心臓や肺の臓器移植希望者が増加する一方で、コロナ感染症の影響か臓器提供が2020年度に大幅減―厚労省
2021.6.10.(木)
今年(2020年)3月31日時点で臓器移植を待っている人は、心臓912名、肺472名、肝臓296名、腎臓1万3133名、膵臓36名などとなっている一方、2019年度における脳死者からの臓器提供は60名にとどまっている―。
移植後患者の生存率と臓器の生着率は、多くの臓器で向上傾向にある―。
田村憲久厚生労働大臣が6月8日に、こういった「臓器移植の実施状況等に関する報告」を参議院厚生労働委員会に行いました(厚労省のサイトはこちら)。
臓器提供「減」の背景には、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のための「外出自粛」によって交通事故が減少していることなども考えられ、今後の状況を詳しく見ていく必要があります。
目次
脳死者からの臓器提供件数が2019年度から20年度にかけて大幅減、コロナ感染症の影響か
1997年に臓器移植法が制定された際、国会(参議院)は「厚生労働大臣は、参議院厚生労働委員会で臓器移植等の実施状況を報告する」旨の附帯決議を行いました(附帯決議とは国会が政府に与えた、いわば「宿題」で、政府には決議の内容を実行するよう「努力する」ことが求められます)。
これに基づき、厚労相は毎年、臓器移植の実施状況を国会に報告しています(前年の関連記事はこちら、前々年の関連記事はこちら)。
まず今年(2021年)3月31時点の臓器移植「希望」登録者数を見ると、日本全国で次のような状況となっています。
▼心臓:912名(前年(2020年)3月末に比べて108名増加)
▼肺:472名(同89名増加)
▼心肺同時[心臓と肺を同時に移植]:6名(同1名増加)
▼肝臓:296名(同7名減少)
▼腎臓:1万3133名(同574名増加)
▼肝腎同時[肝臓と腎臓を同時に移植]:41名(同4名増加)
▼膵臓:36名(同11名増加)
▼膵腎同時[膵臓と腎臓を同時に移植]:161名(同増減なし)
▼小腸:7名(同4名増加)
▼肝小腸同時[肝臓と小腸を同時に移植]:0名(同1名減少)
▼眼球(角膜):1716名(同125名増加)
部位により若干の違いがありますが、「臓器移植を待つ方」は概ね増加傾向にあると言えます。
これに対し、臓器「提供」の状況を見てみると、2020年度には60名の脳死者から臓器提供が行われました。前値度から34名も減少しており、その背景を詳しく見ていく必要がありますが、例えば「2020年度には新型コロナウイルス感染症が蔓延し、感染拡大防止のために全国で『外出自粛』が行われ、交通事故等が減り、脳死者が減少した」可能性なども考えられるかもしれません。
また、心停止後の提供を含む臓器別の提供件数・移植実施件数も次のように大幅に減少しています。もともと移植希望者に比べて、提供される臓器は依然として少なく、「臓器移植提供意思表示カードを含めた移植医療の普及啓発」をさらに進めるとともに、「人工臓器の開発」「再生医療の開発」などにも期待が集まります。なお、数値(提供件数と移植件数とが同程度である)を見る限り「新型コロナウイルス感染症の影響により、臓器は準備できたが、移植手術が困難になった」ようなケースが生じていないようですが、より詳細な検証の必要もあるかもしれません。
▽心臓:提供は48名(前年度に比べて32名減少)、移植実施は48件(前年度に比べて31件減少)[うち脳死者からの提供が48名、脳死者からの移植実施は48件]
▽肺:提供は49名(同15名減少)、移植実施は57件(同20件減少)[同47件、57件](1つの肺を複数の肺葉に分けて複数人に移植することが可能なケースがあるため、提供者数よりも移植実施件数が多くなることがある]
▽肝臓:提供は50名(同31名増加)、移植実施は56件(同31件減少)[同50名、56件](1つの肝臓を切り分けて複数人に移植できるケースもあるため、提供者数よりも移植実施件数が多くなることがある]
▽腎臓:提供は65名(同46名減少)、移植実施は127件(同89件減少)[同56名、110件](死者からの提供であれば、1人から2つの腎臓を摘出し、2名の患者にに提供できるケースもあるため、提供者数よりも移植実施件数が多くなることがある]
▽膵臓:提供は28名(同9名減少)、移植実施は27件(同10件減少)[同28名、27件]
▽小腸:提供は2名(同2名減少)、移植実施は2件(同2件減少)[同2名、2件]
また、臓器移植法施行(1997年10月16日)から今年(2021年)3末までに実施された臓器別の提供件数・移植実施件数(累計数)は次のようになりました。
▽心臓:提供は580名(上記の2020年度の件数分増加している、他も同じ)、移植実施は579件[うち脳死者からの提供が580名、脳死者からの移植実施は579件]
▽肺:提供は493名、移植実施は601件[同493名、601件]
▽肝臓:提供は621名、移植実施は666件[同621名、666件]
▽腎臓:提供は2154名、移植実施は4032件[同685名、1345件)
▽膵臓:提供は445名、移植実施は441件[同441名、438件]
▽小腸:提供は23名、移植実施は23件[同23名、23件]
なお、眼球(角膜)については、2020年度に466名から提供がなされ(前年度に比べて259名減少)、移植実施は915件(同292件減少)となりました。臓器移植法施行からの累計で見ると、提供者は2万1160名で、移植実施は3万4389件となっています。
2010年から始まった「15歳未満の小児」からの臓器提供、累計で42名に
ところで、改正臓器移植法が2010年に全面施行され、▼「家族による書面での承諾」に基づく臓器提供▼「15歳未満の小児」からの臓器提供―などが可能となりました。改正法施行(2010年7月17日)から今年(2021年)3月末までに臓器提供が行われた脳死者は656名(前年(2020年)3月末から60名増加)で、このうち、本人の書面による意思表示がなく「家族の書面での承諾」に基づく臓器提供は514名(同45名増加)となっています。
