がんゲノム医療拠点病院等の指定要件見直し論議始まる、エキスパートパネルの重点化なども検討―がんゲノム拠点病院指定要件WG
2021.12.22.(水)
2022年夏に「がんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院」の指定要件(整備指針)を見直す。例えば「エキスパートパネル」要件について、病院側の負担と質の担保とのバランスを考慮し「エキスパートパネル前に結論を出せる患者にはエキスパートパネルのスキップを可能とし、省力化したリソースを必要性の高い患者に重点化・集約化する」などの見直しを考える必要がある―。
また現行の指定要件は「遺伝子パネル検査の保険適用」前に設定されたために「遺伝子パネル検査の実績」などを求めていないが、保険適用から2年が経過しようとする中で「各病院の実績」を踏まえた要件化などを検討してはどうか。その際には「出口」、つまり「遺伝子パネル検査結果等を踏まえて最適な抗がん剤選択に結びついた」症例実績なども勘案するべきではないか―。
12月21日に開催された「がんゲノム医療中核拠点病院等の指定要件に関するワーキンググループ」(以下、ワーキング)で、こういった議論が始まりました。来夏(2022年夏)に指定要件を見直します。
目次
エキスパートパネル、患者の特性踏まえた「省力化」と「重点化」を検討していくべき
ゲノム(遺伝情報)解析技術が進み、▼Aという遺伝子変異の生じたがん患者にはαという抗がん剤投与が効果的である▼Bという遺伝子変異のある患者にはβ抗がん剤とγ抗がん剤との併用投与が効果的である―などの知見が明らかになってきています。こうしたゲノム情報に基づいて最適な治療法(抗がん剤)の選択が可能になれば、がん患者1人1人に対し「効果の低い治療法を避け、効果の高い最適な治療法を優先的に実施する」ことが可能となり、▼治療成績の向上▼患者の経済的・身体的負担の軽減▼医療費の軽減―などにつながると期待されます。
我が国においても、産・学・官が一体的となったコンソーシアム(共同事業体)を設け「がんゲノム医療」の推進が目指されています。
制度面から「がんゲノム医療」を推進する方策策としては、例えば(1)多数の遺伝子変異の有無を一括検出できる検査(遺伝子パネル検査)の保険適用(2)がんゲノム医療を提供する医療機関の整備(3)迅速に患者申出療養を実施可能とする仕組み―などがあります。
このうち(2)の「がんゲノム医療を提供する医療機関」として▼がんゲノム医療中核拠点病院(12か所、以下「中核病院」)▼がんゲノム医療拠点病院(33か所、以下「拠点病院」)▼がんゲノム医療連携病院(185か所、以下「連携病院」)―が指定・選定されています(2021年12月1日時点)。中核拠点病院・拠点来年されています。中核病院・拠点病院については再来年(2023年)3月に再指定が行われる予定が組まれており(当初は2022年3月の予定であったががん診療連携拠点病院等と平仄を合わせて1年後ろ倒しとなった)、再指定に向けて「最新の知見や、がんゲノム医療の実施状況などを踏まえて要件見直しの必要はないか」という議論がワーキングで始まったものです。
12月21日の会合では厚生労働省および中釜斉座長(国立がん研究センター理事長)から次の10項目+アルファの「見直しに向けた論点」が提示され、総括的な議論が行われています。
(1)【遺伝子パネル検査を実施できる体制】要件について、新たな技術(リキッドバイオプシーや全ゲノム解析など)の登場を踏まえて検査室等の機能や検体処理等に必要な医療従事者に関する要件をどう考えるか
(2)【パネル検査結果の医学的解釈可能な専門家集団】(いわゆるエキスパートパネル)要件について、「病院サイドの負担」や「がんゲノム医療の質確保」などの視点からどう考えるか
(3)【遺伝性腫瘍等の患者に対する専門的な遺伝カウンセリング】要件について、必要な患者により適切にカウンセリング・検査を提供するといった視点からどう考えるか
