所得の高い高齢者、介護保険の利用者負担を2割よりも高く設定すべきか―介護保険部会(1)
2016.8.19.(金)
介護保険の利用者負担について、制度の持続可能性を考慮すると、負担能力のある高齢者には、より多くの負担を求めるべきではないか―。
19日に開かれた社会保障審議会の介護保険部会では、このような「利用者負担のあり方」に関する議論が行われました(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
また、自己負担率のみならず高額介護サービス費について、「医療保険との整合性を図るべきか」といった論点も浮上しています。
目次
利用者負担割合だけでなく、高額介護サービス費や補足給付も検討テーマに
介護保険制度では、2000年の制度創設から「1割負担」が続いていましたが、2014年度の制度改正時に▽保険料の過度な上昇を抑える▽高齢者間の実質的公平性を確保する―ことなどを考慮し、「一定所得以上(年金収入のみの場合は280万円以上)の人では2割負担」とすることになりました(2015年7月実施)。
厚労省は次期制度改革においても「利用者負担のあり方」を重要テーマに掲げ、19日の介護保険部会で主に次の4つの論点を提示しました。
(1)利用者負担割合のあり方(2割負担の施行状況、医療保険の患者負担割合を踏まえて)
(2)高額介護サービス費のあり方(2014年度の上限引き上げの施行状況や、医療保険の自己負担上限額を踏まえて)
(3)補足給付の見直し
(4)補足給付の受給要件において不動産を勘案すべきか
それぞれについて見ていきましょう。
介護保険でも、医療保険のように年齢別の自己負担や3割負担などを導入すべきか
介護保険制度でも、応益負担という点を考慮して「1割の利用者負担」が2000年の制度創設時から導入され、2014年改正で一定以上所得者について負担割合を2割に引き上げています。
2割負担導入時には「利用控えが起きないか」が懸念されましたが、厚生労働省の調査では、受給者の伸び率は2割負担導入前後で「特段に落ち込んでいる状況はない」ことが分かっています。2013年2月以降、半年ごとに受給者数の対前年度伸び率を見ると4.9%(2013年2-7月)→4.4%(2013年8-14年1月)→4.2%(2014年2-7月)→3.9%(2014年8-15年1月)→3.8%(2015年2-7月)→3.4%(2015年8-16年1月、2割負担導入後)という状況です。つまり、個々の利用者ベースでは利用控えが生じている可能性は否定できませんが、全体として利用控えは生じていないと考えることができそうです。
また利用者の実効負担率を見ても、全体では約7.7%(2015年8月-16年2月、2割負担導入後)、2割負担者のみで見ても約12.6%(極めて粗い試算)にとどまっています。
こうした点を踏まえて、厚労省は「さらなる利用者負担割合の見直しをする必要があるか」という議論を委員に求めたものです。また厚労省は論点の中で「医療保険との整合性」も踏まえてはどうかと提案しています。現在、医療保険制度では▽70歳未満は3割▽70-74歳は段階的に1割から2割に引き上げ(現役並み所得者は3割)▽75歳以上は1割(同)―という負担割合が設定されおり、介護保険でも「年齢に応じた負担割合」や「3割負担」などを導入すべきかというテーマです。
この点、多くの委員からは「負担能力のあり人にはより多くの負担を求めることもやむを得ない」「医療と介護の整合性は重要」という意見が出されました。
例えば鈴木邦彦委員(日本医師会常任理事)は「特に現役世代並みの所得がある人にはより多くの負担を求めることも検討すべき」と指摘。栃本一三郎委員(上智大学総合人間科学部教授)は「利用者負担、保険料負担のバランスを欠くと制度への信頼性が揺らぐ。生命に関わる医療でも2割、3割の負担を求めており、介護保険でも応分の負担増が必要」と述べています。費用負担者である井上隆委員(日本経済団体連合会常務理事)や佐野雅宏委員(健康保険組合連合会副会長)も同旨の考えを示しました。
一方、齊藤秀樹委員(全国老人クラブ連合会乗務理事)や陶山浩三委員(UAゼンセン日本介護クラフトユニオン会長)らは「介護保険の利用者は重度化、長期化する。医療と同列に扱うべきではない」と強く反論しています。また実際に介護保険を運営する立場の藤原忠彦委員(全国町村会長、長野県川上村長)は「かつて2割負担導入に賛成したが、実態を見ると月の負担が5万円から10万円に跳ね上がった人もいる。さらなる負担増は慎重に議論する必要がある」と指摘しました。
さらに伊藤彰久委員(日本労働組合総連合会総合制作局生活福祉局長)は「負担割合の議論では、『家計に与える影響』を考慮することが必要」という指摘をしています。
高額介護サービス費、医療の高額療養費との整合性をとるべきか
