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診療報酬改定セミナー2024 看護モニタリング

病院にピアサポーターが必要な本当の理由、がん患者を支える非医療職の実像

2018.1.11.(木)

 「ピアサポーター」という言葉をご存知でしょうか。医療者とは異なる対等(ピア)な立場で、さまざまな患者支援活動をする人たちのことを指します。

 ピアサポーターはこれまで、ボランティア活動の一環として活動する人たちが大半でしたが、医療機関の正式な職員として、有給で活動する事例も出てきました。患者支援という側面だけではなく、医療と経営の質を向上させる効果が確認できたためです。

 病院でがん患者を支える非医療職の職員、ピアサポーターの役割と活動はどのようなものなのか。その実像に迫ります。

患者支援から医療・経営の質向上も

「乳がん体験者でなければ分からないことを話せる身近な心強い存在」
「医師でも看護師でもなく、体験されているという存在が大きい」
「心の重荷が取れて前進できた」

 神奈川県、湘南西部圏域の中核病院である平塚共済病院(441床)に、乳がん患者からこうした声が届くユニークなサービスがあります。専門知識を身に付けた非医療職のがんサバイバー、吉田久美氏(写真)が病院の職員として勤務。院内に設置された医療職と分離された病棟の個室「乳がん情報提供室」で、がん患者やその家族のさまざまな相談に応じているのです。

吉田久美(よしだ・くみ)氏:2008年に乳がんの告知を受ける。10年1月に乳がん体験者コーディネーターの認定資格を取得。湘南記念病院でのボランティア活動を経て、同年5月から現職。

吉田久美(よしだ・くみ)氏:2008年に乳がんの告知を受ける。10年1月に乳がん体験者コーディネーターの認定資格を取得。湘南記念病院でのボランティア活動を経て、同年5月から現職。

 その活動範囲は、患者側だけではありません。乳腺外科を専門とする同院外科統括部長の谷和行氏(写真)は、吉田氏からフィードバックを受けた情報が、医療現場の医療職にとっても非常に有益であると指摘します。「フィードバック情報を参考にして、再度、患者と話し合い、今後の治療方針を練り直すことも少なくありません」(谷氏)。

谷和行(たに・かずゆき)氏:1988年横浜市立大学医学部卒。医学博士。平塚共済病院外科統括部長兼乳腺内分泌外科部長兼外来化学療法室部長。日本乳癌学会評議員、日本乳癌検診学会評議員、日本外科学会外科専門医、日本乳癌学会乳腺専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、検診マンモグラフィ読影A判定認定医師、乳房再建エキスパンダー責任医師、ICD(infection control doctor)、日本消化器外科学会認定医、消化器がん外科治療認定医

谷和行(たに・かずゆき)氏:1988年横浜市立大学医学部卒。医学博士。平塚共済病院外科統括部長兼乳腺内分泌外科部長兼外来化学療法室部長。日本乳癌学会評議員、日本乳癌検診学会評議員、日本外科学会外科専門医、日本乳癌学会乳腺専門医・指導医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、検診マンモグラフィ読影A判定認定医師、乳房再建エキスパンダー責任医師、ICD(infection control doctor)、日本消化器外科学会認定医、消化器がん外科治療認定医

 病院経営という観点からは、集患戦略の一つにも位置づけられています。「乳腺診療は、若い女性の患者が多く、女性のシンボルである乳房の外形にかかわることなので、ほかの患者層よりも熱心に病院選びをされる傾向にあります」(同)。

 病院の評判は口コミで広まっていくため、医療の質や治療後のケア、さらにはどれだけ親身になってくれたのか――などが問われます。急性期医療に対する医療費抑制の流れの中で、人員不足などから医療職だけでは十分な患者ケアが難しいことを考えると、病院に吉田氏のような存在がいることは「明白なメリットがある」と、谷氏は指摘します。

全国243人が活躍の「乳がん体験者コーディネーター」

 吉田氏が持つ資格は、正しい乳がんの専門知識を身に付けたピアサポーター(同じ患者の立場にある患者支援者)を育成する教育プログラム「乳がん体験者コーディネーター(BEC)」。約1年間かけて、予防から治療、緩和ケアまで必要な20科目の講義受講やケーススタディ、ロールプレイなどを学んだ後、修了試験を経て認定される資格です(科目表は図表参照、実施要項の詳細はこちら)。昭和大学医学部乳腺外科教授で昭和大学病院ブレストセンター長の中村清吾氏による総監修の下、がん患者支援団体のキャンサーネットジャパンが展開しています。

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 BECは2007年に開講し、10年を経た2017年3月時点で認定者は243人(図表参照、詳細はこちら、18年3月に14人増の257人になる見通し)。全国各地で患者会やサロンの運営、医療機関での活動などを行っています(BEC14期の募集は2018年5月から開始、7月に開講します)。