(4)【遺伝子パネル検査等の実績】要件は現在は定められていないが、要件化などを考えるべきか
(5)【パネル検査結果や臨床情報等を適切に収集・管理し、必要な情報のがんゲノム情報管理センター(C-CAT)への登録】要件について、必要な情報をより網羅的に収集するといった視点からどう考えるか
(6)【手術検体等生体試料を新鮮凍結保存可能な体制】要件についてどう考えるか
(7)【先進医療や医師主導治験などの実施体制・実績】要件について、どのように考えるか
(8)【医療情報利活用や治験情報提供等関する窓口設置】要件について、患者にとってアクセスしやすい窓口等をさらに充実させるといった視点でどう考えていくか
(9)【人材育成・連携体制】に関する要件をどう考えるか
(10)指定申請手続きなどをどう考えていくか
(その他)▼全ゲノム解析▼小児患者対象の遺伝子パネル検査▼造血器腫瘍の遺伝子パネル検査—など新規技術の登場をどう考えるか
それぞれの論点について、来夏(2022年夏に意見とりまとめを行う)に向けて今後データをもとに議論が行われますが、12月21日の会合でも今後に向けた意見交換が行われています。論点は膨大なため、ポイントを絞って眺めていきましょう。
まず(2)のエキスパートパネル(遺伝子パネル検査結果に基づくC-CATからの調査結果をもとに、当該患者にどの抗がん剤が最適かを考える専門家会議)については、「質の確保」と「病院・エキスパートパネル側の負担」とのバランスをどう確保していくが議論のポイントになりそうです。
現在の中核病院・拠点病院・連携病院の指定要件(指定基準)は遺伝子パネル検査が保険適用される前に手探りで設定したために「やや手厚いもの」になっている、つまり「病院・エキスパートパネル側の負担が大きい」ものになっているとの指摘があります。このため「質を担保しながら、病院・エキスパートパネル側の負担をどこまで軽減できるか」が重要となってくるのです。
この点、中島貴子構成員(京都大学大学院医学研究科早期医療開発学教授)は「遺伝子パネル検査の保険適用から2年間の経験を活かし、『こういった患者であればエキスパートパネルをスキップしても良い』などのルールを作成することが重要ではないか」と提案しました。多くのケースでは、エキスパートパネルの前に▼プレ・エキスパートパネル▼コアメンバーによる事前協議—などが行われており、その経験から「エキスパートパネル前の協議で最適な抗がん剤選択にかかる結論を出せる患者がいる」ことが徐々に明らかになってきていると言います。中島構成員は、こうした知見をもとに「エキスパートパネルについて、省力化できる部分は省力化し、その分のリソースを必要な症例に集約化・重点化することが重要」と指摘。吉田輝彦構成員(国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター副センター長)や土原一哉構成員(国立がん研究センター先端医療開発センタートランスレーショナルインフォマティクス分野長)も同様の考えを示しています。
このような取り組みが進めば、「プレ・エキスパートパネルなどで結論を出せる患者は、より早期に最適な抗がん剤治療にアクセスできる」こととなり、「そうでない患者については、省力化された分のリソースを活用して、より力を入れた抗がん剤選択論議が行われる」ことになり、すべての患者がメリットを享受できると期待されます。
遺伝子パネル検査実施状況踏まえ「最適な抗がん剤選択」実績の要件化なども検討
(3)の遺伝カウンセリング要件については、現在「中核病院・拠点病院では過去1年間に10人程度の、連携病院では過去1年間に1人以上の実績」が求められていますが、平沢晃構成員(岡山大学大学院臨床遺伝子医療学教授件)は「少なすぎないか。各病院の状況を現況報告書から把握し、実績の妥当性などを検証する必要がある。がんゲノム医療では『未発症者』もターゲットに据えており、発症前治療→がんによる死亡の低減を目指していく必要がある」と提案しています。
