2018年度の診療報酬改定、医療・介護連携をさらに推進―鈴木保険局長インタビュー(1)
2016.7.26.(火)
6月末の厚生労働省人事異動で、技術総括審議官であった鈴木康裕氏が保険局長に就任されました。診療報酬・介護報酬の同時改定であった2012年度改定では、総指揮を取り、社会保障・税一体改革に向けた診療報酬からのアプローチについて筋道をつけられました。6年後となる次期2018年度改定に向けて、どのようなお考えをお持ちなのか、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン(GHC)代表取締役社長の渡辺幸子が、詳しく伺いました。鈴木保険局長とGHC渡辺は東京大学 医療政策人材養成講座5期生で同じ研究班グループでした。
メディ・ウォッチでは2回にわたって鈴木保険局長のお話をお伝えします。前編となる今回は、鈴木保険局長の就任に当たっての抱負、注目される2018年度の次期診療報酬改定に向けた大きな考え方についてお伝えしましょう。鈴木保険局長は、「高齢者の医療と介護は本質的に不可分」であることを強調し、次期改定でも医療・介護連携をより推進していく考えを述べています。
目次
医療者を含め、国民全員が「今のままではダメだ」と認識してほしい
渡辺:外口元保険局長以来、お2人目の「技官である保険局長」にご就任されました。医療保険については、とかく「財政」を中心とした議論が行われますが、根底にある「医療」「医学」を忘れた議論はできないと思います。医療・医療の専門家という立場から、どのように医療保険制度の改革に取り組んで行かれるのか、お考え・抱負をお聞かせください。
鈴木氏:私は、医療について提供体制と保険制度は「車の両輪」と考えています。厚生労働省の局で言えば医政局と保険局がそれぞれを所管していますが、医療提供体制も医療保険も、法律・財政だけの論理で動いているわけではなく、同時に、「医療として何が必要か、患者にとって何が必要か」という視点も必要で、どちらかに医師・MDが絡むことが必要ではないでしょうか。自然科学をバックグラウンドにしている人間からすると、エビデンスやロジック、もちろんそれだけではいけませんが、これらも大事にしたいと考えています。
私は、2012年度の診療報酬改定を担当しました。その際にも強く感じたのですが、かつての高度成長の時代には「上がった利潤をどう分け合うか」という議論でしたが、今は言わば「負をどう分け合うか」という時代です。その点に鑑みると、公平感が重要です。つまり「一部の人だけに負のしわ寄せが行く」という事態は避けなければいけません。
さらに予測可能性も重要です。「明日から収入が半分になります」となったのでは医療現場はとてもではないが耐えられない。しかし、例えば「20年後に、あなたの病院ではこういった患者が3割減ると考えられます。それまでに人の雇用や体制などを見直してください」となれば、何とか対応できるのではないでしょうか。
どういった選択肢をとってももちろん厳しいのですが、「今のままではダメだ」ということを国民全員に分かっていただくことが重要です。
薬剤収入は医療機関の人件費や改修費の原資でもある、薬価引き下げ分の取扱いが重要
渡辺:2018年度は診療報酬と介護報酬の同時改定となり、あわせて新たな医療計画や介護保険事業計画もスタートするなど大きな改定になると予想されます。前回2012年度の同時改定で医療課長として総指揮を取られた当時の鈴木医療課長と迫井企画官のお二人が、それぞれ保険局長と医療課長に就任され、同時改定に向けて「完璧な布陣」が整えられたと感じています。
一方、消費増税の先送りによって2018年度改定では財源確保が非常に難しくなると思われ、困難な舵取りが予想されます。
また以前から鈴木保険局長は同時改定を三段跳びになぞらえて、「2012年度が『ホップ』、2018年度が『ステップ』、2024年度が『ジャンプ』になる」とお話されておられます。これらを踏まえて、2018年度改定に向けて、どのような構想をお持ちなのでしょうか。
鈴木氏:ご指摘のとおり、2018年度には診療報酬・介護報酬の同時改定、医療計画・介護保険事業(支援)計画のスタートがあります。さらに、国民健康保険の都道府県化もスタートするため、私は「惑星直列」と呼んでいます。こうしたいろいろな大きな動きがあり、2025年を前にドラスティックなパラダイムシフトが起きる、あるいはその準備のために起こさないといけないのではないかと考えています。
しかし、英国のようにすべての病院が公的施設であれば人員の縮小や配置転換などを大胆に実行することができますが、日本では民間病院が7割を占めており、そうした大胆な改革を一度に行うことは非常に難しいのです。
現在、各都道府県で地域医療構想の策定を進めていただいています。人口動態や患者の疾病構造から「高度急性期は何床、急性期は何床必要になる」という数字は出せますが、問題は、それをどう実現していくかです。1県に医科大学が1つだけしかないような地域では、医科大学が中心的な役割を担って、「この病院には周産期中心の役割を担ってもらおう、この病院にはがん医療を中心に診てもらおう」というやり方が可能かもしれませんが、多くの都道府県では、地域医療構想の実現には相当苦労されると予想しています。
その際、同様の機能を担う急性期病院が数多くある地域では、例えば熊本県のようにうまく役割分担ができれば良いのですが、そう簡単ではないでしょう。
渡辺:少し気が早いですが2018年度の改定内容について伺いたいと思います。先ほども申しましたが、消費増税が先送りされ、財源確保が厳しい中では、メリハリの効いた資源配分(点数配分)が重要になってくると考えます。医療の現状、局長のこれまでのご経験を踏まえて、「特にここに手厚くすべきではないか」とお考えの重点分野などはあるのでしょうか?