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BECの受講風景(少人数制で行われる後期授業)

BECの受講風景(少人数制で行われる後期授業)

存在知る患者全員が「再度利用したい」

 吉田氏はBECの5期生にあたり、2010年1月に認定を取得。同年5月から現職にあたり、約7年間で1900人ほどの面談者がありました。具体的な相談内容としては、「悩みがある」と直接的に悩みを打ち明けにくるという例は多くなく、大半は乳がん治療の過程で必要になる術後のリハビリ体操、化学療法中で必要になるウィッグ、術後プールに行く際の水着選びなどの相談を入り口に、徐々により深い相談内容に入っていくことが多いようです(業務内容の詳細は図表参照)。乳がん以外のがん患者からの相談もあります。

◆「乳がん情報提供室」での主な業務

  1. 告知後、治療方針決定後、病理結果報告後、外来化学療法中の患者へのピアサポート
  2. 精神的、身体的な入院がん患者のピアサポート
  3. DVD(自己検診、術後のリハビリ体操、リンパマッサージなど)の放映
  4. インターネットでの情報検索の支援
  5. 補正下着、ウィッグ、マニキュア、推薦図書、がん関連資料の紹介
  6. 化学療法による脱毛時に使うガーゼ帽子の提供
  7. セカンドオピニオンの受け方など相談窓口
  8. 術後リハビリ体操やヨガ、おしゃべりサロン、メイクセミナー、近隣散策などの企画や講演会などの案内
  9. 「ガーゼ帽子を縫う会」のボランティア養成
  10. 乳がんガイドライン活用のアドバイス
  11. 家族との向き合い方や医師とのコミュニケーションのアドバイス
  12. 就労支援

 相談枠については、特に定めた運用はしていません。予約を希望する患者もいますが、「ふらっと訪れる方が多いです。特に相談時間は定めず、必要であれば時間の許す限り、とことん傾聴し、とにかく患者の悩みに寄り添います」(吉田氏)。特に自身の役割として重視しているのが、「患者の心のはけ口」になることで、そのためには時間割を定め、効率性を重視する運用はなじまないと、吉田氏は考えています。

 2014年に同院の乳がん患者に対して行ったアンケート調査(調査期間は2か月)によると、回答者(53人)の約7割にあたる36人が乳がん情報提供室の存在を知っており、そのうち全員が「再度利用したい」と好印象を持っていることが分かりました。

背景に形骸化する「インフォームド・コンセント」

 吉田氏が傾聴する上で特に気を付けているのは、決して医療的な内容に踏み込んだアドバイスなどはしないということです。もちろん、乳がん情報の専門家として情報提供や同じがん患者としての経験談などは提供します。ただし、今受けている治療内容や今後の治療方針などについては、あくまで一般的な情報提供や選択肢の提示などにとどめ、意思決定に影響するような踏み込んだ発言をすることはありません。

 その一方で、医療職との連携は十二分に担保されています。医師とのコミュニケーションの際に提供する患者の心理状況などのフィードバックのほか、個人情報保護に配慮した上で、吉田氏に電子カルテを閲覧する権利を付与しています。厳しく制限を設けている電子カルテの閲覧を吉田氏に認めている理由の一つを、谷氏は次のように説明します。

 「『インフォームド・コンセント』(正しい情報を得た上での合意)という言葉は非常に難しい言葉で、医療者は裁判になったことなどを想定し、自分たちのリスクを説明することに8割が割かれているのが実態と感じています。そうした中で、患者が本当に望んでいることを医療者が聞き出すというのは、正直、限界があることは否めません。だからこそ、患者が吉田さんにしか言えないことは多くあり、私自身、吉田さんから受けたフィードバックを聞いて、『そういうことに悩んでいたのか』と知ることも少なくないのです」

医師とピアサポーターの連携で、さらなる医療と経営の質向上を目指している

医師とピアサポーターの連携で、さらなる医療と経営の質向上を目指している

「新たな職種」へ3つの課題

 非医療職でありながら、院内で欠かせない存在になりつつあるBECの資格を持つ吉田氏。ただ、吉田氏のような存在の普及という側面では、課題もあります。

 吉田氏は病院の職員として正式に勤務(週3回)していますが、同じBECの資格を持つキャンサーネットジャパンの大友明子氏によると「BECとして院内の職員として活動している事例は2、3例」。BECの多くはボランティアとして活動しているのが実態です。