また(4)の「実績」については、上述のように「指定要件設定が遺伝子パネル検査の保険適用前」であったために現在は設定されていませんが、遺伝子パネル検査の保険適用を受け、各施設でゲノム医療実績が上がっている点を踏まえて「何らかの数値要件等を設定するべきか」という論点が浮上しているものです。
この点、「遺伝子パネル検査の実績(実施数)よりも、出口実績、つまり『遺伝子パネル検査結果等に基づいて最適な抗がん剤治療に結びついた』実績を評価することが重要ではないか」との声が中釜座長や坂田麻実子構成員(筑波大学血液内科教授)らから出ています。極めて重要な視点と言えるでしょう。保険診療の中で行われる遺伝子パネル検査については「標準治療を終えた患者、標準治療のない患者」が対象となっているため「最適な抗がん剤治療に結びつく」ケースは限定的である点なども踏まえて、今後、実績要件をどう設定するのかを検討していくことになります。
オールジャパンでの人材育成、造血器腫瘍のゲノム医療推進なども重要視点
他方(6)は「再検査や将来の研究に向けて、新鮮な検体を凍結保存できる体制を整備する」との要件ですが、「診療だけでなく研究もミッションとなっている中核病院では必要な要件と思われるが、必ずしも研究がミッションとなっていない連携病院にとっては厳しすぎるのではないか」との指摘が出ています。病理の専門家である金井弥栄構成員(慶應義塾大学医学部病理学教室教授)は「連携病院には採取・凍結した新鮮検体を中核病院に送付する責務を、中核病院には他院から送付されてきた検体を適切に保存・管理する責務などを課してはどうか」との考えを示しています。
また(7)の先進医療や治験などの「研究」に関する要件についても同様の議論が行われ「中核病院・拠点病院・連携病院の特性・役割を踏まえて要件の書き分けなどを検討してはどうか」との意見が出ています。
関連して坂田構成員は「例えば連携病院では、自院では治験を実施していなくともよいが、『治験実施施設に患者を紹介した経験を持つ医師』の配置を求めることなどを考えてはどうか。紹介経験があれば、適切に治験等に患者をつなぐことができる」と提案。ただし中島構成員は「紹介を行っても、治験計画の適格要件・除外要件が厳しく『治験には入れなかった』というケースも少なくない。緩やかな要件設定を検討すべき」と付言しています。
他方(8)の「患者への情報提供」については「がんゲノム医療が国民に十分に伝わっていない。分かりやすい情報提供を推進してほしい」(若尾直子構成員:がんフォーラム山梨代表)、「窓口にアクセスしたのち実際のがんゲノム医療情報にアクセスできる環境をより充実すべき」(織田克利構成員:東京大学大学院統合ゲノム学教授)といった意見が出ています。2024年度からの新たながん対策推進基本計画(第4期)では「正しいがん情報の提供」が重要ポイントの1つになると見込まれ、がんゲノム医療についても「正しい情報提供」に期待が集まります。
また(9)の人材育成については土原構成員が「現在は中核病院で育成するという考えだが、オールジャパンで中央で人材育成を進めるという視点も重要ではないか」との意見を示しています。がんゲノム医療が広まっていく中では「一定水準の質の確保」が必ず問題になってくるため土原構成員には「今から手を打っておくべき」との考えがあるものと思われます。
このほか、▼造血器腫瘍に対するゲノム医療は固形腫瘍とは異なる特性がある。今後、そうした点も念頭に議論を進めてほしい(坂田構成員)▼小児がん患者に対するゲノム医療の充実も頭に入れておいてほしい(菱木知構成員:千葉大学大学院医学研究院小児外科学教授)—といった意見も出ています。
中釜座長はワーキングで今後各論点に沿った深掘りの議論を行い、来夏(2022年夏)に意見を取りまとめる考えです。
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