12番目の患者申出療養、「BRAF V600変異陽性の小児神経膠腫」への抗がん剤併用療法を承認―患者申出療養評価会議
2021.8.23.(月)
12番目の患者申出療養として「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児を対象としたダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法」を認め、保険診療との併用を可能とする―。
最初の患者申出療養である「腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」について、技術継続中であるが、有効性・安全性に関する評価を前倒しで実施する―。
8月20に開催された患者申出療養評価会議で、こういった点が了承されました。
目次
「BRAF V600変異陽性の小児神経膠腫」への抗がん剤併用、12番目の患者申出療養に
我が国の医療保険制度では、「安全性・有効性の確立された医療技術は、基本的にすべて保険適用され、患者は医療費の1-3割を負担するのみで優れた医療を受ける」ことができます(年齢、収入によって負担割合は異なり、さらに高額療養費制度により1か月の自己負担は一定額に抑えられる)【保険診療】。
一方で、安全性・有効性の確立されていない医療技術を受ける場合には、原則として医療保険は使えず、全額自己負担となります【保険外診療、自由診療】。
ただし、「高度な先端的医療の有効性・安全性確認のために、症例を確保する」ことや「保険診療を受けながら特別の療養環境向上を可能とする」ために、保険診療と保険外診療を組み合わせる仕組みも用意されています【保険外併用療養制度】。
患者申出療養は、2016年4月1日からスタートした保険外併用療養制度です。傷病と闘う患者の「海外で開発された未承認(保険外)等の医薬品や医療機器を使用した治療を受けたい」といった希望・申し出を起点に、当該医療技術(未承認の医薬品等)に一定の安全性・有効性があることを評価会議で確認した上で、保険診療との併用を可能とするものです。
これまでに、次の11種類の患者申出療養が認められています(ただし「4」「5」の技術は終了しており、現在、動いている患者申出療養は9種類)。
(1)腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」
(2)心移植不適応な重症心不全患者への「耳介後部コネクターを用いた植込み型補助人工心臓による療法」(関連記事はこちら)
(3)難治性天疱瘡患者への「リツキシマブ静脈内投与療法」(関連記事はこちら)
(4)髄芽腫、原始神経外胚葉性腫瘍または非定型奇形腫様ラブドイド腫瘍患者への「チオテパ静脈内投与、カルボプラチン静脈内投与およびエトポシド静脈内投与ならびに自家末梢血幹細胞移植術の併用療法」(関連記事はこちら)
(5)ジェノタイプ1型C型肝炎ウイルス感染に伴う非代償性肝硬変患者への「レジパスビル・ソホスブビル経口投与療法」(関連記事はこちら)
(6)進行固形がん(線維芽細胞増殖因子受容体に変化を認め、従来治療法が無効、かつインフィグラチニブによる治療を行っているものに限る)患者への「インフィグラチニブ経口投与療法」(関連記事はこちら)
(7)早期乳がん患者への「ラジオ波熱焼灼療法」(関連記事はこちら)
(8)遺伝子パネル検査でactionableな遺伝子異常を有すると判断された固形腫瘍に対する「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」(関連記事はこちらとこちら)
(9)HER2陽性の手術不能または再発の乳房外パジェット病患者に対する「トラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ点滴静注用)静脈内投与療法」(関連記事はこちら)
(10)ROS1融合遺伝子陽性の進行性小児脳腫瘍患者に対する「エヌトレクチニブ(販売名:ロズリートレクカプセル)の経口投与療法」(関連記事はこちら)
(11)免疫グロブリンGサブクラス4自己抗体陽性難治性慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者に対する「リツキシマブ追加投与療法」(関連記事はこちら)
8月20日の会合では、12番目の患者申出療養として「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児を対象としたダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法」が認められました。
悪性脳腫瘍の1つである「神経膠腫」(グリオーマ)には、▼予後が芳しくない高悪性度のもの▼予後が比較的良好な低悪性度のもの―とあります。ただし、後者の「低悪性度の神経膠腫」の中でも「BRAF V600変異陽性」という遺伝子変異のあるケースでは、予後が芳しくありません。小児の神経膠腫においては、2割程度がこの「「BRAF V600変異陽性」のケースとなっており、効果的な治療法の開発に期待が集まっています。
BRAF遺伝子変異のあるがんに効果の高い治療薬(抗がん剤)が開発されてきており、今般の新技術で用いられる▼ダブラフェニブメシル酸塩(タフィンラーカプセル)▼トラメチニブ・ジメチルスルホキシド付加物(メキニスト錠)―もそうです。
すでに、▼BRAF遺伝子変異を有する悪性黒色腫▼BRAF遺伝子変異を有する切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん―の治療では「両剤の併用投与」が認められており、「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児」に対しても、両剤を併用投与することで、各々を単独投与するよりも「より効果的に腫瘍の増殖を抑えられるのではないか」と期待されています。
「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児」に対する両剤の併用については、国際共同試験が2017年からスタートしていますが、残念ながら「新規登録は終了」しています。また、新たな治験や、拡大治験(人道的治験)なども予定されていません。このため、両剤の併用投与を希望する場合には「全額自己負担(薬剤費だけでなく、すべの医療費が自己負担となる)の自由診療による」こととなっています。
そこで、患者サイドからの希望を受け、九州大学病院で「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児」に対する両剤併用投与療法を患者申出療養とすることを検討。今般、次のような実施計画が提出され、「適」と認められました。
