社会・経済状況による「がん医療の格差」解消も、次期がん対策推進基本計画に向けた重要論点—がん対策推進協議会
2022.7.4.(月)
がん医療の均てん化に向けた取り組みが進んでいるが、収入や学歴、居住地などによって「がん検診受診率」や「がんによる死亡率」などに大きな格差がある。個人ではいかんともしがたい部分もあり「公的な介入」をこれまで以上に重視する時期に来ている—。
例えば、がん検診受診率については「誰が、どこで受けているのか」が十分に把握できていない。例えば、マイナンバーと検診受診状況との紐づけを可能とするなどの法整備も検討する必要があるのではないか—。
6月30日に開催された「がん対策推進協議会」において、こういった議論が行われました。
協議会は委員構成を一部変更(委員が2年間の任期を終了)し、今後、第4期計画の策定論議を本格化させます。
収入・学歴・居住地などで、がん医療やがんとの共生に関する「大きな格差」がある
我が国のがん対策は、おおむね5年間を計画期間とする「がん対策推進基本計画」に沿って進められています。現在は2018-22年度を対象とした第3期基本計画に基づいた施策が動いており、計画の進捗展状況を評価(中間評価)たうえで、次期基本計画(第4期がん対策推進基本鋭角)を策定していくことになります。
中間評価は、(1)全体目標(2)分野別施策(4)がん対策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項―の3本柱について、進展捗状況や、今後さらに推進が必要な事項などを整理しています(関連記事はこちら)。
こうした中間評価論議をする中で「がん対策や健康に関する格差」の是正の重要性を指摘する声が多くの委員から出されました。
我が国では、「どこに住んでいても優れたがん医療を受けられる」こと(均てん化)を目指して、がん診療連携拠点病院の整備などが進められています(概ね2次医療圏に1つ以上整備することを目指す)。
しかし、参考人として出席した大阪医科薬科大学医学研究支援センター医療統計室の伊藤ゆり室長(准教授 )らの研究によれば、次のように「がん医療・がんとの共生分野において、大きな格差がある」ことが分かっています。
▽経済的困窮度の高い地域と低い地域とで「全がん年齢調整死亡率」をみると絶対的・相対的に格差が拡大傾向にある(困窮度の高い地域では、がん死亡率が高い)
▽経済的困窮度の高い地域では「進行がんの罹患率」が高い(早期がんが少ない=検診受診が芳しくなく、早期発見ができない可能性が高い)
▽経済的困窮度の高い地域と低い地域とで「がん種別の5年相対生存率」を比較すると、5年生存率が高いがん種ほど格差が大きい(「早期発見すれば十分に治るがん」が発見できていない)
▽最終学歴別に「がん検診の受診率」を見ると、大きな格差がある
▽世帯年収別に「喫煙率」を見ると、男女とも大きな格差がある
伊藤参考人は「収入や居住地など、個人ではいかんともしがたい環境により、がん医療などに格差がある」「諸外国では、こうした格差を是正するための介入(無料がん検診実施など)により格差が縮小したという実績がある」とし、「我が国でも、がん医療等の格差を縮小するための介入をこれまで以上に強化する時期に来ている」と訴えました。
例えば、我が国のがん検診については▼諸外国に比べて受診率が低い▼誰がどこで検診を受診したのかきちんと把握できていない—などの課題があり、これらの解消・改善に向けた介入(取り組み)が優先・重要課題の1つになりそうです。例えば「マイナンバーを活用したがん検診受診管理に向けた法整備を進めるべき」(松田一夫委員:福井県健康管理協会副理事長、日本消化器がん検診学会監事)、「男女格差にも注目した対策を検討すべき」(石岡千加史委員:東北大学大学院医学系研究科臨床腫瘍学分野教授、東北大学病院腫瘍内科長、日本臨床腫瘍学会理事長)などの意見が出ています。今後の第4期計画策定論議の中で非常に重要な視点となりそうです。
このほか、第4期のがん対策推進基本計画作成に向けて委員からは次のようなコメントが寄せられました。現在の委員構成による最後の会合となる(2年間の任期満了に伴う委員交代が行われる)ため、新メンバーを交えた協議会に向けた「申し送り」事項と言えるかもしれません。
▽「アウトカム」や「がん医療の質」に着目し、その効果を評価することをより重視していほしい(例えば「検診受診率●%」という目標だけでなく、「早期発見・早期治療にどれだけ結びついたか、生存率がどれだけ向上したか」などを見ていくべき)(飯野奈津子委員:ジャーナリスト)
▽小児ががんに罹患すると、患者はもちろん、家族の生活にも大きな影響が出る。幅広くケアできるような仕組み・体制を考えてほしい(池田真実委員:小児がん経験者の会Fellow Tomorrowメンバー)
▽数字に表すことの難しい「患者本位の医療」「がんに罹患しても安心して暮らせる社会」などの実現度合を、どういった尺度で計測・評価していくのかを考える時期にきている(石岡委員)
▽患者への適切な情報提供がさらに重要になってきている。がん相談支援センターについては、アクセスしやすい場所に位置していなくとも、医師や看護師からの情報提供があれば患者がアクセスしやすいことが分かっている。「患者・家族への適切な情報提供」をさらに重視してほしい(小原眞知子委員:日本社会事業大学社会福祉学部教授、日本医療ソーシャルワーカー協会副会長)
▽「標準的治療を終えた」「標準的治療がない」などの患者について、どこでどういった医療・ケアを受けているのかが全く把握できていない割合が非常に高い(2割程度は緩和ケア病棟等で、1―2割は在宅医療を受けているが、残りは「不明」である)。まず実態を把握し、「何に困っているのか」を明らかにして対策を考えることを、次の10年で進めていかなければならない(木澤義之委員:筑波大学附属病院病院教授、日本緩和医療学会理事長)
▽高齢者のがんを考えるにあたっては、要介護やフレイル、患者QOLなどの要素を総合的に考えなければならない(土岐祐一郎委員:大阪大学大学院医学系研究科外科学講座消化器外科学教授、日本癌治療学会理事長)
▽がん診療連携拠点病院・小児がん拠点病院と、がんゲノム医療中核拠点病院との連携強化などを考えていく必要がある(中釜斉委員:国立がん研究センター理事長)
▽がん研究への患者・市民参画(PPI)の推進を考えてほしい(長谷川一男委員:胚がん患者の会ワンステップ理事長、日本肺がん患者連絡会理事長)
また、協議会会長を2期・4年務めた山口健会長(静岡県立静岡がんセンター総長)も、会長のバトンを引き継ぐにあたり、▼我が国のがん医療について海外への情報発信が弱い。まず第2期・第3期のがん対策推進基本計画を英訳し、論文発表することを予定している▼今後のがん対策では、「正確な情報発信」と「がんとの共生」がさらに重要性を増す—などの考えを強調しています。
今後の、新メンバーによる「次期(第4期)がん対策推進基本計画の策定に向けた論議」に期待が集まります。
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