医師の働き方改革、「将来の医師の資質」なども勘案した議論を―社保審・医療部会(1)
2018.2.28.(水)
医師の働き方改革に向けた議論が進んでいる。そこでは主に「医師の労働時間短縮」に焦点を合わせた議論が進んでいるが、例えば労働時間の短縮だけを行い、自己研鑽をおろそかにすれば10年後、20年後の医師の資質に問題が出てくる可能性もある。幅広い視点での議論をする必要がある―。
2月28日に開催された社会保障審議会・医療部会では、「医師の働き方改革に関する検討会」がまとめた▼中間的な論点整理▼医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組―を受けて、こういった意見が数多く出されました。今後の「医師の働き方改革に関する検討会」の議論に活かされることになります。
なお、緊急的な取組では、具体的な行為を掲げて「医師から他職種への移管を促す」よう指示されていますが、相澤孝夫構成員(日本病院会会長)は「医師がプロフェッショナルとして『勤務時間外であっても、患者の病状などを家族に説明する必要がある』と判断すれば実施する。こういったことまで事細かに指示すべきではない」と強い口調で非難する場面もありました。
働き方改革検討会による「中間論点整理」と「緊急取組」を公表
「医師の働き方改革に関する検討会」(以下、検討会)の議論を受け、厚生労働省は▼中間的な論点整理▼医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組―を2月27日に公表しました。
前者の「中間的な論点整理」では、医師の勤務実態の正確な把握をした上で▽タスク・シフティング(業務の他職種への移管)▽タスク・シェアリング(業務の共同)▽女性医師支援―などを行う必要があり、勤務医の特性も考慮した時間外労働の上限を設定する、といった方向性を示し、合わせて「医療機関の経営」「地域医療の確保」「国民の理解」などを総合的に検討しく必要性を訴えています。検討会では来年(2019年)3月の最終報告に向けて、今後も議論を継続しますが、その際のベースになるものと言えます(関連記事はこちら)。
後者の「緊急的な取組」は、各医療機関が医師の勤務環境改善に向けて直ちに取り組むべき事項を指示するもので、例えば「▽初療時の予診▽検査手順や入院の説明▽薬の説明や服薬指導▽静脈採血▽静脈注射▽静脈ラインの確保▽尿道カテーテルの留置(患者の性別を問わず)▽診断書等の代行入力▽患者の移動―などの業務は、原則として他職種に移管し、医師が行うべきではない」との考えを打ち出しています(関連記事はこちら)。
厚労省の武田医政局長、「自主的な働き方改革」に期待寄せる
こうした内容について、「当直明けの医師が手術を担当することなどは、医療安全にも関連するので、早急に進めてほしい」(山口育子委員・ささえあい医療人権センターCOML理事長)や「早期に緊急的な取り組みを打ち出したことは評価できる。ただしタスクシフティング(他職種への業務移管)よりもタスク・シェアリング(医師間による業務共同)を優先する必要がある」(木戸道子委員・日本赤十字社医療センター第二産婦人科部長)といった評価の声がある一方、これからお伝えするように「検討会の議論の方向性に問題がある。より幅広い視点での議論をする必要があるのではないか」といった指摘も出ています。
山崎學委員(日本精神科病院協会会長)は、「医師の長時間労働は『勤務医不足』に起因している。我が国の自由開業制の中で、勤務医をどう増やしていくか。診療所開業医数と病院勤務医数のバランス是正に関する議論が抜けている」と指摘しました(関連記事はこちら)。個々の病院で勤務医数が増えれば、1人1人の勤務医に係る負担は軽減されるため、今後の重要論点の1つとなりそうです。なお、「中間的な論点整理」では、この点に関連して「公立病院等の集約化の議論も必要ではないか」といった意見が検討会論議で出されたことが紹介されています。
また楠岡英雄委員(国立病院機構理事長)は、「かつてアメリカでは外科系の研修医で長時間労働が問題となり勤務時間を制限した。しかし、その10年後に若手外科医の技術が明らかに落ちたことが分かり、勤務時間制限を緩和したという。日常診療と自己研鑽との区別は難しいが、10年後、20年後の医師の資質も視野に入れた柔軟な考え方が必要となる」と強く指摘しました。この点「中間的な論点整理」でも、▼労働時間の制約で必要な自己研鑽が積めなくなれば、高度医療を担う医師の養成や将来の医療技術の発展に悪影響が生ずる。高い倫理観・情熱を持つ若手医師の向上心を削いではならない▼自己研鑽の労働時間該当性を判断するための考え方を示す必要がある―といった意見が検討会論議でも出されたことが示されています。
また相澤委員は、検討会において、例えば「勤務時間外に患者の病状を家族に説明することを避けなければならない」と言った議論が行われている点に触れ、「勤務時間外に説明するかどうかは医師のプロフェッショナルとしての判断に委ねるべきものだ。医師は、状況を見て『勤務時間外だが、今、家族に説明したほうが良い』と判断すれば、説明するものだ。医師は小学生ではない。こんなところまで指示されたくない」と非常に強い口調で指摘。
さらに「各医療機関で、この医師は負担が過重になっているな、この医師はもう少し頑張れるな、と柔軟に判断できなければ経営はできない。医師の労働時間短縮のみの方向に動くことはとても危険である」ともコメントしています。
中川俊男(日本医師会副会長)も、この相澤委員の指摘に賛同し、「中間的な論点整理では、『医師は被害者である』という論調だが、若手からベテランに至るまで、長時間労働しても、生きがいを持ち、充実していると考える医師も多い。検討会論議の方向を見直す必要があるのではないか」と指摘しています。
検討会でも、こういった考えに立った構成員(今村聡構成員・日本医師会副会長)から「医療界で、新たな労働時間制度(例えば、医療版の裁量労働制のような仕組みが考えられないか)を提案する」考えが示されています。医師には応召義務があるため自己の裁量で労働時間を決めることはできず、労働基準法上の裁量労働制の対象にはなりません。一方で「自己研鑽の必要性」などを考慮すれば、単純な労働時間制限となることでモチベーション(若手のうちに一定の症例を経験しておきたい、といった意欲など)が下がってしまうことも考えられ、「医療版の新たな労働時間制度」として何が考えられるのか注目が集まります。
このほか、▼救急医療機関等は、労働基準監督署の指導でパフォーマンスが落ちている。働き方改革論議が決着するまで指導を抑制すべきである(猪口雄二委員・全日本病院協会会長)▼人生の最終段階にどのような医療を受けたいかを事前に考えおくACP(Advanced Care Planning)を国民に周知しなければ、現場医師は疲弊してしまう(山崎委員)(関連記事はこちらとこちら)▼過重労働を前提とする医療提供体制を続けてよいのかという視点で議論をする必要がある。国民側も「どこでも、いつでも医療を受けられる」という意識を変革していく必要がある(平川則夫委員・日本労働組合総連合会総合政策局長)―といった意見も出されました。
こうした意見・指摘に対し厚労省医政局の武田俊彦局長は、「労働時間だけでなく、さまざまな問題が絡むとの重要な指摘をいただいた。特に相澤委員から指摘されたように、医療界の自主的な取り組みがまず重要であると認識している」とコメントしています。来年(2019)3月には、具体的な「医師の労働時間規制の在り方」「働き方改革の推進方策」を取りまとめることになりますが、医療部会の指摘踏まえて、より幅広い視点での検討が求められることになります。限られた時間でどう議論が進むのか今後の動きに注目する必要があります。
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