将来的に看護配置でなく、重症者の受け入れ状況に着目した診療報酬に―鈴木保険局長インタビュー(2)
2016.7.27.(水)
お伝えしているように、GHC代表取締役社長の渡辺幸子が厚生労働省保険局の鈴木康裕局長を表敬訪問。2018年度の次期診療報酬改定を中心に、山積する課題に対する対策やお考えを詳しく伺いました(前編の記事はこちら)。鈴木保険局長とGHC渡辺は東京大学 医療政策人材養成講座5期生で同じ研究班グループでした。
後編となる今回は、2018年度の次期診療報酬に向けた鈴木保険局長のお考えを詳しくお伝えします。将来的に看護配置ではなく、重症患者をどれだけ受け入れ、どのような治療・ケアを行ったかに着目した診療報酬体系にすべきとのお考えや、アウトカム評価、超高額薬剤の取扱いなどについてご見解を伺うことができました。
目次
病棟看護師も定期的に数か月程度、訪問看護ステーションで研修を受けてはどうか
渡辺:先の2016年度診療報酬改定では、退院支援加算1が新設され、施設基準に「過去1年間の介護連携指導料が病床数の15%あるいは10%以上」という要件が設けられました。このような要件設定は非常に効果的だと感じています。このように看護師とケアマネジャーをはじめとした介護職との連携が非常に重要ではないかと考えますが、いかがでしょうか?
鈴木氏:おっしゃるとおりだと思います。看護師はもっとも患者さんに接する時間の長い医療スタッフです。
私の個人的な見解ですが、病棟の看護師も、何年かに1度、数か月程度の期間、訪問看護に携わったほうが良いのではないかと考えています。
これまで訪問看護ステーションからの訪問看護療養費は引き上げてきましたが、病院・クリニックからの訪問看護については報酬が低く設定されていました。これは、訪問看護ステーションの発展も目指したもので、確かに訪問看護ステーションの事業所数は増えたのですが、個々の事業所の規模は残念ながらあまり大きくなっていません(2014年度の介護サービス施設・事業所調査では常勤換算の総従業者数が平均で6.3人)。これではオンコール負担などが大きく、バーンアウト(燃え尽き)してしまうでしょう。
病院や病院附属の訪問看護ステーションでは、多くの看護師をプールしています。そこから適任者を選任し、あるいは定期的な研修者を、市中の訪問看護ステーションに派遣すれば、在宅医療の経験も積めますし、訪問看護ステーションにとっても新しい医療知識を吸収する機会が増えます。訪問看護ステーションと病院が連携することが不可欠であろうと考えています。
根源的には、看護配置でなく「どれだけ重症患者を診たか」で報酬が決まるべき
渡辺:局長が医療課長として総指揮をとられた2012年度改定から病院・病床の機能分化、とりわけ「7対1」病床数の適正化が大きなテーマになっていると思います。今回改定で注目された看護必要度の大幅な見直しも、このテーマに沿うものと考えますが、「もう少し踏み込むべきだったのではないか」「7対1病床数の適正化につながらず甘いのではないか」といった厳しい指摘もあるようです。次期改定ではどのような点に着目されるお考えでしょうか。
鈴木氏:7対1看護は、かつての1.4対1看護に相当しますから、病棟看護師はとても多く配置されています。7対1入院基本料は、2006年度の診療報酬改定で新設されましたが、当時の医療課長は中央社会保険医療協議会で「7対1の病床数は2万床程度になる」と答弁しています。このように「看護の手間が非常に多くかかる患者を多く受け入れている」一部の病院を対象として、極めて高い点数を設定しました。しかし、これが多くの病院から看護師を吸い上げることになってしまい、現在の7対1病床数は38万床にも達しようかという状況です。
今回の2016年度改定で導入した「病棟群単位の入院基本料」の状況や、Hファイルに基づく看護必要度の内容などをきちんと分析して最適配分を考え、メリハリのついた看護配置を実現する必要があります。個人的には、点数設定も少し高すぎるかもしれないと感じています。
また、根源的には「看護師配置で診療報酬の高低が決まる」という現在の仕組みはおかしいという指摘が増えています。どういった状態の患者を受け入れ、どういったケアを行っているのかに着目した診療報酬とすべき、ということでしょう。
「7対1」はストラクチャーの1要素に過ぎません。将来的には「重症患者の受け入れが多い病院が、高い診療報酬を得られる」形にすべきです。今回の2016年度改定で看護必要度の見直しを行いましたが、将来に向けた移行過程の1つと考えることもできると思います。
中医協では、支払側もこの点についてご意見を述べられており、少しずつこうした方向にシフトするための検討をしていく必要があるのではないでしょうか。
渡辺:最近の診療報酬改定では、生活習慣病対策にも力を入れておられます。主治医機能を評価する「地域包括診療料」などが設定されましたが、届出・算定状況は芳しくないようです。クリニックの報酬体系について、どのようにお考えでしょうか。
鈴木氏:高脂血症、高血圧、糖尿病の患者が増加しており、重症の患者もいます。ただし、多くの数値異常にとどまっている患者については、最初の鑑別診断や治療方針の決定、半年に1回程度の精密チェックは確実に実施しなければいけませんが、2、3週間に一度の定常的なフォローアップについて、「何か異常のあったとき」以外は、最新のテクノロジーを使って、医師にも患者にも負担の少ない方法で実施できないかという意見もあります。
このように慢性疾患の管理のあり方を修正し、その分、在宅医療であったり、地方の病院でたいへんな部分を助けてもらうことで、医師の偏在も多少緩和されるという見方もあります。
アウトカム評価、総論は皆賛成するが、指標設定になると難しい議論になる
