
欧米の先進諸国で使用できる医療用医薬品が我が国で保険診療において使用できない―。こうした「ドラッグ・ラグ」が、日本国民が最新の医療技術へのアクセスを阻害するとして、かねてより問題視されています。
厚労省はドラッグ・ラグの解消に向けた取り組みを積極的に進めており、例えば「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」において、我が国では未承認・適応外となっているが医療上の必要性の高い医薬品について製薬メーカーに開発要請を行うなどしています。また、未承認・適応外薬の開発促進に向けて、2010年度の薬価制度改革で新薬創出・未承認薬解消等促進加算を創設し、2018年度の薬価制度抜本改革では「制度化」を行い、改善を続けています。
あわせて、医療保険制度からドラッグ・ラグ解消に強力にアプローチするために、2010年8月25日の中央社会保険医療協議会・総会で「適応外使用とされている医薬品について、薬事・食品衛生審議会の事前審査で『公知申請を行っても差し支えない』と判断された場合には、翌日から自動的に保険適用とする」という特別ルールが創設されました。
保険診療の中では、安全性・有効性を確保するために、医薬品は「効能・効果が認められた傷病の治療」以外に用いることはできません。仮にその他の治療に用いれば保険外診療(自由診療)となり、当該一連の治療全体が全額患者負担となるのが原則です。「この医薬品は異なる傷病の治療に効果があるのではないか」と考えられる場合には、治験などを実施してエビデンスを揃え、薬食審で効能・効果追加の承認を得ることが原則です。安全性・有効性が確認されていない治療を、限られた公的財源(保険料、税)で賄うことは好ましくないからです。
ただし治験等を実施してエビデンスを構築し、審査を受けるには相当の時間が必要です。このため、上記原則をあまりに厳格に適用すれば、「今まさに疾病と闘っている患者」が最新の医療技術(医薬品)にアクセスするチャンスが大きく阻害されてしまうのです(事実上、我が国では最新医療技術(医薬品)にアクセスできなくなる)。
そこで中医協は、「医療保険の原則」と「最新の医療技術へのアクセス」とのバランスに配慮して上記の特例ルールを創設。▼適応外使用であれば、既に「人体への安全性」は他疾病に関して審査済である▼海外の論文など(公知)で一定の有効性・安全性が確保され、それをもとに薬食審の事前審査で「公知申請を認めて良い」と判断された場合には、必ず後に効能・効果追加が認められている―ことなどに鑑みた特例ルールです。本特例ルールにより「公知申請を認めてよいとの事前審査から、実際に効能・効果追加が行われるまでの期間」分(概ね6か月程度とされる)、保険収載を前倒しすることが可能となります(ドラッグ・ラグの短縮)。
今般、この特例ルールにより次の用法用量を保険診療の中で用いることが認められました。
●「乾燥人フィブリノゲン」(販売名:フィブリノゲンHT静注用1g「JB」)
▽現在認められている効能・効果
・先天性低フィブリノゲン血症の出血傾向
▽今般、新たに認められた効能・効果
・産科危機的出血に伴う「後天性低フィブリノゲン血症」に対するフィブリノゲンの補充
▽追記される予定の用法・用量
産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲンの補充に用いる場合
↓
注射用水に溶解し、1回3gを静脈内投与する。投与後に後天性低フィブリノゲン血症が改善されない場合は、同量を追加投与する
▽追記される予定の注意喚起
産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症に対するフィブリノゲンの補充に用いる場合
↓
▼効能・効果に関連する使用上の注意
・後天性低フィブリノゲン血症とは「血中フィブリノゲン値が 150 mg//dLを下回る状態」であることに注意し、本剤投与の適否を判断する
・本剤投与直前の血中フィブリノゲン値を必ず測定し、基本的に血中フィブリノゲン値の測定結果を確認した上で投与を開始する
・本剤投与の適否や投与開始時期の判断にあたっては、関連学会のガイドライン等、最新の情報を参考とする
▼用法、用量に関連する使用上の注意
・輸注速度が速すぎるとチアノーゼ、心悸亢進また血管内凝固による栓塞を起こすおそれがあるので、ゆっくり注入する(先天性低フィブリノゲン血症、後天性低フィブリノゲン血症に共通)
・出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症が改善されない場合における本剤の追加投与の適否は、「フィブリノゲン以外の因子が出血に関与している可能性」も考慮して慎重に判断し、本剤を漫然と投与しない。なお、本剤の追加投与の適否の判断にあたっては、関連学会のガイドライン等、最新の情報を参考とする
日本麻酔科学会の調査によれば、危機的偶発症例の死亡原因の約半数は「大量出血」であることが分かっています(第1位は「術前合併症としての出血性ショック」で、ここに手術中の大出血が加わる)。
この点、我が国では凝固障害を伴う大量出血治療には、FFP(新鮮凍結血漿)投与しか適応が認められていませんが、▼ウイルス伝播のリスクがある▼有効なフィブリノゲン値の補正を行うには大容量の投与が必要で、体液過剰を生じる可能性がある▼血液型抗原に基づいた輸血を行う必要がある▼④輸血関連急性肺障害 (TRALI:Transfusion-related acute lung injury)のリスクがある▼使用前の融解に時間を要する―などの問題点が指摘されています。
今般、上記特例により「乾燥人フィブリノゲン」(販売名:フィブリノゲンHT静注用1g「JB」)を、産科危機的出血に伴う後天性低フィブリノゲン血症の治療に用いることが認められ、FFPの問題点を相当程度解消できることになります。妊産婦にとって大きな朗報と言えそうです。
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