救急医療における患者の診療情報確認、救急医療従事者に特別権限付与し「通常の端末」で確認する仕組みに―医療等情報利活用ワーキング(2)
2022.12.19.(月)
意識不明で救急搬送された患者については、患者の同意を得ずに「当該患者の過去の診療情報」(服用薬や既往歴など)を確認することが認められる—。
ただし重要な個人情報であることから、安易な情報アクセスを避けるため、「病院のみで情報アクセスを可能とする」「救急医療従事者に特別権限を付与し『通常の端末』で情報確認する仕組みとする」「誰が何時情報にアクセスしたかの履歴情報を適切に管理する」仕組みを設ける—。
また、一刻を争う救急現場において「必要な情報に迅速にアクセスできる」ように、救急医療の関係学会とも協議して工夫を行う—。
12月15日に開催された健康・医療・介護情報利活用検討会の「医療等情報利活用ワーキンググループ」(以下、ワーキング)では、こうした議論も行われました。森田朗主査(東京大学名誉教授)一任で了承されており、来年度(2023年度)からシステム構築を進め、早ければ再来年度(2024年度)には実装される見込みです。
救急医療現場で円滑に診療情報にアクセスできる仕組み、早ければ2024年度から実装へ
Gem Medで繰り返し報じているとおり、オンライン資格確認等システムのインフラを活用した「全国の医療機関で診療情報(レセプト情報・電子カルテ情報)を共有する」仕組みの構築・運用が進められています。
医療機関等において「患者の情報を共有・閲覧する仕組み」には、大きく次の2つがあります。
(A)「レセプト」情報を共有・閲覧可能とする仕組み
(B)各医療機関の電子カルテ情報を共有・閲覧可能とする仕組み
(B)の電子カルテ情報共有は、これから具体的な仕組みが構築されていきますが(関連記事はこちらとこちらとこちら)、(A)のレセプト情報共有はすでに▼薬剤▼特定健診情報▼基本情報(医療機関名、診療年月日)▼放射射線治療▼画像診断▼病理診断▼医学管理、在宅療養指導管理料▼人工腎臓、持続緩徐式血液濾過、腹膜灌流—を対象に全国の医療機関で運用が始まっています。さらに、来年(2023年)5月には、共有情報が「手術(移植・輸血を含む)、短期滞在手術等基本料」にも拡大されます(関連記事はこちらとこちらとこちらとこちら)。
ところで、こうした情報を医療機関で確認・共有する際には「患者の同意」のあることが大前提となります。医療情報は、極めて機微性の高い個人情報に該当するため、患者本人の同意なく他者が安易に閲覧・共有することは許されません。
しかし、この大原則を貫くと「意識不明で救急搬送された患者では、情報共有などの同意が得られないため、過去の診療情報を踏まえた質の高い医療提供ができない」ことになってしまいます。患者が過去の診療情報(今どのような薬を飲んでいるのか、過去にどんな病気・ケガをし、どのような治療を受けたのか)を医師に伝達できない場面でこそ、(A)(B)の診療情報を共有できる仕組みの真価が発揮されますが、これでは本末転倒になってしまいます。
このため「救急医療などの『患者の同意が得られない』場面では、例外的に『患者の同意』を得ずに過去の患者情報にアクセスする」ことが可能とされています。法律的にも「患者の生命を守ることが最優先される。患者の同意を得ずに診療情報にアクセスする場合でも違法性は阻却される」と解されており、12月15日のワーキングでも、法学の専門家である樋口範雄構成員(武蔵野大学法学部特任教授)がこの点を確認しています。
もっとも、「患者の生命を守るためなので、無制限に患者の診療情報にアクセスする」ことも好ましくありません。また、一刻を争う救急現場では「真に必要な情報に迅速にアクセスできる環境」を整えておくことが重要です(膨大な診療情報をかき分け、「あの情報はどこにあるのか」と探すことは非効率である)。
そこで、これまでに▼医療機関に「救急専用端末」(救急専用のカードリーダー)を設置し、そこでマイナンバーカードあるいは4情報(患者の氏名、生年月日、性別、保険者名・患者住所の一部)を用いて患者情報にアクセスする▼事後に「救急時に誰がどのような情報にアクセスしたか」を確認可能とする(安易な情報へのアクセスを抑制する)—ことで、「過去の診療情報を活用した質の高い医療提供」と「個人情報の保護」との両立を図ってはどうかとの議論が行われてきました(関連記事はこちら)。
しかし、「専用端末の準備コストが莫大になる」などの問題点が指摘されたほか、「情報にアクセスできる医療従事者の範囲を明確化すべき」「一刻を争う救急現場では『円滑に必要な情報にアクセスできる』ことが求められ、情報共有画面の工夫が必要である」との提案もなされています。
こうした声を踏まえ厚生労働省は、具体的な「救急時の情報閲覧における仕組み」を検討。12月15日のワーキングに、以下のような提案を行いました。
