10番目の患者申出療養として、小児脳腫瘍へのエヌトレクチニブ投与療法を認める―患者申出療養評価会議
2020.6.26.(金)
10番目の患者申出療養として、ROS1融合遺伝子陽性の進行性小児脳腫瘍患者に対する「エヌトレクチニブ(販売名:ロズリートレクカプセル)の経口投与療法」を認め、保険診療と保険外診療との併用を可能とする―。
6月25日に開催された「患者申出療養評価会議」(以下、評価会議)で、こういった点が了承されました。
目次
ROS1融合遺伝子陽性の小児脳腫瘍に、当該遺伝子陽性の肺がん治療薬を投与する技術
我が国では、安全性・有効性の確立された医療技術は原則として保険適用され、患者は医療費の1-3割を負担するのみとなります(年齢、収入によって負担割合は異なり、さらに高額療養費制度により1か月の自己負担は一定額に抑えられる)【保険診療】。
一方、安全性・有効性の確立されていない医療技術を受ける場合には、医療保険は使えず、全額自己負担となるのが原則です【保険外診療、自由診療】。
ただし、「保険適用を目指す高度な先端的医療の実施を推進する」ことや「保険診療を受けながら特別の療養環境向上を可能とする」ために、保険診療と保険外診療を組み合わせる仕組みも用意されています【保険外併用療養制度】。
患者申出療養は、2016年4月1日からスタートした新たな保険外併用療養制度で、傷病と闘う患者の「海外で開発された未承認(保険外)等の医薬品や医療機器を使用した治療を受けたい」といった希望・申し出を起点として、当該医療技術(未承認の医薬品等)に一定の安全性・有効性があることを評価会議で確認した上で、保険診療との併用を可能とするものです。
これまでに、次の9種類の患者申出療養が認められています。
(1)腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」
(2)心移植不適応な重症心不全患者への「耳介後部コネクターを用いた植込み型補助人工心臓による療法」(関連記事はこちら)
(3)難治性天疱瘡患者への「リツキシマブ静脈内投与療法」(関連記事はこちら)
(4)髄芽腫、原始神経外胚葉性腫瘍または非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍患者への「チオテパ静脈内投与、カルボプラチン静脈内投与およびエトポシド静脈内投与ならびに自家末梢血幹細胞移植術の併用療法」(関連記事はこちら)
(5)ジェノタイプ1型C型肝炎ウイルス感染に伴う非代償性肝硬変患者への「レジパスビル・ソホスブビル経口投与療法」(関連記事はこちら)
(6)進行固形がん(線維芽細胞増殖因子受容体に変化を認め、従来治療法が無効、かつインフィグラチニブによる治療を行っているものに限る)患者への「インフィグラチニブ経口投与療法」(関連記事はこちら)
(7)早期乳がん患者への「ラジオ波熱焼灼療法」(関連記事はこちら)
(8)遺伝子パネル検査でactionableな遺伝子異常を有すると判断された固形腫瘍に対する「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」(関連記事はこちらとこちら)
(9)HER2陽性の手術不能または再発の乳房外パジェット病患者に対する「トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ点滴静注用)静脈内投与療法」(関連記事はこちら)
6月25日の評価会議では、新たな10番目の患者申出療養として、ROS1融合遺伝子陽性の進行性小児脳腫瘍患者に対する「エヌトレクチニブ(販売名:ロズリートレクカプセル)の経口投与療法」が認められました。
小児脳腫瘍そのものが希少かつ難治な疾患ですが、ROS1遺伝子と他の遺伝子が融合した「ROS1融合遺伝子」が陽性の患者では、▼ROS1融合遺伝子からROS1融合タンパクが生成される→▼ROS1融合タンクががん細胞を増殖させるスイッチを入れてしまう→▼がん細胞が限りなく増殖する—状態となってしまいます。現時点で有効な標準治療がなく、患者の予後は不良です。
この点、同じくROS1融合遺伝子陽性の「切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん」への効能・効果が認められているエヌトレクチニブ(販売名:ロズリートレクカプセル)が、小児脳腫瘍にも効果のある可能性が海外治験で明らかとなり(「脳腫瘍の縮小」が見られたとの報告あり)、今般、患者申出療養として申請が行われたものです。名古屋大学医学部附属病院で実施されます。