鈴木氏:新たな財源確保、つまり改定率は医療経済実態調査の結果に大きく影響されますし、また政治的に決着する部分も少なくありません。
事務方である我々がまずしなければいけないのは、「薬価の引き下げ分をどのように分配するか」という点を考えることでしょう。2012年度改定では、薬価の引き下げで生まれた6000億円ほどの財源をすべて医科・歯科・調剤の本体報酬の見直しに充てることができました。しかし、翌2014年度改定では、消費増税改定とセットであったため、薬価の引き下げ分はほとんど消費増税対応に充てざるを得ませんでした。これは医療機関などにとってみれば、表面的には増収ではありますが、実質的にはその分は消費増税による支出増に消えてしまうものです。このため、特に病院を中心に収支が悪化してしまいました。
薬剤にかかる医療機関の収入は、当然、医師や看護師などスタッフの人件費、建物や設備の改修費、機器の購入費などにも充てられています。医療機関で購入している薬価の引き下げ分を診療報酬本体の改定財源に充てなければ、こうした人件費や改修費などに充てる財源を単純に取り上げることになってしまいます。この点は財務省ともしっかり議論しなければいけないと考えています。
高齢者の医療・介護は本質的に不可分、医療と介護の組み合わせが将来の重要テーマ
渡辺:次期改定は同時改定ということもあり、これまで以上に「医療・介護連携」の推進が重視されると予想しています。前回の改定から連携が進んだ部分、まだ不十分な部分など、さまざまあると思いますが、「医療・介護連携を進めるために、ここにテコ入れすべきではないか」とお考えの部分などあれば、お教えください。
鈴木氏:極めて重要なテーマです。とても細かい部分の話をすれば、例えば「特別養護老人ホームでの看取りをどう考えていくのか」「老人保健施設では薬剤費が報酬に包括されているので薬剤使用に厳しい制限があると指摘されており、これをどう考えるのか」といったテーマがあります。
しかし、より本質的な問題として、「本来、高齢者の医療と介護は完全には分けられない」という課題があります。医療を必要とする高齢者は、介護も必要としていることが少なくありません。現在は、そうした高齢者に対して、「介護の中の医療部分」を介護事業所・施設がみており、「医療の中の介護部分」を病院やクリニックがみています。しかし、もう少しうまい組み合わせ方があるのではないかと考えています。2018年度の次期改定で実現できるかどうかは分かりませんが、「切れ目のない医療・介護サービスの提供」を実現するために、将来に向けて工夫が必要になってきます。
また医療機能の分化・連携は、放っておいてうまくいくものではありません。ある分野に特化する場合には、やむを得ず切り捨てなければいけない部分が出てくるでしょうし、資本投下も必要になってきます。そこは、例えば診療報酬などできちんと面倒を見なければいけないと思っています。
さらに私は、最後に重要になるのは「在宅医療」ではないかと考えています。地域医療構想では、高度急性期・急性期の病床から回復期・慢性期の病床への移行を促すとともに、慢性期入院患者の一定数を在宅に復帰させることになっています。しかし、現在入院している患者を何もせずに在宅に復帰させることは難しいでしょう。
ばらばらに居住している患者に在宅医療を提供するとなれば、スタッフの移動だけで大きなコストがかかります。物理的な距離が遠い地方では特にそうでしょう。
そのため、例えばサービス付き高齢者向け住宅などをきちんと整備し、そこで効率的な在宅医療を提供するということを考えなければいけません。もっとも、制度設計を少し間違えれば、不適切な事例も発生してしまうので、十分な検討が必要です。
渡辺:我々がコンサルティングをする中では、「医療側にはまだ介護との連携に関する意識が低い。介護側は逆に敷居の高さを感じている」という実態があるように感じますが。
鈴木氏:「自分自身の事業を進めるために、その先を考える」という構造にしなければ難しいと考えます。例えば平均在院日数の要件設定(例えば7対1病棟では現在18日以内)などを進めていくと、単に退院させるだけではダメで、「退院後の生活や在宅医療・介護をしっかり考えなければいけない」という具合に意識が変わって行かざるを得ません。このように「インセンティブの構造」を変えていく必要があると思います。
また医師の教育過程の見直しも必要になってくるのではないでしょうか。私が医学生の頃はもちろんですが、今でも医学部の教育において介護や在宅医療にそれほど時間をさいているとは思えません。これから高齢者がますます増えていきますので、医師が必要とされる場面も高齢者ケアにシフトして来ていますが、それに医学教育がマッチしていないのかもしれません。その点も、今後、検討していく必要があります。
(後編に続きます)
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