なお、この仕組みは「患者が医療機関に搬送された後」の場面を想定していますが、山本隆一構成員(医療情報システム開発センター理事長)らから「医療機関で受け入れる前の段階で、救急救命士等が情報にアクセスできる環境の整備も重要である」と指摘。厚生労働省医政局の田中彰子参事官(特定医薬品開発支援・医療情報担当)(医政局特定医薬品開発支援・医療情報担当参事官室長併任)は「今後の重要検討テーマであり、すでに消防庁とも協議を進めている」ことを明らかにしています。
まず、救急時医療情報閲覧を可能とする施設は「病院に限定」することが提案されました。(現時点でクリニックなどは対象外)。「意識不明の救急患者が搬送される医療施設のほぼすべては病院である」点、「情報セキュリティの確保が病院で比較的進んでいる」点などを踏まえた結果と言えます。
また救急時医療情報閲覧については、「通常の医療情報閲覧端末」を使用するが、▼施設管理者(院長等)が医療従事者の一部に救急時閲覧権限を付与する(例えば救急科の医師・看護師などに通常時の情報閲覧権限と救急時の情報閲覧権限を付すが、一般の医療従事者には通常時の情報閲覧権限のみを付すイメージ)▼2要素認証(例えばID・パスワードに加え、指紋など)により、救急時情報閲覧権限が付与された本人であることを確認する—ことにより「閲覧可能者を限定する」方式を採用してはどうかとの提案がなされました。従前の「専用端末を設けることで、情報可能者を限定する」方式では、コストが莫大になること、救急科のスタッフが2台の端末(通常の端末、救急時専用の端末)を使い分けることは非効率であること、などを踏まえた提案です。
他方、安易な情報アクセスを抑止するもう1つの重要方策である「閲覧ログの管理」については、すでに通常の医療情報閲覧に関して「『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン』に沿って患者本人・施設・実施機関からログ(誰がいつ当該患者の情報にアクセスしたのかの履歴)を確認できる仕組み」が整っており、救急時にも、この仕組みを活用することが提案されました。
また、救急時医療情報閲覧において「患者の特定」が非常に重要となります。搬送されたのは「Aさん」であるが、閲覧した情報が異なる「Bさん」のものであっては意味がありません。この点については、▼マイナンバーカードの提示▼患者の4情報(氏名、生年月日、性別、保険者名称・患者住所の一部)の入力—とする考えが示されました。災害時の医療情報閲覧時と同様の仕組みとするイメージです。
さらに、「一刻を争う救急現場では、必要な情報に迅速にアクセスできる環境が必要である」との声に応えるため、「医療情報表示に至るまでの画面遷移は、既存画面(通常の医療情報確認・共有の画面、関連記事はこちら)をベースとし、『救急時に迅速な操作が可能なレイアウトとする』、『通常画面と救急時用画面とを選択できるようにする』など、救急現場での活用を考慮した画面とする」考えが示されました。今後、救急医療関連学会の意見なども踏まえて「現場のニーズにマッチした情報閲覧画面」が検討・構築されます。
救急医療現場の実態に沿った提案内容であり、ワーキング構成員は概ね同意。もっとも、▼安易な情報アクセスを防止するために不適切なケースに対するペナルティも考えるべき(長島公之構成員:日本医師会常任理事)▼救急医療はチームで動く、どの医療従事者が情報閲覧を可能とするかをより明確にすべき(高倉弘喜構成員:国立情報学研究所アーキテクチャ科学研究系教授)—などの提案が出ています。森田主査と厚労省とで、こうした声を適宜踏まえて「救急医療時の情報を確認する仕組み」を確定。来年度(2023年度)からシステム構築をはじめ、早ければ再来年度(2024年度)にもオンライン資格確認等システムに実装される見込みです。
なお、一部有識者からは「救急時においても『自身の過去の診療情報を知られたくない』と考える人も一部にいるであろう。そこで、事前に、平時より『自身の診療情報にアクセスしないでほしい』との意思を表明しておき、それを救急時にも確認する仕組みを設けてはどうか」との指摘もあります。しかし、一刻を争う救急現場に対し、「患者の平時の意思はどうなのか」を確認せよと求めることは、「必ず意思表明がある」とも限らず、確認に大きな手間・時間がかかるなど、非現実的な面が多々あります。上述した「救急時には患者の生命を守ることが最優先され、患者の意思に沿わない情報確認であっても違法性が阻却される」点を重視し、日本全国で円滑な救急医療提供を可能とする環境を整えることになります。12月15日のワーキングでは、田中参事官もこの点を確認しています。
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