対象患者は、「ROS1融合遺伝子陽性脳腫瘍を有することが組織学的・細胞学的に確認され、標準治療が存在しない小児患者」で、本剤の安全性と有効性を探っていきます。同疾患の別患者が、この技術を希望した場合には「名大病院で追加実施する」「本技術実施の要件(臨床研究中核病院・がんゲノム医療中核拠点病院・小児がん拠点病院のいずれにも合致など)を満たす他病院が、名大病院と相談して協力医療機関となり、そこで実施する」ことなどが考えられますが、事実上は「今回の申し出を行った1名のみ」が対象となります。
国がんによる「小児がん患者へのゲノム医療」計画に期待集まる
また症例登録期間は6か月とされており、その後に同疾患で、本薬剤の投与を希望する患者が現れた場合には、「新たな患者申出療養として申請する」ことが原則ですが、直江知樹構成員(名古屋医療センター名誉院長)は、上記(8)の技術「遺伝子パネル検査でactionableな遺伝子異常を有すると判断された固形腫瘍に対する『マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療』」に期待を寄せました。
この技術は、遺伝子パネル検査と解析によって「未承認の分子標的薬(抗がん剤)が奏功する可能性がある」と分かったがん患者が、迅速に当該分子標的薬を用いた治療が可能となるように、予め国立がん研究センターで「患者申出療養の計画」を準備しておくものです(関連記事はこちらとこちら)。
評価会議の意見を踏まえて、現在、国がんで「小児を対象とする計画」の準備が進んでおり、また使用可能な分子標的薬の拡大(製薬メーカーへの依頼)も進められています。この枠組みの中に「エヌトレクチニブ」(販売名:ロズリートレクカプセル)が含まれれば、ROS1融合遺伝子陽性の進行性小児脳腫瘍患者が本剤投与を希望した場合、速やかな患者申出療養としての実施が可能となります。今後の国がんと製薬メーカーとの協議に期待が集まります。
高額な患者負担を支援する仕組みの検討を委員が要請
また、本技術の費用は、1件あたり、全体で254万6000円、うち患者申出療養に係る費用は77万7000円(すべて患者負担)となります。薬剤は製薬メーカー(中外製薬社)から無償提供されます。また、本技術に効果があり投与継続となる場合、2年目からは年間34万3000円の患者負担が発生します。
この点について天野慎介構成員(全国がん患者団体連合会理事長)や石川広己構成員(日本医師会常任理事)をはじめ、多くの構成員から「患者負担を軽減する仕組みの検討」を求める声が出ています。「国として患者負担軽減に向けた仕組みを設けることができるのか(同じく保険外併用療養制度である先進医療でも、負担軽減の仕組みはない)」「小児慢性特定疾患・指定難病などの他制度との関係をどう考えるのか」なども含めて、今後、検討していくことになりそうです。
患者申出療養の評価、従来の医療技術と比べるのでなく、当該技術自体の絶対評価へ
ところで、患者申出療養は「適応外薬の薬事承認・保険適用」を目指して臨床研究として実施されます。このために実施計画を定め、事後に有効性や安全性を評価することになります(関連記事はこちらとこちらとこちら)。
しかし、そもそも「患者の希望・申し出を起点とする仕組み」であることから、▼実施計画の作成(とりわけ症例数の計画など)▼事後の有効性・安全性の評価―が難しいという面もあり、5月21日の前回会合では「実施計画や総括評価の手法を見直すべきではないか」との指摘が構成員から出されました。
これを踏まえ厚労省は今般、総括報告における有効性・安全性の評価を「当該技術を実施した、個別患者について行う」旨に改める考えを提示。従前は「従来の医療技術に比べて、当該技術が有効であるか」などの視点で評価していましたが、症例数が少ないことが多く「有効性は不明」という結論を出さざるを得ませんでした。これを「個別患者にとって、この技術は有効であったと考えられるか、有効でないと考えられるか」といった評価(言わば絶対評価)に改めるものです。実施計画の段階で定めた評価指標(例えば「無増悪生存期間」や「全生存期間」など)に沿って総括評価を行い、「無増悪期間に鑑みれば、当該治療は有効と思われる」などの結論が示されるイメージです。
さらに山口俊晴構成員(がん研究会有明病院名誉院長)や石川構成員からの「技術全体を俯瞰した妥当性の評価を行うべき」との指摘も踏まえ、総括報告書の評価表を見直すことになります。
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