費用対効果、試行導入には「支払い意思額調査」結果は用いず—中医協・費用対効果評価専門部会
2017.8.9.(水)
13品目の医薬品・医療機器を対象に行われている費用対効果評価の試行導入については、総合的評価(アプレイザル)のうち「倫理的・社会的影響に関する観点」として▼公衆衛生的観点の有用性▼公的医療の立場からの分析に含まれない追加費用▼長期に重症状態が続く疾患での延命治療▼代替治療が十分に存在しない疾患の治療—の4項目を勘案する。また試行導入時の評価基準は「過去の調査」や「外国の状況」を踏まえて設定する—。
9日に開催された中央社会保険医療協議会の費用対効果評価専門部会では、こういった方針を固めました。なお、注目されている『新たな支払い意思額に関する調査』は、具体的内容がまだ固まっておらず、試行導入と並行して調査内容の確定・実施を行うことになります。
試行導入では、過去の研究結果などをもとに判断指標・基準を設定
医薬品・医療機器などを保険収載するにあたり、既存技術などと費用・効果を比較し、その結果を償還価格(薬価や材料価格)に反映させる「費用対効果評価」の導入に向けた検討が進められています。7月26日の前回会合では、▼13品目を対象とした試行導入の検討を優先的に進める(2018年度に対象品目の価格再算定を行う)▼2018年度からの制度化(本格導入)に向けた検討を並行して進める—ことが固まっています(関連記事はこちら)。
試行導入の大枠を振り返ると、メーカーなどから提出された「費用」と「効果」に関するデータをベースに、既存技術に比べて費用対効果が「良い」「悪い」といった評価を行い、仮に「悪い」と評価された場合には、価格引き下げで調整する(結果、費用対効果が向上する)という仕組みです。ここで「費用対効果が良い、悪い」と判断するためには一定の指標・基準が必要となります。
専門部会ではこれまでに、国民が「健康のためにどのくらいの費用負担を許容できるか」(支払い意思額)を調査し、その結果をもとに判断のための指標・基準を設定してはどうかとの考えを示していました。具体的には国民3000人以上を対象として、「ある人が病気にかかっており死が迫っています。しかし、この病気に対する新しい治療法が開発されました。そのためこの治療を受ければ、完全に健康な状態で1年間だけ寿命を延ばすことができます。この治療法の費用を公的医療保険から支払おうと考えています。治療全体で一人○円ですが、この費用を公的医療保険で支払うべきだと思いますか?」と問う形での調査を行ってはどうかというものです。
これに対し委員からは「医療保険制度や保険財政の現状に詳しくない国民も多い。例えば高額療養費を知っている人と知らない人では、回答に大きなバラつきが出るのではないか」「自己負担がいくらになるか、という観点で調査をすべきではないか」「『死が迫っている』『完全な健康』という設定では、多くの国民が『いくらかかってもよい』と判断してしまうのではないか」など、さまざまな懸念・指摘が出され、調査方法などの決定には至っていません。
試行導入では、前述のように「2018年度改定に合わせて13品目の価格再算定を行う」ので、支払い意思額調査結果を待って「評価の指標・基準」を設定したのでは、期限(新薬価などの公表は2018年2月頃)に間に合わない恐れがあります。
そこで厚労省保険局医療課の古元重和企画官は、試行導入における「評価の指標・基準」は▼過去の研究結果▼諸外国における評価基準—を活用して設定することを提案し、了承されました。ただし、過去の研究は、「死を目前とした患者に対する新たな治療法といて、社会がいくらまで支払うことが適切か」「死目前から中程度の痛みまで様々な健康状態を設定し、新たな治療法によって健康が完全に回復するが、全額自己負担する場合にいくら支払えるか」といったさまざまな手法で行われており、今般の「指標・基準」にどう反映させるのか注目が集まります。
また、前述の「新たな支払い意思額調査」については、委員の指摘などを踏まえて別途、調査手法などを設計することとしており、試行導入にはその結果は用いません(試行導入と並行して調査設計を行い、実施する)。この点について一部の支払側委員からは「調査を実施すべき」との指摘が相次ぎました。また一部委員は「試行導入時の指標・基準と、調査結果を踏まえた指標・基準が異なれば、現場が混乱し、制度化(本格導入)できなくなる」との懸念も示しています。
これまで「委員間で合意を得て調査を実施すべき」「厚労省の提案では適切な結果が得られない」といった慎重意見が相次ぎ、「調査実施を急ぐ必要がある」といった指摘は事実上聞かれなかったにもかかわらず(関連記事はこちらとこちら)、ここにきて「調査を実施せよ」と真逆の意見が出されたことに厚労省保険局医療課の迫井正深課長も困惑。「新たな調査は可及的速やかに実施する」「ただし初めての試みであり、委員間で議論し、納得を得た形(調査内容など)で実施する」「過去の研究などに基づく指標・基準と、調査結果から得られた指標・基準とが大きく異なる場合には、改めて専門部会に諮る」ことを丁寧に説明しました。
費用対効果評価に関わらず、中医協では議論を積み重ねて一定の結論に達します(もちろん診療・支払で見解が異なり、公益裁定となる場合もあるが)。その際、新たな資料などを踏まえて意見を変更・修正することはままありますが、過去の意見とまったく異なる見解を突然示すことは、中医協の議論そのものを崩壊させる可能性もあり、今回の一部支払側の姿勢には疑問を感じざるを得ません。
なお診療側委員は、過去の研究でもさまざまな手法を用いていることから、「新たな調査についてはさらなる検討が必要である」とし、厚労省の考えを支持しています。
小児疾患治療であることの勘案など、アプレイザルでは行わず
また費用対効果は、「費用」「効果」から判断することがベースになりますが、それだけでは評価しきれない項目もあります。例えば、医療だけで見れば費用が高いが、介護面なども含めれば「かえって費用が少なくすむ」ケースも考えられます。
そこで試行導入においては「総合的評価」(アプレイザル)を行い、費用・効果の数字だけでは見切れない「倫理的・社会的影響などに関する観点」での検証を行うことにしています。9日の専門部会では、次の4項目を総合的評価の中で検証し、▼イノベーションについては、価格調整の中で、薬価などの算定との整合性も踏まえて検討する▼小児疾患治療は除外する(そもそも、費用対効果評価の対象から除外している面もあるの)―こととなりました。こちらも、これまでに委員から出された指摘・懸念などを踏まえた修正です。
▼感染症対策といった公衆衛生的観点での有用性
▼公的医療の立場からの分析には含まれない追加的な費用(公的介護費用・生産性損失)
▼長期にわたり重症の状態が続く疾患での延命治療
▼代替治療が十分に存在しない疾患の治療
なお、この4項目はあくまで「試行導入における対応」であり、2018年度からの制度化(本格導入)では、上記のイノベーションなどや、さらに別の項目などが追加される可能性もあります。
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