▼対象患者:BRAF V600変異陽性の神経膠腫を有し、かつ実施すべき標準治療が存在しない15歳未満の小児
▼目的:ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法の有効性と安全性を評価する(患者データを、治験データなどとあわせてエビデンスを構築し、将来の保険適用を目指す)
▼評価項目:投与開始後16週までの最良総合効果、無増悪生存期間、有害事象
▼症例数見込み:4症例
▼予定期間:登録期間 18か月
▼追跡期間:初回投与から少なくとも2年間
また、他の病院で治療を受けている「BRAF V600変異陽性の進行性神経膠腫を有する小児」患者が、「ダブラフェニブ・トラメチニブ併用療法を受けたい」と希望した場合には、九州大学病院が「その病院で、適切な治療を行えるか」を確認することになります。その際の判断基準(要件)としては、▼臨床研究を含む分子標的治療薬の治療経験を5例以上有する常勤医師が2名以上、小児眼科の診療経験5年以上の常勤医師1名以上を配置する▼小児がん拠点病院である―ことなどが規定されます。後者の要件について、九大病院からは「がんゲノム医療中核拠点病院かつ小児がん拠点病院とすべき」との厳格な要件が提示されましたが、「小児患者が遠方の病院で治療を受けることは難しく(例えば関東地方では両要件を満たす病院は存在しない)、医療の質を下げない範囲で、広く実施できないか」(天野慎介構成員:全国がん患者団体連合会理事長)、「小児へのがん医療提供体制や実績を重視すべきである」(松井健志構成員:国立がん研究センター生命倫理部長、生命倫理・医事法研究部長、五十嵐隆座長代理:国立成育医療研究センター理事長)との指摘を踏まえて、要件緩和が行われるものです。
ところで、松井構成員からは「我が国においても、患者の要望に応えて治験薬に広くアクセスできるような、コンパッショネート・ユースの制度化を考えるべきである」との指摘も出ています。コンパッショネート・ユースとは「希少疾患や重病に罹った患者が、未承認薬を使用することを認める公的制度」で、欧米では制度化されており、日本でも「日本版コンパッショネート・ユース」として柔軟な運用が行われています(欧米では制度化されている)。
患者申出療養は、こうした「日本版コンパッショネート・ユース」にも入れない患者の希望に応えるものですが、松井構成員は「さらなる整理を行うべき」と指摘しているのです。
今後、「日本版コンパッショネート・ユース」の拡大などが検討されていけば、あわせて患者申出療養の在り方についても改めての整理される可能性があります。
なお、本技術については、上述のように「4症例が予定」されています。九大病院では「年間2-3例の『BRAFV600変異陽性の神経膠腫を有する小児患者』を診療している」点に鑑みたものです。
例えば、5例目の患者が「患者申出療養の利用」を希望した場合には、実施計画の変更(4症例→5症例、6症例へと拡大する)や新たな患者申出療養の申請で対応することになります(制度創設当初からと変わらない考え方)。
腹膜播種・進行性胃がん患者へのS-1等併用療法、有効性・安全性の評価を前倒し
(1)の技術(腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」)については、従前から「安全性・有効性を適切に評価し、次のステップを考える時期に来ているのではないか」との指摘がなされています。
(1)の技術は「腫瘍の進行が確認されるか、有害事象により継続困難となるまで反復(継続)する」こととされ、現在、全111症例中「8症例」で継続されています。このため、本技術に対する最終的な評価(有効なのか、安全なのか)がいつ行われるのかが明らかでなく、構成員からは「一定の時期に何らかの評価を行うべきである」という指摘が出されています(実施医療機関である東京大学医学部附属病院では中間報告も実施している)。
さらに今般、しかるべき時期に安全性や有効性に関する評価を行い、次のステップ(保険適用を目指すのか、技術実施をストップするのか)を考える必要があるのではないか、との強い指摘があり(関連記事はこちらとこちら)、東大病院では「早期にエビデンスを提供するという観点から、主要評価項目(有害事象発現状況)・副次評価項目(全生存期間、奏効割合、腹水細胞診陰性化割合)に関する解析を繰り上げて実施する」考えを明確にしました。構成員からも「歓迎」の声が出ています。
なお、本技術については、天野構成員から「東大病院において、同じ技術(腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」)を自由診療で実施しているのではないか」との指摘がありました。
この技術(腹膜播種・進行性胃がん患者への「パクリタキセル腹腔内投与および静脈内投与ならびにS-1内服併用療法」)については、▼保険適用されていない▼先進医療Bとしての実施は終了している▼患者申出療養としては、現行計画では新規登録はできない―ために、「自由診療での実施」とならざるを得ない面もあります。
しかし、東大病院は本技術の実施医療機関でもあることから、「この技術実施を希望する患者」が新たに現れた場合には▼新たな患者申出療養としての実施▼既存の患者申出療養の計画変更(新規患者の組み入れ)―などを検討するべきではないか、とも考えられます。
天野構成員の指摘を受けて、厚労省では近く事実関係を確認。福井次矢座長(卒後臨床研修評価機構理事・人材育成委員長)は「次回以降、この点を改めて議題とする」考えを明らかにしています。
阪大での「遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」、情報共有体制を見直し
また(8)の技術(遺伝子パネル検査でactionableな遺伝子異常を有すると判断された固形腫瘍に対する「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」)について、大阪大学医学部附属病院での新規登録が一時停止されました。
本技術に基づいて抗がん剤を投与していた患者が、不幸にも治療途中に自宅で亡くなりました。その際、訪問診療を行っていた医師が、当該患者が「本技術を受けている患者」であることを知らず、阪大病院への報告までに少し時間がかかってしまいました(10日程度)。
これを受け阪大病院では「より緊密な情報共有体制をとる必要がある」と判断。体制整備までの間、新規登録を停止するものです(体制整備・新規登録開始の際には、改めて患者申出療養評価会議に報告がなされる)。
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