渡辺:GHCでは、かねてより「医療の価値」向上を目指して、全国の病院のコンサルティングを行っています。「医療の価値」を上げるための手法の1つとして「アウトカムに基づいた診療報酬」が考えられると思います。この点について、お考えをお聞かせください。
鈴木氏:「医療の質を上げるためにはアウトカムを評価してほしい」という総論にはどなたからも異論は出ません。しかし、どういう指標を設定しようかという各論になってくると、とたんに話が難しくなります。
例えば医薬品、C型肝炎治療薬のハーボニー錠では完治が見込めるということで、「将来の肝硬変、肝がんを防止できるので、この程度の高額な薬価を設定しても医療費の適正化に繋がる」という計算ができます。また、外科医療についても、ある程度成功・非成功が判断しやすいので、比較的このようなアウトカム評価や費用対効果評価を導入しやすいと思います。
しかし、内科は難しい点がありますね。特に疾病管理の長期的な評価は難しい。糖尿病の患者について、「最終的に失明の防止をできたどうか」という指標で評価するとなると、時間的な距離があまりに遠くなります。ただし、例えば同じく糖尿病患者について、「こういった指導を行った結果、一定期間HbA1cの数値悪化させなかった」というサロゲートマーカーで評価することは検討の余地があるかもしれません。
なお、現在、費用対効果の議論が進んでいますが、「薬価を下げる」ためにやっているという誤解があるようです。私は評価の結果「価格を上げる」という措置も必要だと思います。そうでなければメリハリをつけることができません。透明性のあるルールで費用対効果をきちんと評価していきます。ただし、それが不適切なビジネスを誘発しないように注意もしなければいけません。費用対効果評価を悪用し、例えば「意図的に希少な疾病の治療薬として高い薬価を設定し、その後に患者数の多い疾患に適応拡大して暴利を得る」という事態は避けなければいけません。
渡辺:抗がん剤のオプジーボやC型肝炎治療薬のハーボニーなど、超高額薬剤のあり方が今後、極めて重要な課題になると思います。優れた医薬品の開発・保険適用は国民のために進めるべきですが、一方で医療保険制度の維持という側面も無視することはできません。この点、どのように考えていくべきなのでしょうか。
鈴木氏:現在、厚労省内で議論を行っており、医薬・生活衛生局では「どういった患者に対して、どういう要件を満たした医療施設の、どういう資格をもった医師のみが処方・投与できる」というガイドラインを作成してはどうかという検討を行おうとしています。ただし、いくつか課題もあり、「ガイドラインと添付文書がどのように違うのか」などを明確にする必要がまずあります。こうしたガイドラインが作成された場合には、保険局側は留意事項通知に落とし、「こういった場合ではなければ償還(保険請求)できない」とすることについて中医協でご議論していただくことになるでしょう。
一方で、値付、つまり薬価の問題もあります。先ほども少し述べましたが、例えば希少疾病治療薬的な取扱いとして高めの薬価が設定されたとします。現在の薬価制度では、(薬価制度改革の)期中であれば、後に適応が拡大、つまり対象患者数が増えても高額な薬価が維持されます。もちろん、直後の薬価改定で引き下げられることになりますが、「最長で2年間、高額な薬価を維持したままでよいのか」という指摘もあります。この点にも、何らかの答えを出さなければいけません。中医協で慎重に議論していただきます。
審査の基準を見える化し、審査システムだけでなく電子レセプトにも搭載できないか
渡辺:診療報酬以外にも、「介護療養病床の新たな移行先」や「審査基準の統一」「レセプト・健診などのビッグデータの活用」など保険局には重要課題が数多くあると思います。とりわけ「審査基準の統一」は、GHCがコンサルティングを行う上でもクライアントから指摘される部分であり、全国の医療機関が注目していると考えます。現時点での局長の率直なお考えをお聞かせいただければと思います。
鈴木氏:ご指摘のように「審査基準の統一・効率化」という問題と、「ビッグデータの活用」という問題があります。
前者については、社会保険診療報酬支払基金の支部(都道府県)間での格差、さらに同じ都道府県であっても支払基金と国民健康保険団体連合会との間での格差という問題があると指摘され、現在、「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」で議論が勧められています。やはり、患者名や所属する医療保険(健康保険や国民健康保険かなど)をブラインドして(隠して)、同じ症例について支払基金と国保連に請求して、合理的な範囲を超えて判断が違ってしまうのは良くありません。
審査のルールをきちんと見える化して、「ここまでは合理的な違いとして判断が異なることは認められます。しかし、ここからは同じでなければいけません」というルールを明確にすべきでしょう。さらに、ここはまだま私の個人的な考えなのですが、その合意されたルールを電子カルテや電子レセプトのシステムに載せられないかと考えています。これが実現できれば、医療機関における入力の時点で「これは認められない」ことが明確になります。そのまま請求することはないでしょうから、審査や返戻などの手間もなくなり、無駄が減ります。さらにデータの精度が向上しますから、ビッグデータとして活用できる幅もさらに広がるでしょう。こうした取り組みが進められないかと考えています。
渡辺:今後のますますのご活躍を期待しております。本日は、誠にありがとうございました。
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