 病院経営、特にがん診療連携拠点病院に指定されるような急性期病院は、医療費抑制の政策の影響を受け、業務の効率化やコスト削減が非常に重要な経営課題になっています。そうした中で、BECのような存在に投資することは理解されづらいのが実情です。ボランティアに頼る方法も考えられますが、「個人情報保護の問題や職員としての責任・義務などの面では限界がある」(谷氏)ため、吉田氏のような活躍を期待するのであれば、そこへの投資は避けられません。

 BECの位置付けが病院の管理システムになじまないという問題もあります。通常、非医療職で患者と相対する役割を担うポストは存在しないからです。吉田氏については、同院の計らいで事務部門の臨時職員という位置づけで勤務しています。

 医療職との棲み分けも問題になりそうです。あるがん拠点病院関係者によると、「がん認定看護師とピアサポーターの業務内容が重なることもあり、摩擦が生じることもあるのです。日本の看護師は『患者の療養上の世話はすべて引き受ける』という意識が強く、ピアサポーターとの線引きは今後、必要となるでしょう」と明かします。

ピアサポーターとは

 課題もある一方で、BECのようなピアサポーターの存在が実績を積み重ね、存在感を増してきているのも事実です。GHCのアキよしかわは、著書『日米がん格差 「医療の質」と「コスト」の経済学』の中で、がん患者一人ひとりに総合的な支援を提供する米国の「キャンサーナビゲーション制度」が日本にも必要なことを訴えており、その理由を次のように述べています。

 「今、日本の病院では、入院日数が大幅に短縮し、化学療法などこれまで入院で行われていた医療が次々と外来治療にシフトされています。DPCのような包括払いの浸透とともに、治療技術が飛躍的に進展しているためです。このような中、院内の看護師や相談室などのサポート体制だけでは限界があります。がんとの闘いは、戦いの真っただ中の病院の中だけではなく、むしろ治療終了後の『戦いのない戦士』になってからが大切です。ですから、日本の環境にあった、がん患者一人ひとりを総合的に支援するキャンサーナビゲーターのような仕組みが求められているのではないでしょうか」

 がん患者は総合的な支援が必要なことから、米国のキャンサーナビゲーションはがん拠点病院の指定要件の一つになっており、極めて重要な集患戦略の一手法としても位置付けられています(関連記事『がん患者の不安と徹底して向き合い導く「キャンサーナビゲーション」って何だ?』)。国内でも「がん相談支援センター」の設置はがん拠点病院の指定要件になっており(関連記事『がん相談支援センター、医療職と共同して運用を―拠点病院の指定要件WG』)、中央社会保険医療協議会でも外来における相談窓口を診療報酬で評価する検討に入りました(関連記事『麻酔科医の術前術後管理の重要性を勘案し、麻酔管理料の評価充実へ―中医協総会 第379回』)。

 ところで、吉田氏はなぜ、BECの資格を取り、院内の相談業務に当っているのでしょうか。吉田氏は、これまでの経緯を振り返ります。

 「私は、注射針が怖くて病院にも行けない、いざBECの資格を取ろうと思っても、うまくできるか不安で、受講者同士のロールプレイングからも逃げ出そうとするような、とても弱い患者であり、ピアサポーターでした」

BECの吉田さんがサポートする院外の「ガーゼ帽子を縫う会」の様子

BECの吉田さんがサポートする院外の「ガーゼ帽子を縫う会」の様子

 吉田氏は、その弱さをどう克服したのでしょうか。

 「一つは、本当に多くの人に支えられてきたので、その恩返しをしなければならないという使命感です。通院もBECの資格取得も、私を半ば強引に連れ出してくれた古い友人がいたからできたことです。BECに興味を持ったのも、患者同士の交流の中で、人見知りで自分から話しかけることができなかった私に、多くの人たちが声をかけていただき、不安を聞いてくれ、励まし、導いてくれたからです。

 もう一つは、自分のためです。私は臆病なので、とても一人の患者という立場で居続けることはできなかった。それが怖かったんです。ですから、こうして同じ患者を支えようと活動していることは、実際は同じ患者に私自身が支えられていることにもつながっているのです」

記事を書いたコンサルタント アキ よしかわ

aki 米国グローバルヘルス財団理事長、米国グローバルヘルスコンサルティング会長。がんサバイバーの国際医療経済学者、データサイエンティスト。
10代で単身渡米し、医療経済学を学んだ後、カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学で教鞭を執り、スタンフォード大学で医療政策部を設立する。米国議会技術評価局(U.S. Office of Technology Assessment)などのアドバイザーを務め、欧米、アジア地域で数多くの病院の経営分析をした後、日本の医療界に「ベンチマーク分析」を広めたことで知られる。
著書に『日米がん格差』(講談社)、『日本人が知らない日本医療の真実』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『Health Economics of Japan』(共著、東京大学出版会)などがある。
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