酵素「PSAT1」が「がんの悪性化に関わるEV」の分泌を抑制、新たながん治療戦略に期待—国がん・東京医大
2024.7.29.(月)
がんの悪性化に関わるとされる細胞外小胞「EV」(Extracellular vesicle)の分泌をコントロールする因子として「miR-891b」と、マイクロRNAのターゲットである「PSAT1」(Phosphoserine aminotransferase 1)という酵素を発見—。
「PSAT1」は、▼大腸がん、肺がん、乳がんをはじめ、多くのがん種で発現が高い▼発現量を抑制することでEVの分泌量も抑制できる—など、「多くのがん種でPSAT1がEV分泌に関わる」ことが明らかになった—。
「PSAT1」の発現は「高転移性のがん細胞株」で上昇しており、PSAT1発現の抑制により「乳がんの骨転移」が抑制された—。
国立がん研究センターとがん研究会が7月24日に、こうした研究結果を公表しました(国がんのサイトはこちら)。
これらの研究成果から、「PSAT1」によるEVの分泌抑制が「新たながんの治療戦略」になると期待されます。
乳がんなどのがん転移阻害剤の開発に貢献する可能性
がん細胞では、正常な細胞と比較して「放出されるEV」(エクソソーム(細胞から放出される組織再生を促す成長因子や細胞間の情報伝達物質を含んだ物質)を含む細胞外小胞、Extracellular vesicle)の量が多いことが知られています。
EVは、あらゆるタイプの細胞から放出される脂質二重膜に包まれた約100nm(ナノメートル)ほどの小さな粒子で、細胞からのタンパク質、メッセンジャーRNA、マイクロRNA、脂質のキャリアとして機能します。これによりEVを受け取る細胞へのシグナル伝達を誘導します。
がん細胞では、このEVを使って他の細胞に働きかけを行い「自身の生存に有利になるように環境を作り変える」ことが知られています。
こうしたことから、「がん細胞から分泌されるEVを止める」ことが、新たながん治療につながると考えられます。この点、今般実施された国がんと東京医大との「乳がん転移モデル」を対象とした共同研究から、次の要ことが明らかになりました。
(1)「miR-891b」は「PSAT1」の発現量を制御することでEV分泌量を抑制する
→「miR-891b」を導入した細胞ではEVの分泌が抑制されることが分かり、「miR-891b」のターゲットとして「PSAT1」を発見
→細胞内の「PSAT1」をsiRNAを使用して抑制した際にも、同じようにEVの分泌量が下がる
→ここから、「miR-891b」と「PSAT1」が、がん細胞におけるEVの分泌に重要であることが分かる
(2)がん細胞におけるEV分泌には「セリンセラミド経路」が重要である
→「PSAT1」はセリン合成経路の酵素の1つで、4つの反応を経てEVの重要な構成因子であるセラミドになる
→「PSAT1」の発現を抑制することでEV分泌量が低下するが、「セリン」を補充することで対照群と同程度にEV分泌量が回復する
→がん細胞のEV分泌には「セリン」が重要であることが分かる
(3)多くのがん種で「PSAT1」が高発現しており、EV分泌に関わる
→正常部位とがん部位として「PSAT1」の発現量を比較すると、多くのがん種において正常部位と比較してがん部位での発現が高いことが分かった
→ここから、がん細胞において「PSAT1」がEV分泌を担っている可能性が示唆される
→がん細胞株の「PSAT1」の発現を抑制すると、どの細胞株においても一定量のEV分泌「抑制」効果が確認できる
→これらから、「PSAT1」は多くのがんにおいてEV分泌を担っていることが分かる
(4)「PSAT1」は高転移性がん細胞株で高発現し、EV分泌の亢進に寄与する
→同じ乳がん細胞でも、「親株」と「転移する能力を獲得した細胞株」とで比較すると、後者のほうが「PSAT1」の発現量が多い
→「PSAT1」発現量に比例してEVの分泌量も上昇する
(5)「PSAT1」はEV分泌を介して乳がん転移を促進する
→乳がん骨転移細胞が出すEVを受け取る細胞として「乳がんにおける溶骨性転移において重要な役割を果たす破骨細胞」を選んで、その活性化を確認したところ、「PSAT1」過剰発現株由来のEV、つまり「より多くのEVを添加した方が破骨細胞を活性化する」ことが明らかとなった
→「PSAT1」は、EVの材料であるセリンをがん細胞に供給することで「がん細胞が分泌するEV量を増やしている」と考えられ、その量の増加が重要であると示唆された
→動物実験でも、▼「PSAT1」発現抑制株ではがん細胞の骨転移が有意に抑制される▼「PSAT1」過剰発現モデルでは、肺の微小転移の数が有意に増加する—ことが明らかとなった
→「PSAT1」の発現は、骨転移だけでなく肺転移においても重要であることがわかる
これらの結果を総括し、研究チームでは今後に向けて、▼今回発見したセリンセラミド経路にはすでに阻害剤が開発され、同様にEV分泌を抑制する効果が細胞レベルで確認されている。今後、動物試験によりがん治療薬としての有効性を確認し「がん治療としてEV分泌抑制剤が使用できる」可能性がある▼乳がん転移モデル以外にも、「PSAT1」発現量は多くのがん種で上昇しており、これらのがんにおける転移などへの影響も見ていくことで「がんの種類によらず、EVの分泌を阻害することでがんを治療する」新たな治療法開発が期待できる—と展望しています。
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