医療や介護では、患者・利用者は一部負担(利用者負担)を支払うのみですが、一部負担が高額になった場合、生活が立ちいかなくなるケースがあります。例えば、医療では1か月の医療費が1億円を超える場合(血友病患者など)もあり、3割で3000万円、1割でも1000万円の自己負担を毎月のように負担できる人はごく僅かでしょう。このため、1か月当たりの自己負担額に上限を設け、超過分を保険が負担する「高額療養費」制度が設けられています。
介護保険でも、医療保険に倣って(2)の「高額介護サービス費」を設定しています。
両者ともに年齢や所得に応じて自己負担上限額が細かく設定されていますが、現在、「介護保険の課税世帯では自己負担上限が3万7200円」であるのに対し、「医療保険に一般世帯では自己負担上限が4万4400円」となっている点のみ相違があります。
こうした状況を踏まえて、厚労省は「高額介護サービス費のあり方」を論点の1つに掲げましたが、前述の「利用者負担割合」と同様に、「医療保険との整合性をとるべき(介護保険の課税世帯の上限を4万4400円に引き上げるべき)」とする意見と、「介護の特性を考慮すべき(整合性は必ずしもとらなくてもよい)」という意見の双方があります。
医療保険と介護保険のこうした点に関する整合性について、厚労省老健局介護保険計画課の竹林悟史課長は「両方の意見が出ることを想定していた。委員を始め、国民の間でも極めて関心の高い事項であり、双方の意見を踏まえて接点を探っていきたい」とコメントするにとどめています。
低所得の施設入所者の食費など補助する補足給付、不動産資産も勘案すべきか
(3)の補足給付は、低所得の介護保険施設入所者・ショートステイ利用者に対して、居住費・食費の補助を行うものです。
2014年度の介護保険制度改革において、補足給付制度の公平性・公正性を担保するために、▽一定額超の預貯金(単身1000万円、夫婦世帯2000万円)がある場合には対象外とする▽配偶者所得は世帯分離後も勘案する▽遺族年金・障害年金も勘案する―という見直しが行われました。これによって補足給付の認定件数は減少しており、特に所得段階の高い層で減少幅が大きく、「公平性・公正性の担保」という目的が一定程度達成されていることが分かります。
ただし、預貯金の把握は介護保険事務を行う市町村にとって容易ではなく、「本人の自己申告」や「金融機関への照会」など、多くの事務コストを投下しているのが実際です。この点について土居丈朗委員(慶應義塾大学経済学部教授)は「将来の事務負担軽減のため、預貯金にもマイナンバーが付番されると見越した準備を今から進めるべき」と提案しています。
なお、さらなる公平性・公正性を担保するために、預貯金だけでなく「不動産(土地・家屋)をも勘案すべきか」というテーマがあります。例えば、「不動産を担保として、施設入所における居住費・食費相当を貸し付け、受給者が死亡した後に、不動産を競売にかけて貸付金を回収する」といった仕組み(不動産担保貸し付けやリバースモゲージなど)が検討課題となっています。
この点、厚労省の委託を受けたシンクタンクでは、▽補足給付の受給者は限定されており(最多の東京都でも年間180-540人)、金融機関が魅力を感じない市場である▽補足給付対象と金融機関が貸し付けをしたい層でギャップがある▽相続人とのトラブルが生じる可能性がある―といった課題があることを指摘しています。
しかし土居委員や栃本委員をはじめ、多くの委員からは「さらなる研究を継続すべき」とのエールが厚労省に送られました。次期制度改正での導入は難しそうですが、将来的に重要なテーマになると考えられます。
ケアマネジメントへの利用者負担、次期制度改正に向けて検討すべきか
ところで、19日の介護保険部会では利用者負担に関連して「居宅介護支援(ケアマネジメント)への利用者負担導入を検討すべきではないか」という意見も出されました。
現在、居宅介護支援について利用者負担はありません。つまりケアプラン作成費の一部を利用者がケアマネジャーに支払う必要はないのです。
しかし栃本委員は、「利用者もケアプラン作成に費用がかかることをきちんと自覚してもらうべきである。ケアマネジメントは介護保険制度の要であるが、聖域であってはいけない」と指摘。
この点、武久洋三委員(日本慢性期医療協会会長)は、「ケアマネは中立・公正に介護サービスを組み合わせてケアプランを作成するが、利用者・家族の意向で歪むことが少なくない。利用者負担が導入されれば、さらに歪みが大きくなる」と指摘し、居宅介護支援への利用者負担導入には慎重であるべきとの考えを強調しました。
この「居宅介護支援の利用者負担」を次期制度改正に向けて介護保険部会の検討テーマとするか否かについて、厚労省老健局総務課の尾崎守正企画官は「今後検討する」と述べるにとどめています。今後、厚労省がどのような判断を下すのか注目されます。
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