また、今年(2021年)3月末時点で、18歳未満の人からの脳死下での臓器提供は53名(前年(2020年)3月末から5名増加)で、このうち15歳未満の小児からの臓器提供は42名(同4名増加)となっています。
移植した臓器の生着率や患者の生存率、多くの臓器で成績向上
さらに、1997年の臓器移植法施行後からの▼移植後の生存率▼臓器の生着率(体内で機能している)―に目を移してみましょう。昨年(2020年)末までに移植が実施され、今年(2021年)3月末までに生存している人・臓器が生着している人の状況です。
まず5年生存率を臓器別に見ると、次のようになっています。
▼心臓:92.8%(前年度調査に比べて0.2ポイント低下)
▼肺:73.5%(同1.4ポイント向上)
▼肝臓:83.7%(同0.6ポイント向上)
▼腎臓:91.3%(同0.1ポイント向上)
▼膵臓:93.0%(同1.7ポイント低下)
▼小腸:74.6%(同4.3ポイント向上)
心臓、膵臓の移植患者で、生存率が低下してしまいましたが、より中長期的に見ていく必要があります。
また5年生着率(移植した臓器が機能している割合)を臓器別に見ると、次のような状況です。
▼心臓:92.8%(同0.2ポイント低下)
▼肺:72.4%(同1.6ポイント向上)
▼肝臓:83.2%(同0.8ポイント向上)
▼腎臓:78.9%(同0.5ポイント向上)
▼膵臓:77.0%(同0.1ポイント向上)
▼小腸:67.2%(同4.8ポイント向上)
やはり心臓を除いた臓器では成績が向上しています。とりわけ小腸移植患者での成績向上が目覚ましく、医療関係者はもちろん、移植を受けた患者の努力に頭が下がります。
なお、2015年末以降の5年生存率・5年生着率は次のように推移しています。多くの臓器で「成績が向上傾向にある」と見ることができるでしょう。今後も、長期的な視点で見ていくことが重要でしょう。
【5年生存率】
▽心臓
2016年末:91.0% → 2017年末:91.6% → 2018年末:91.9% → 2019年末:92.5% → 2020年末:93.0% → 2021年末:92.8%
▽肺
2016年末:71.2% → 2017年末:73.0% → 2018年末:72.0% → 2019年末:73.4% → 2020年末:72.1% → 2021年末:73.5%
▽肝臓
2016年末:81.1% → 2017年末:82.6% → 2018年末:83.0% → 2019年末:82.0% → 2020年末::83.1% → 2021年末:83.7%
▽腎臓
2016年末:90.5% → 2017年末:90.9% → 2018年末:91.8% → 2019年末:91.1% → 2020年末:91.2% → 2021年末:91.3%
▽膵臓
2016年末:94.6% → 2017年末:94.9% → 2018年末:95.3% → 2019年末:94.9% → 2020年末:93.6% → 2021年末:93.0%
▽小腸
2016年末:69.2% → 2017年末:70.1% → 2018年末:70.7% → 2019年末:73.2% → 2020年末:70.3% → 2021年末:74.6%
【5年生着率】
▽心臓
2016年末:91.0% → 2017年末:91.6% → 2018年末:91.9% → 2019年末:92.5% → 2020年末:93.0% → 2021年末:92.8%
▽肺
2016年末:69.6% → 2017年末:71.2% → 2018年末:70.6% → 2019年末:72.2% → 2020年末:70.8% → 2021年末:72.4%
▽肝臓
2016年末:80.5% → 2017年末:81.6% → 2018年末:82.8% → 2019年末:81.3% → 2020年末::82.4% → 2021年末:83.2%
▽腎臓
2016年末:76.3% → 2017年末:77.4% → 2018年末:77.7% → 2019年末:78.1% → 2020年末:78.4% → 2021年末:78.9%
▽膵臓
2016年末:75.3% → 2017年末:76.8% → 2018年末:75.2% → 2019年末:76.0% → 2020年末:76.9% → 2021年末:77.0%
▽小腸
2016年末:69.2% → 2017年末:62.3% → 2018年末:62.9% → 2019年末:65.1% → 2020年末:62.4% → 2021年末:67.2%
【関連記事】
肝腎同時移植では、C型肝炎ウイルス陽性者→陰性者への臓器移植可能に―厚労省
心臓や肺の臓器移植希望者はさらに増加、移植後成績は多くの臓器で向上傾向―厚労省
心臓や肺の臓器移植希望者増加、多くの臓器で移植者の生存率・生着率も向上―厚労省
臓器移植希望者、臓器提供した脳死者ともに増加、生存率・生着率も徐々に向上―厚労省
2015年の臓器移植希望登録者、心臓と腎臓で前年に比べて100名超の増加―厚労省
免疫抑制剤の「ミコフェノール酸 モフェチル」、ループス腎炎治療での保険適用認める―厚労省
病腎移植を先進医療として承認、「医学的に妥当性なし」とのガイドライン記述を修正―厚労省
臓器移植後の長期入院、患者からの「入院料の15%」実費徴収禁止の対象に―中医協総会
抗がん剤キイトルーダ、臓器移植歴のある患者への投与は推奨されない―厚労省
直腸がん補助化学療法に用いるゼローダ、臓器移植患者の感染症予防薬のバリキサを特例保険収載―厚労省
腎臓移植を受けたが当該臓器が機能しない場合、「待機期間」の継続を認める―厚労省
腎臓移植、「血液型適合の小児レシピエント」を「血液型一致の成人レシピエント」より優先―厚労省